21.対峙

 21


 ――ドリーグの執務室。


 執務室では三人の配下達を前に、怒声を上げるドリーグの姿。

 そしてその様子を見ている二人の冒険者がいた。

 二人の冒険者は冒険者ギルドが出した、名ばかりの護衛ではなく、配下の者達が直々に依頼した護衛である。


「だから、あの者達は誰なんだ?!

 何故ウチの美術品を運び出しているんだ?兵達は何をしている?一刻も早く、辞めさせろ!」

「ドリーグ様、それが、その……

 兵士達がいる別棟は、既に囲まれている様です。

 それに調べてみたところ、屋敷内の人間もこの部屋にいる我々だけみたいで……」

「はあ?どういう事だ?意味がわからない……

 今すぐ配下の者達を全員ここに呼べ!領主命令だ、逆らう奴は命はないと思え!」


 ドリーグの理不尽な命令に、三人の配下達は下唇を噛み、瞳には悔しさの色を滲ませていた。


 ずっと話を聞いていた冒険者の二人も、延々と続くドリーグの傲慢な言葉、配下の者達や兵士達をゴミのように扱う態度にうんざりした様子である。


 その時、執務室の扉がゆっくりと開かれ、赤く優美なドレスに黒のレースショールを肩にかけ、姿を見せるマリー。

 その後ろには、執務服姿のバルトーレ。


 突然、気配なく入って来た二人に、ドリーグ達は目を見開き、ドリーグが怪訝な表情を浮かべ口を開く。


「誰だ、お前達は?!」

「うふふ、そうね。あなたの護衛、というところかしらね?」

「お前達……外にいる奴等の仲間だな?!

 冒険者ギルドの者か?

 おい!自分達が何をしているのか分かっているのか?今すぐアレを辞めさせろ!」

「ふふっ、それは駄目よ!あの美術品達はあなたの寄付ということで、それでこの町に孤児院を作る予定なんだから……」

「――ふざけるなっ!クソッが!

 おい!お前達、あの二人を捕まえろっ!!」


 ドリーグが冒険者の二人に見向き、顎を使って冒険者の二人に指図する。

 だが冒険者の二人は眉を潜め、何か考え込んでいる様で、ドリーグの言葉に反応しない。

 その様子を見たマリーは口元に手当て、クスリと笑い、話を続ける。


「あら、せっかく護衛に来てあげたというのに、随分な言い草じゃない?

 ある程度想定はしてたけど、やっぱりあなたって本当に下らない男ね?」

「うるさい!黙ってろ!

 おい!聞いてるのかお前達!こっちは金を払っているんだ、早くアイツらを捕まえろ!」

「――えっ?!無理、無理、無理、無理!

 あんた知らねぇのかよ?あの人、殲滅の赤き魔女だぜ?俺達が相手になる訳ねぇよ!」

「――あぁ、そうだ、そうだ!

 しかも二年前に起きたスタンピードで、この町を救ってくれた英雄だぞ?

 そんな人に恩知らずな真似出来るかよっ!

