13.大人の話し合い

 13


 レイとリリィの二人がサンシーナと共に港地区を訪れていた頃、マリーとバルトーレは冒険者ギルドへ来ていた。


 中央に位置する出入り口の正面には受付のカウンター、右手側にはバーがあり左手側には階段がある。

 いずれも飾り気のない簡素な作りであるが、丈夫そうである。


 冒険者ギルドは昼過ぎというのもあり、冒険者は少なかった。


 そんな冒険者ギルドの扉が開かれ女性と男性の二人が入って来た。マリーとバルトーレである。


 赤と黒のシンプルなデザインのドレスに、大きめの黒いレースショールを肩にかけて優雅にギルドを歩くマリー。その後ろには執事服を着たバルトーレ。


 冒険者ギルドには似つかわしくない二人が姿を現し、冒険者達は息を飲む。


 マリーの来訪にカウンターが慌ただしく動き、マリーの元へと五人のギルド職員が駆け寄って来た。

 その内の一人が跪き頭を下げ、口を開いた。


「マリー様、お会いできて光栄で御座います。

 また当ギルドへマリー様自ら足を運んで頂き、誠に有難う御座います!」

「ふふっ、元気そうね?ドボルザーク。

 その様子だと、私たちがここに何をしに来たのか、分かっているみたいね。

 相変わらず情報が早くて関心するわ!」

「ハッ、有難う御座います。

 内容は出入りの業者より聞いております。

 ご案内致しますので、こちらへどうぞ!」


 ドボルザークに案内され、ギルドマスターのいる部屋に入る。


 部屋へ入るとギルドマスターのアルリーエ・シーオーが机に向かい書類仕事をしていた。

 アルリーエはマリーを見ると、目を見開いて驚いた表情を浮かべている。

 マリーはアルリーエの反応など構うことなくソファーに座り「久しぶりね?アルリーエ」と言い微笑む。

 しかしマリーのその微笑みは、冷たく背筋が凍るようなものであった。


 マリーの突然の訪問、そして不気味な微笑みを見て動揺を隠せないアルリーエは、その太った身体と顔から汗を滲ませ「お久しぶりです、マリー様」と返すのが精一杯であった。


 マリーが席に座るとバルトーレがいつの間にか用意したティーワゴンの上で紅茶を入れており、入れ終わるとテーブルの上に差し出して、マリーの後ろへと下がる。


 マリーはその紅茶を一口飲み「座ったらどう?」とアルリーエを席に促す。


「ねぇ、アルリーエ。私たちがここに来た理由、わかるかしら?!」

「い、いえ。何かあったのでしょうか?」

「ふふっ、こっちは相変わらず情報に疎いのね?

 ドリーグの件で来た、と言えば分かるのかしら?」

「ドリーグ様の件……でしょうか?」

「そうよ、冒険者ギルドでドリーグの依頼を受けているわね?その件で来たの」

「!?……い、依頼ですか?!

 私共はドリーグ様の依頼は受けておりませんが?」

「うふふ、分かりやすいのも相変わらずね。

 顔に書いてあるわよ。

 まぁ、率直に言うと冒険者ギルドが出した冒険者とその仲間達がオルズに襲撃して来たのよ。

 勿論、全て捕縛して貴重な実験体として活用させて貰うけど、今日は冒険者ギルドが私たちの敵なのか、見極めに来た、というところかしらね」

「まさか、私共がマリー様達に敵対するような考えなど一切ありません。

 私共、冒険者ギルドは中立的な立場を保つのが組織としての方針ですので……」

「ふぅん、中立ね?随分と使い勝手の良い言葉よね、中立っていうのは……

 その割には冒険者ギルドが派遣した冒険者によって、実際に襲撃は起きているし、それにドリーグの肩を持っているようにも見えるわね?」

「いえ……そのような事は、ありません」


 消えてしまうような声で応えるアルリーエ。

 その表情は顔色が悪く、目線もまばらになっていた。


 そんなアルリーエをゆっくりと紅茶を楽しみながら見ていたマリーは話を続けた。


「そう?どうしようかしらバルトーレ?」

「そうですね、そう言っているのであれば、冒険者ギルドは本当に中立なのでしょう。

 それよりも、マリー様……

 私たちもこの街に来たばかりですので、街へのご挨拶も兼ねて、慈善活動をしてはいかがでしょうか?

