19.腐れ縁

19


サンシーナがオルズの一員となった翌日。


ノーズアンミーヤ居住区にあるドリーグ邸。

居住区を見下ろす位置にあるドリーグ邸は小高い丘の上に建っていて、街と海を一望できる眺めの良い場所だ。


すでに陽は落ちていて、眼下に広がる家々には明かりが灯り、星のように散らばっている。


そしてドリーグ邸の周囲では、数多くの冒険者達が野営の準備や食事をしたり、焚き火で調理をしており、まるでお祭りでもあるかのような賑わいを見せていた。


ちなみに、ここにいる冒険者達は今回の依頼者がオルズだということを皆知っており、今日の作戦も説明済みだ。


そんな冒険者達に紛れてオルズのメンバー達も、ドリーグ邸の周囲にテントを設営しており、レイとリリィ、そしてサンシーナの三人は作戦の実行を待っている間、野外に設けた簡易食堂で食事をしていた。


「ウチの町にオルズの人って、こんなに沢山いたのね。ちょっと以外だったわ!」

「うふふ、マリ姉が言うには今日はほんの一部らしいですよ!」

「あぁ、でも今日の主役はゴーレム達だから俺達も含めて、あんまりやる事がないらしいぞ!」

「そうよね。マリーさんそういえばそんな風に言ってたわね。私は初仕事だから、気合い入れて来たのに、残念だわ!」


残念な表情を浮かべるサンシーナ。


今日はいつもとは違い、派手な彩色の革鎧に身を包み、腰にはゴツいガントレットを下げている。

レイとリリィはいつも通りの格好で、本人達曰くゴブリンに装備は必要ない、ということらしい。


三人で楽しく食事をしていると、レイとリリィが細身の男に声を掛けられる。


「おう!久しぶりじゃねぇか、レイ、リリィ!」

「えーと?どちら様でしょうか?」

「ん?知らん顔だな?」

「――おいおいおい!

ふざけんなよっ?!お前ら。

一体何年の付き合いだと思ってんだ?

忘れたなんて言わせねぇぞ?!」


首を傾げるレイとリリィ。

その二人に声を荒げる細身の男、名はユープリス。

二人が物心つく頃からの知り合いであり、腐れ縁でもあった。


マリーと同年代であるユープリス。

髪はボサボサで無精ヒゲ。

華奢な身体に、痩せこけた顔をしており態度とは真逆の容姿をしている。


「ん?そう言われてみれば……

あぁ、貢ぐ君二号ではないか?

何だ、また女でも追いかけに来たのか?」

「うふふ、そうでしたわ!流石です、お兄様。

三年間、女に貢いだ挙句、あっさりとポイ捨てされたミツニでしたわね?」

「くっ!お前ら……

その呼び方辞めろって言っただろ!

俺があの女にどんだけ金を払ったと思ってんだ……おっ?!素敵なお嬢様発見!!

始めまして、お嬢様。

今宵、貴女にお会いできたこと、神の導きではないでしょうか?私の名は――」

「――こら〜ミツニ!

それ以上サンに近づいたら、ただじゃおかないんだからねっ!?」


サンシーナに歩み寄るユープリスを、両手を広げ阻止するリリィ。

ユープリスはその容姿とは裏腹に、根っからの女好きで、そして女に貢ぐ体質だった。


それを分かっていたリリィは、ユープリスがサンシーナに接触するのを嫌がり、眉を吊り上げユープリスを睨みつける。


「ハイハイ。挨拶する位でそう怒んなよ、リリィ?

それより久しぶりだな?」

「ん?そうなのか?

貢ぐ君二号の事など、すっかり忘れてたからな!

まぁ、俺は過去を振り返らない体質だから、というのもあるけどな……」

「レイ、それ使い方間違ってんぞ!それに、過去を振り返らない体質なんかねぇよ!

お前は特に、人一倍過去を振り返れよ!?

本当、頼むからよ!

どんだけお前に苦労させられてるか、お前ら知らないだろ?まったく……

しかし相変わらず何なの?俺のこの雑な扱い?

せっかくお前らに、いい話持って来たのによ!」

「うふふ、ミツニ。いい話って何なのです?

まさかロイおじ――いや、ミツイチの新しい貢ぎ先の話ですか?」

「違げぇよ!それはいい話じゃないぞリリィ!

お前ら海中遺跡の調査するんだろ?

ハルフォード様から頂いたデータを元に、俺達が水中で息が出来る魔術道具を作ってんだけどよ、あの魔術道具、来週には出来そうだぞ!」


ハルフォードはレイから海中遺跡の相談を受けた時に、水中で息が出来る魔術道具の作成を、ノーズアンミーヤの開発部門に依頼していたのだ。


その開発部門であるユープリスは、完成が間近であることを三人に伝える。


三人はその話を耳にすると、喜色の表情を浮かべ目を輝かせる。

これで海中遺跡の探検が現実的になって来た。

五百年という途方も無い時間を、海底で眠り続ける街に足を運ぶことが出来る。

喜びを全身で感じながら、三人は身を乗り出してユープリスに話をする。


「それは本当です?

確かにいい話ね、ミツニ!

ところで、何こんなところで油売ってるの?

さっさと仕事しに行きなさい!」

「あぁ、そうだぞ。貢ぐ君二号!

遊んでいる暇など無いんだ。馬車馬の如く働け!」

「うるせぇよ!こっちも大事な仕事だ!

お前ら、今完全に忘れてただろ?」

「あぁ、俺は過去を振り返らない男だからな」

「過去にこだわるなんて無粋なのです!」

「おい、そこ!ドヤ顔して言う事じゃねぇ!