 あんた、一応この町の領主なんだろ?そんな事も知らねぇのかよ!」


 二人の冒険者は、この町に住むトップランクの冒険者であり、二年前に町を襲ったスタンピードの現場にも町の防衛で駆り出されていた。


 二年前、その時任務で偶々この町に居合わせたマリーがスタンピードの現場に立ち、魔物達を殲滅するマリーの姿を冒険者の二人は見ていたのだ。


 魔物の数が多く、ほとんどの冒険者が諦めかけた時に、赤いドレスを着るマリーが颯爽と現れ、まるで遊んでいるかのように次々と炎で焼き尽くすマリー。

 その姿を見た冒険者達は今でも鮮明に覚えており、サンシーナもその一人であった。


「うふふ、どこかで見かけた顔だと思ったけど、あの時に現場にいた冒険者ね?」

「あぁ、あの時は本当に助かった。あんたがいなければ、この町は終わってたと思う。

 ちゃんと礼がしたかった。本当にありがとう」

「そう、そう。あんた魔物片付けたら、すぐいなくなっちゃたから、俺ら礼も言えず仕舞いだったんだ。町を、家族を救ってくれて本当に有難う!」


 二人の冒険者がマリーに深々と頭を下げる。


 それから二人はドリーグの方へと振り返ると、和かな笑みを浮かべながら、

「ま、そういう訳で俺ら、あんたの護衛を降りるわ!恩人に牙を向ける訳にいかねぇしよ!」

 とドリーグに言い、冒険者達はマリー達の元に歩み寄り、再びドリーグ達を見向く。


 マリー、バルトーレ、そして冒険者の二人がドリーグ達と向かい合う。

 その構図はまるでドリーグと敵対すると、暗に示すかのようになっていた。


 まさか護衛として雇った冒険者が、敵対するとは思ってもいなかったドリーグ。

 状況が更に悪くなる。

 ぎりぎりと奥歯を噛み締め、二人の冒険者を怨めしそうに睨みつける。

 そして焦りもあるのだろう。その顔からはダラダラと大量の脂汗が滲み出ていた。


「ふふっ、そんなに心配しなくても大丈夫よ?

 私はあくまでも、あなたの護衛。

 あなたを保護しに来たのよ?

 まぁ、あなたが弟に領主の地位を譲る迄の間、私達がしっかりと保護してあげるわ!

 その為にちゃんとお薬まで用意してるんだから、むしろ感謝して欲しいところね?

 それにあなたを保護する施設では、とってもいいお食事が出るのよ。ね?バルトーレ」

「はい。マリー様が仰る通り……

 食事は最高の物をご用意させて頂いております。

 貴殿は兵達の腹内に魔術道具を入れていた様でしたので、そのような物がお好みだと考え、私共はその魔術道具を更に強化を重ね、改良した物をご用意させて頂いております!」


 その話に一気に顔色を悪くするドリーグ。


 だが彼の根源である欲が、プライドが、そのようなことを許せなかった。

 青く染まりつつあった顔色は回復が早く、瞳に憤怒の色を浮かべると、怒りに狂うような真っ赤な顔色となり、マリー達へと言葉を投げつける。


「ふざけるなっ!誰があいつに領主を譲るものかっ!いい加減にしろっ!」

「言ったでしょ?お薬を用意してあるって。

 あなたは今回の件で責任を取って、自ら領主を辞める予定になっているの。

 これは決定事項よ。

 そして町の子供達の為に美術品を売って、孤児院を建設する。これは町への罪滅ぼしね。

 その後は私達の施設で、余生を過ごす予定になっているわ……」


 ドリーグは額に血管を浮き上がらせるほど怒りを露わにし、マリーを見据え不敵な笑みを浮かべる。

 そして「冒険者風情が……」と言いながら、腰に下げた護身用の短剣を引き抜き「剣くらい嗜みはある」と短剣を構える。――その瞬間。


 天井から音もなく三体の大蜘蛛型ゴーレムがドリーグの目の前に現れ、腹部から糸を吐きつける。

 糸は一瞬でドリーグの身体に巻き付き、動きを封じ込めた。


 ドリーグは「何っ?!」と言葉を吐き、身体を動かそうと必死にもがく。

 しかし全く動けない。

 焦るドリーグ。

 そして「チュウ!」という鳴き声が聞こえ、続けざまにポンッ!ポンッ!ポンッ!ポンッ!という音と共に、煙玉がドリーグ達の顔面に襲いかかり命中。


 煙玉によってバタリバタリと崩れ落ちるドリーグ達。


 大蜘蛛型ゴーレムとネズミ型ゴーレムは、ドリーグ達が昏睡したのを確認すると、マリー達へと振り返り、任務完了しました!とばかりに右手を上げ敬礼のポーズをとった。


 その様子にマリーは優しく微笑んで「うふふ、有難う。お手柄だったわ!」とゴーレム達を労うと、ペコリと頭を下げ整列する。

 その姿はどこか誇らしげに見えた。


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