18.執務室
18
――ドリーグ邸執務室。
ドリーグの執務室は、床一面を毛足の長い真っ赤な絨毯で敷き詰められ、華美な装飾の家具、そして数々の美術品が綺麗に陳列されている。
壁には絵画、そして透明な陳列棚には人形が並べられていた。
ひとつ一つの家具や美術品は華美ではあるが、部屋全体としては煌びやかすぎて派手であり、如何にも金に糸目をつけない貴族の部屋という感じだ。
その執務室ではドリーグが三人の配下を呼びつけ、怒りつけていた。
重そうに開かれた瞼に、二重に重なる顎。
まだ幼さがある顔は赤く染まり、跪く配下達を前に声を荒げる。
一目で上質な生地と分かる衣服を身に纏っているが、ドリーグの太った体型のせいか品がないような服に見えてしまう。
たっぷりと脂肪を含んだ身体を椅子に預け、小刻みに膝を揺らし続けている。
「それで冒険者ギルドがガンツに出す護衛依頼に協力出来ないって言ってんのは、どういう事なんだよ?」
「はい、それが……町での噂を気にしているようでして、それがあるので断りを入れてきております」
「はあ?なんだ、その噂っていうのは?」
「はい、大変申し上げにくいのですが……
ドリーグ様が兵を集め、王に謀反を起こそうしていると、町中で噂になっております」
町で噂になっている話というのは、実はオルズが商人達を使って流した噂である。
これはドリーグの動きを抑える狙いもあるが、協力者への牽制でもあった。
こんな噂が立つ中でドリーグが兵を動かせば、国が動く可能性も出てくる。
故にドリーグが兵を集め、再びイーストルーツに出向き難くなるのだ。
「な、何だと!!誰がそんな話をしてるんだ?
そんな話している奴等は全員捕まえてこい!
何してんだ、お前ら?」
「そ、それがですね……町のほとんどの者達がその話をしており、その影響もあってか領主館に出入りする全ての者達へ、何者かによって監視がつけられていて、我々が下手に動けば、事を荒立てる可能性があリます」
「――監視だと?!
ふざけんなっ!誰だ?まったく!
兵達は何をやっている?!
金ばっかりかかって、監視している奴等すら捕まえられないのか?
ったく、使えない奴等だ!
三流絵師が描いた絵画の方が、よっぽどましだなっ!」
ドリーグは今にも飛び掛かってきそうな面構えで、配下達を睨みつける。
領主館に出入りする者達への監視。
これはマリーが冒険者ギルドでアルリーエに出した三つの条件の一つである。
これは領主館に出入りする者達に対して、ドリーグに不信感を抱かせる為でもあった。
ドリーグは現在のところ踏ん反り返っているが、マリー達の今後の計画では現在のような振る舞いは取れなくなる。
その計画をスムーズに遂行する為の布石でもあった。
「――その兵士達ですが、噂もあって過去に迷いの森へ派遣した者達が、帰って来ない事を不審がる者が多く……現在、辞めていく兵士が後を絶たない状況でして」
「そんなもん兵なんか雇えば済む話だろうがよ!
頭使えよ!どいつもこいつも、ったく!」
「それが……申し上げにくいのですが、辞めた兵士はここ二日ほどで、過半数を超えております。雇うにしても数が数でして……」
「――クソッ!クソッ!クソッがっ!
やっぱりゴミみたいな奴等だな、貰うもん貰っておきながら辞めるだ?!
そんな事、誰が許すと思ってんだよ?
おい!そいつら捕まえて、まとめて処分しとけ!
ゴミはゴミらしくなっ。
せっかく目の前にお宝が眠ってるかもしれないっていうのに、これだから平民は何の役にも立たないんだ!」
広い執務室にドリーグの怒声が響く。
怒りを抑えられないドリーグは椅子から立ち上がり、拳を握りしめて窓際に歩いていった。
ガシガシと乱暴に頭を掻き毟り、険しく吊り上がった目で、庭園を眺め気持ちを落ち着かせる。
床に跪いてる三人の配下。
配下の者達は、耐え難い陰鬱な圧迫感に脂汗を流し、ただ黙っているしかなかった。
「それで、お前も報告があるとか言ってたな?」
「ハッ、昨夜から領主館の付近に冒険者達が集まって来てまして、その冒険者達に状況を確認したところ、冒険者ギルドから依頼を受け、王都や近隣の町から領主館に集まっているということでした。
それで今朝、冒険者ギルドに確認しましたところ、あくまでもドリーグ様の護衛という形で依頼が出ているようでして、すでに三百人は超える数が集まっているそうです!」
「はあぁ?!冒険者が集まって俺の護衛だと?
どういう事だ?
護衛なんか誰も頼んでないぞ?依頼者は誰だ?」
「ハッ、その件を冒険者ギルドに聞いたのですが……
依頼主に関することは言えないと一点張りで、聞き出すことが出来ませんでした!」
冒険者ギルドが出したドリーグへの護衛。
それはマリーがアルリーエに出した三つの条件の二つ目であった。
ドリーグが以前冒険者ギルドに出した、名ばかりの護衛依頼。
その話を聞いたマリーは苛立ちを露わにした。
あれは護衛ではなく只の監視である。
それがマリーを不快にさせた。マリーが出した条件にはドリーグは勿論、冒険者ギルドに対しての仕返しも含まれていた。
依頼費用は、当然冒険者ギルド持ちである。
またこの依頼で冒険者ギルドが、どの程度本気で動くのかを見極める為に出した条件でもあった。
金を出し渋れば冒険者は集まらない。
マリーはその事をよく理解している。
そしてノーズアンミーヤの冒険者達だけでは、到底人手が足りない。
この条件は責任の所在を曖昧にしがちなアルリーエにとって、相応の覚悟がなければ出来ない条件でもある。
王都や近隣の町に、ドリーグの護衛依頼をノーズアンミーヤの冒険者ギルドが出す。
しかも謀反の噂が立つドリーグの護衛だ。
下手に舵を切れば冒険者ギルドも巻き添えを食らう可能性がある。
その条件を、アルリーエは覚悟を決めて実行していたのだ。
もっともハルフォードがマリーから報告を受けた際に、マリーが冒険者ギルドへ出した条件を聞いて、ハルフォードは噂を流した方が面白そうだよね、と言いあらゆる手段を使ってドリーグの謀反の噂を流したことをアルリーエは知らない。
そしてこの冒険者達への依頼によって、ドリーグとその協力者への影響も大きかった。
謀反の噂が立つドリーグに、冒険者ギルドからの好条件での護衛依頼。
噂であったはずの話に真実味が出てきた。
協力者も迂闊にドリーグに手を差し伸べることが出来なくなる。
ドリーグもその事は頭に浮かんでいるのだろう。
蒼白とした顔色が彼の心情を語っていた。
「――あぁぁぁぁ、クソッ!クソッがっ!
お前ら、今すぐ冒険者ギルドに行ってこの依頼を辞めさせてこい!
こんな事をあの方に知られたら、今後援助が受けられなくなる!
それに、村に散らばった兵をノーズアンミーヤに呼び戻せ!エスリィの町にいる兵士もすべてだ!
報告はもういい!分かったらさっさと動け!」
「「「ハッ!」」」
ドリーグの言葉に配下の者達はすぐに立ち上がって、早足で執務室を出て行った。
執務室に残るドリーグは未だ収まらない怒りに、近くにあった椅子を蹴飛ばし、鬱憤を晴らしていた。
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