お前ら頼むから過去をちゃんと見ろよ!」

「相変わらずミツニはうるさいのです!

でも、水中で息が出来る魔術道具の話はミツニにしては、とても良いお話でした。

お礼にとっておきのお話をして差し上げます。

ふふふっ、先程の反応からして……

ミツニは知らないみたいですので……

なんとミツイチの新しい貢ぎ先、それは……

ケーキ屋のマクリルちゃんなのです!」

「なん、だと……俺の、マク、リルちゃんに……あのクソハゲがぁぁぁぁ!!」


ユープリスは完全に我を忘れて叫んだ。


ミツイチ、いやロイは現在防衛隊長をしているが、研究員としては一応ユープリスの上司でもある。

その上司をハゲ呼ばわり。

まぁ、実際にはハゲているので事実を叫んでいるだけなのだが、ここに来て貢ぐ君一号とも呼ばれているロイとお目当ての女性が、被ってしまったのだ。


これは過去にもこんな事があった。


ロイとユープリスの二人は、単刀直入に言えば、女性からはモテない。

そんな二人に共通するのが、金で相手の気を引くことであった。これは二人の性でもある。

そして二人に共通して言えるのが、貢ぐ癖にセコイのだ。


気は引きたいが金はあまり出したくない。

二人の本音はこんなところであるが、自分と同じ様な貢ぐタイプが競合相手にいると箍が外れてしまう。

より相手よりも気を引こうと金を使う。

ユープリスが現在の痩せ細った身体になったのは、食べる事が困難になる程、貢いで、貢いで、貢いだ結果であるのだ。


その時の競合相手というのがロイだった。


そしてまた今回も……


「落ち着け、とりあえず落ち着くんだ、貢ぐ君二号!

俺達がハル兄に教えて貰った、とっておきを伝授してやる!魔術道具のお礼代わりだ!」

「ふふっ、そうよミツニ。私達の豆ちマスターとしての知識を特別に教えてあげるわ!」

「おぉ、あの噂はやっぱり本当だったんだな!

ハルフォード様の言うことなら間違いねぇ。助かるぜ、レイ、リリィ!」


ここでユープリスは二人の言葉を信じてしまう。


彼が尊敬するハルフォードから、直々に教えられたというのが、二人の言葉を信じてしまった一番の決めてだろう。


「あぁ、任せておけ!まずデートの時はだな……

ハル兄が言うには、デートの時、男はシャドウの方を歩くのが良いらしい!」

「何?!シャドウっていうと、シャドウ系の魔物って事だな?」

「そうなのです!ハル兄様はシャドウ系の魔物を倒して、男らしいところをアピールしろと言いたいのです!」


そんな事は無い。


そもそも、ハルフォードが話す車道はこの世界では存在しないのである。

馬車は存在するが車道という概念がないのだ。

この話をハルフォードが二人にした時、レイとリリィもユープリスと同じ様に、シャドウ系の魔物と勘違いをしたが、ハルフォードはそれを面白がって聞いており、訂正をしなかった。


因みにシャドウ系の魔物なんてものは、見た目も恐ろしく、女の子が見たらトラウマになり兼ねない、悪夢に出るような魔物である。


それからレイとリリィはユープリスに自慢の豆ちを次々に教えていく。

ユープリスは、なるほどと感嘆の声を出しながら真剣に二人の話を聞いている。

その様子をサンシーナは呆れ顔で見ていた。


話を終える頃には、ユープリスは満足気な顔をしていた。


いつも二人の勘違いに悩まされていた彼は、心から「ありがとう」とお礼を言うと、二人は「困った時はお互い様だ」と応える。


今回ユープリスは思い知るだろう。


レイとリリィの勘違いが発端となって、ユープリス自身も勘違いしてしまい、痛い目にあう事を。

そして困った時はお互い様、なんてことはなかった。


レイとリリィの話で、マクリルとの仲は何一つ進展することも無く、ユープリスが更に困った状況になるだけなのだから。


二人の話が終わり、ユープリスは「助かった、また後でな!」と言いながら右手を上げ去ろうとすると、二人は照れを隠すかのように、シッシッと追い払う様に手を振る。


その仕草にユープリスは苦笑いを浮かべ去っていった。


◇◇◇


ユープリスが去っていった後、三人は食事を終えて、のんびりしていた。


しかしサンシーナだけ困惑している顔だ。

サンシーナは冒険者である。

作戦を立て、実行する前の緊張した雰囲気は過去に何度も経験している。


だが先程の会話といい、簡易食堂に集まるオルズのメンバー達の雰囲気は緊張感が全くないのだ。

とても作戦実行前とは思えない。

簡易食堂に集まるメンバーなんかは、今から一曲始めてしまいそうな雰囲気である。

そんな緩い雰囲気にサンシーナは困惑を隠せなかった。


「ねぇ、二人共。作戦前の雰囲気って、いつもこんな感じなの?」

「あぁ、そうだな。まぁ、こんな感じかな?

オーガデビル以下の実力は、全部ゴブリンと対して変わらんからな!」

「うふふ、そうですわね。

オーガデビルもタロだけで殲滅出来ますし、それに実力もゴブリン程度と分かってしまったので、奴等にはもう期待はしないのです!」

「大雑把に分けすぎ!全部同じじゃないわよ!

はあ、そうだったわ。

二人共、私達とは感覚が違うのよね。

何か作戦前だから、変に緊張してたのが馬鹿らしくなって来たわね……」


何かを諦めた様にサンシーナは呟いた。


その後のサンシーナは、徐々に周囲の緩い雰囲気に飲まれていき、いつもと変わらない表情を見せるのであった。

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