 魔物の討伐に薬草の採取、素材の回収などすれば、きっと街の皆様にも喜んで頂けるかと思います。

 ちなみに魔物は街の皆様に不安を与える元凶でもありますので、ノーズアンミーヤ周辺を徹底的に討伐する必要があります。

 討伐用にゴーレムを五百体ほど出して、狩り尽くせば、冒険者の皆様もお仕事がやり易くなるのではないでしょうか?」

「うふふ、慈善活動ね?

 流石バルトーレね。そうね、そうしましょう!」


 バルトーレの言う慈善活動。


 それは冒険者ギルドにとっては死活問題である。

 冒険者ギルドと同じように、魔物討伐、薬草採取、素材回収をされたら、まず冒険者の仕事にならない。

 冒険者が依頼を達成出来なければ、依頼を仲介するギルドへの売り上げにも影響するのだ。


 それに冒険者達は仕事が無い街には留まる必要がないので、他の街へと流れて行く可能性が高い。


 その事をよく理解しているアルリーエは額に大量の脂汗を流し、顔を引きつる。


「ちょっと待って下さい!マリー様。

 そんな事をされると私共が困ります!

 私共に出来ることがあるなら善処します。ですから他の方法はないでしょうか?」

「ふふっ、慈善活動をするのが困るの?

 変なこと言うのね?アルリーエ。

 まだ自分の状況を理解してないみたいね?」


 そう言うとマリーは不敵な笑みを浮かべ、バルトーレに目配せをする。

 バルトーレは小さく頷くと、次の瞬間。

 マリーの横に立っていたバルトーレが、アルリーエの背後に立っていた。


 そのバルトーレは、気配なくアルリーエに背後から声をかける。


「失礼します。首筋にゴミが付いておりましたので取らせて頂きます」

「――ヒィ?!」


 背後から音もなく首筋に手を添えられたアルリーエは、あまりの驚きに身を硬直させ、ソファーからずり落ちてしまう。

 その様子を見てマリーが「あら、どうしたの?」と声を掛けるが、アルリーエはハァハァと息を荒げ、マリーに応えることが出来なかった。


 マリー達はアルリーエが敵対するのであれば、いつでもやれるとばかりに暗に示しているのである。


 マリーは平然としているが、この時点でアルリーエの態度に苛ついていた。

 実際に襲撃は起きている。

 それは冒険者ギルドを通して依頼した冒険者とその仲間達である。

 にもかかわらず、謝罪も無ければ弁明も依頼者を隠し、中立などと言い責任の所在を曖昧にする態度だ。


 床に腰を落とすアルリーエを見ながらマリーは話を続ける。


「ねぇ、アルリーエ……

 襲撃をするような奴等には、相応の応報があるべきだと思わない?

 依頼者は当然として協力者にも……」

「…………」

「死ぬよりも辛い目を見て貰わないとね……」

「ちょ、ちょっと待ってくださいマリー様!

 大変申し訳有りません。

 す、すべて、正直にお話します。

 ドリーグ様に口止めされていて、マリー様に全てをお話することが出来ませんでした。

 襲撃の件も大変申し訳御座いません。

 私共のギルドを通したのにも関わらず、内容を確認せず、しかも襲撃までとは……

 私に出来ることであれば何でもします、いやどうか私にさせて下さい!」

「そう?だけど私たちが貴方を信用できると思う?

 普通に考えたら出来ないわよね?

 でも、そんな事をしてたら話が進まないから、貴方に挽回する機会を与えるわ。

 私が出す条件をクリア出来たら、冒険者ギルドが本気で信用回復に努めたということで、今回の件は無かったことにしてもいいわよ。

 どうするアルリーエ?」

「やらせて下さい!この通りです」

「うふふ。始めからそういう態度を取っていれば話が早かったのにね」


 マリーが口元に手添えて、クスクスと笑う。

 目の前にいるアルリーエは土下座の体制を取ったままでマリーの応えを待っていた。


 結局マリーはアルリーエに三つの条件を出し、後は冒険者ギルドの対応次第で判断するようにしたのだ。


 それからマリーとバルトーレは、アルリーエに細かなところを伝え冒険者ギルドを後にする。


 屋敷に帰る馬車の中でマリーは冒険者ギルドでの話し合いで、バルトーレが言った慈善活動と首筋のゴミについて、きっとレイとリリィなら、そのまま良い意味で捉えて、有難うとか言っちゃうんだろうな、と思いクスクスと笑うのであった。

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