14.研究者として
14
――屋敷の最上階にある一室。
ハルフォードは屋敷には来た事は無いが、ハルフォードの執務室として用意されていた。
オルズではノーズアンミーヤの屋敷だけではなく、各拠点、最上階の陽当たりが良く、景色が一望できる部屋はハルフォードの執務室として、研究員達が自主的に用意しており、通信機器などを置いている。
そのハルフォードの執務室では、マリーがハルフォードに報告をしているところだ。
『冒険者ギルドの方は、マリーの方針で進めても問題ないと思うよ。だけどドリーグに関しては、どうするか結論を出すにはまだ早いかな?
あくまでもウチの最優先はイーストルーツの結界を解除した魔術道具。これの所在が分からなければ、こっちから手を出すのはリスクが高いんだよね!
協力者もいることだし、ドリーグがその魔術道具を持っていなかったら、また振り出しに戻ることになるからね?
いいマリー?
ああいうタイプ、特に解除系の魔術道具は魔力の供給が不可欠なんだ。
結界解除の魔術道具は魔力が切れるとそこで終わり。また一から作り直さなければいけない。
術式の規模を考えると、一週間おきには魔石を充填してるはずだよ。
まずはそれを見逃さないようにすることだね』
「畏まりましたハルフォード様。
ドリーグの監視を徹底して、魔術道具の所在を明らかにしてみせます!」
それからドリーグに件についてハルフォードは幾つか指示を出し、マリーは詳細を確認しながら話を進めていった。
『それと、さっきレイとリリィから通信が来てね、海中探索の件で面白い相談を受けたよ。
水中で息をする魔術道具……
レイが考えたアイデアも面白かったけど、俺が昔作ったものがあるから、そのデータをノーズアンミーヤの研究所に送って作るように言っておく。
その後のことはマリーに任せるよ。
それと聞いたマリー?
あの子達、今日友達が出来たんだって!
凄くはしゃぎながら話してたよ。通信じゃなくて、会って聞きたかったよ、本当に……』
「うふふ、聞いております。
さっき散々聞かされましたから……
リリィが嬉しくて泣いたらしいですよ?」
『本当?うわぁ見たかったな〜。
やっぱりあの子達は純粋なんだよね!
マリーがさ、昔はハル兄さんって言って俺の後ろに付いてきてはピーピー泣いてたのを思い出すよ!
あの頃のマリーは純粋だったなぁ。
それが今では冒険者ギルドのギルドマスターを脅して、土下座までさせちゃうんだもんね。
女って恐いよね?
ね、マリー?』
「ちょっ、ちょっとハルフォード様!
変なこと思い出さないで下さい!それに、もうそんな昔のことは忘れました!」
『えっ?本当に?じゃあせっかくだから、思い出すように俺がマリーの小さい頃の話してあげるよ!』
「いいです!やめて下さいハルフォード様。
それよりも、ハルフォード様?
あの子達に一年近く常識を教えてた筈なのに、何ですかあの豆ちマスターって?
いくらハルフォード様でもさすがに怒りますよ?」
椅子に座り毅然として会話をしていたマリーだが、ハルフォードにマリーの小さい頃の話をされると立ち上がり、顔を真っ赤にしながら、頭を抱え右へ左へと歩きまわっていた。
冒険者ギルドで見せた、あの姿とはまるで別人のような狼狽えようだ。
ハルフォードもマリーがそうなるのを分かっていてその話をした節がある。
マリーは話題を変える為に、以前悩まされた豆ちの件をハルフォードに振ると……
『ハハハハハ、あれもうバレたんだ?
さすがマリーだね。
いや俺もね、始めは常識について教えてたんだよ?
本当に……
でもさぁレイもリリィも、色々と教えても何故か予想の斜め上の勘違いしちゃうんだよね。
しかも毎回だよ?
それを毎日続けてたら、俺も心折れちゃって……
それで方針を変えた訳。
あの子達が興味があって、楽しそうに聞いてくる部分を伸ばそうとしたらさ、あの子達、変な話ばっかり食い付くんだよ。
それで三人で話をしてたら、俺もね?ついつい楽しくなっちゃって、いつの間にか俺の豆ち、全部あの子達に継承してたのよ!
ハハハ、ね?面白いでしょ?』
「面白くありません!ハルフォード様も一緒になって遊ばないで下さい!
あの子達、貴族すら知らなかったんですよ。
このままではあの子達の将来が不安です!
常識もさっぱりですし、勉強するにしても何から手をつけたらいいのか…… 」
マリーは兼ねてからレイとリリィに常識がないことを懸念していた。
基本的に二人は興味がない話は聞かない。
レイに至っては話すら聞いていないことが多い。
それに加えてハルフォードが言うように斜め上の勘違いをしてしまう。
今朝、サンシーナからパン屋のおじさんを絵本に出てくる雪だるまと勘違いをした、という話を聞いた時、マリーは目の前が真っ暗になり倒れそうになっていたのだ。
『まぁ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。
勉強するにしてもさ、結局は好きなことじゃないと身に付かないし、それに下手な常識を持った大人になってもつまらないよ。
小さい頃、将来の夢とか持ってたよね?
俺さぁ、昔は常識と照らし合わせて悟ってしまったり、諦めてしまったりして、いつの間にか夢なんて見なくなってたんだよ。
それで気づいたよ……
俺って、つまらない男だ、って。
いつのまにか常識という狭い範囲の中でしか、思考も行動もしてなかったんだ。
でね世間一般で言う常識って、制限をかけてしまう可能性がある。実はこれ、研究者にしてみれば凄く厄介なことなんだ。
だからレイとリリィは、今まで通り常識なんかに縛られずに、本人達がやりたい事を好きなだけやらせた方が良いと思うよ』
「常識が制限になる、という考え方ですか?
それはどういうことなんでしょうか?」
マリーはハルフォードの言葉に共感し、驚き、そして困惑した。
マリーも小さい頃は夢を持っていた。
だがいつの間にか、夢を持つなんて事はしなくなっていた。
それは現実を見極めた上でのことだとマリーは考えていたのだ。
だがハルフォードはそれをつまらないと言い、常識が制限をかけていると言うのだ。
マリーは困惑した表情を浮かべ、ハルフォードの話に耳を傾ける。
『今回の海中遺跡なんかはいい例。
調査隊が潜って、息が続かないから無理だ!って言ってそこで終わり。それが五百年も続いてるんだよ?
信じられないよ。
でもレイとリリィはね、作ればいいじゃんってあっさりと言ってたよ。
五百年……
その間にどれだけの人間が、海中で息が出来る魔術道具を作ろうとしたんだろうね?
ウチの研究員も目の前に遺跡があるのに、そんな物出来る筈がない!って諦めたのかな?
それとも、作ろうという発想にすら辿り着く事が出来なかったのかな?
まぁ、俺のところに話すら来てないところを見ると発想すらしてないんだろうね!
皆、常識の範囲でしか行動しないし、考えることすらしない。
そんなんだから、何の道具も生まれない訳だよ』
マリーはハルフォードの言葉を聞きながら、思考を巡らせていた。
そうね……
確かに、私達の持っていた当たり前、常識って言うものが制限をかけているわね。
ハルフォード様が昔経験したと言ってたのはこういう事なのかしら?
つまらないと言うのも納得できるわ。
海の中を散歩したら、どんな景色が見えるのかしら?想像しただけでも、こんなにも心が躍るのに……
そんな事も常識が邪魔してたのね。
私達は常識の範囲で行動し、出来ない事と決めつけ、研究することもしてなかった……
本当、馬鹿みたいじゃない。
海中で息をする魔術道具を作れるハルフォード様も凄いけど、あの子達も凄いわね。
作ればいいって……
これがハルフォード様の言う常識に縛られない人間の発想なのね……
あの子達は研究者として、私達の大分先を歩いていたみたい……
『はっきり言えば、この世界には魔法なんて凄い技術があるんだから、ちょっと研究すれば水中で息をする魔術道具位は簡単に出来るはずなんだけどね。
だけど誰も手を付けてない。
それも五百年もの間……
この結果こそ常識に流されている証だよね。
でもあの子達は常識に縛られない分、研究者として皆とは違う景色が見えているんだと思うよ。
レイが海中で息が出来る魔術道具のアイデアも面白い物だったしね。
多分だけど、あのまま研究すれば一カ月位で出来たんじゃないかな?
まぁ、マリーが心配するのは分かるけど、あの子達は常識がないのと引き換えに、最高の武器を手にしているって考えてみてよ!』
「そうですね……
ハルフォード様の仰る通りですね……
私も海の中では息が出来ないのは当たり前だと思っていましたので……
多分そう思ってるだけでも、研究の足枷になってしまうのでしょうね。
ハルフォード様が仰る、あの子達の武器という考え方、そして常識に対する見解には敬服するばかりです。
正直、常識がないことは駄目なことであり、世間で通用しないと考えていました……
あの子達の勉強のことは、もう一度じっくりと考え直してみたいと思います」
ハルフォードにそう応えるマリーは晴れやかな顔になり、安心したような笑みを浮かべていた。
『マリーも結構真面目だよね?
まぁ、一緒に遊ぶくらいの感覚でいいんじゃない?』
「ハルフォード様?
今のは豆ちマスターの件で遊んでた事を正当化しようとしての発言ですよね?!」
『アハハ、ばれた?
マリーはそういうところ鋭いよね?
そうそう、レイが拾ってきた変態が一人いるでしょ?マリーがレイとリリィに悪い影響を与えるからって、こっちに置いていった奴。
あの馬鹿、レイとリリィのところに行きたいって言って走ってそっち向かったから。
まぁ、距離があるからそう早くには着かないと思うけど、着いたら宜しく頼むよ!
あっ、ちょっと呼ばれてるから、またね!』
ハルフォードはその言葉を最後に通信を終えた。
そしてマリーは苦渋の表情で頭を抱える。
不安が解消したかと思えば、呼んでもいないのに新たな不安の種が、走って向かってくるのだ。
その夜屋敷では、何度もマリーの深いため息が響いていた。
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