10.懐かしさを噛みしめて

 

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 現れたその人物。

 白髪の混じる髪を綺麗に整えた、年齢は五十代前半くらいの男性である。

 白い手袋に執事服。

 長身で落ち着いた雰囲気を纏い、スッと背筋を伸ばし歩く彼の姿は、実に上品であった。

 彼の名はバルトーレ、ハルフォードの執事だ。


 バルトーレはレイとリリィの視線に気付くと、立ち止まって礼をする。

 その姿を見た二人はバルトーレに駆け寄り「バル、来てたのか!」とレイが晴れやかな表情を浮かべ声を掛ける。


「お久しぶりです、レイ様、リリィ様。

 ハルフォード様の命により、このバルトーレまたレイ様とリリィ様にお仕えさせて頂く事となりました。

 年老いた身ですが、宜しくお願い致します」

「そうか、それは良かった!嬉しいよバル!

 今まで通り、バルは俺達と一緒に付いて来てくれるんだな!」

「久しぶりです、バル。

 また一緒にいられるなんて本当に嬉しいです!

 でも……バル?

 こっちに来ること私達に内緒にしてたでしょ?

 お別れする時、本当に悲しかったんだからね!」

「申し訳御座いません、リリィ様。

 マリー様に黙っておく様にと言われておりまして、お詫びとしてレイ様とリリィ様にケーキをご用意しておりますので、後ほどご賞味下さい!」

「流石バルだな!俺達の事分かってる。

 それとバル?さっきのバルのあの気配、あれ絶対ワザとやっただろ?!

 こっちはヒヤッとしたんだからな!」

「はて?何の事でしょうか?

 最近、歳のせいか記憶が曖昧で……」

「うふふ、久しぶりです。バルの歳のせいか」

「あぁ、本当久しぶりだな……

 バル、俺達ももう子供じゃないんだからな?

 その調子で今までみたいに簡単に騙せると思うなよ!」

「ふふふ、心しておきますレイ様」


 それから二人は屋敷で起きた状況、防具の調査に関するこれまでの情報を、バルトーレに説明した。

 襲撃者達は情報を引き出した後、研究所で有効活用するというのでバルトーレが後処理を引き受けた。

 だが襲撃者の中の一人。

 女騎士だけは二人がどうしても聞きたい言葉があるというので、研究所に連れて行くのは少しだけ後回しになった。


 レイが襲撃者のリーダーを屋敷に運ぼうとすると、バルトーレがいつの間にか用意した台車にカチコチに凍るソレを乗せていた。

 流石、有能な執事である。


 三人が居間に入るとマリーは尋問を終えてソファーでくつろいでいた。

 そしてソファーの裏手においてある大きなテーブルには、メイド達によって着々と夕食の準備が整いつつあった。


「あら?バルトーレ、早かったのね?

 あの任務は終わったの?!」

「はい、無事終了しました。

 マリー様、執事の身でありながら、マリー様を屋敷にてお迎え出来ず、申し訳ありません」

「うふふ。何言ってるのよ、重要な任務なんだから、そっちの方を優先するのは当然のことよ。

 ところで、レイ。そいつが襲撃者のまとめ役?」

「あぁ、驚くほど弱くて期待外れだった」

「ふふっ、普通は襲撃者に期待はしないものよ。

 そいつは後で私が情報を引き出すわ。

 それより少し遅くなったけど、夕食にしましょう!今、メイド達が準備しているから座って待ってて!

 詳しい話はその時にするわ!」


 二人は席に座り、バルトーレはメイド達の元に向かい手伝っている。

 テーブルの上には次々と料理が運ばれ、室内に美味しそうな匂いが漂う。

 運ばれている料理は、貴族が好んで食べるような綺麗に盛り付けされたものではなく、温かな家庭料理に近い。

 大皿に盛られた肉や野菜を取り分けて食べるスタイルだ。


 用意されている皿は四つ。

 執事であるバルトーレの分もある。これに関しては色々な事情がある。


 まずハルフォードは食事は皆で食べた方が美味しい、という持論がありバルトーレが後で食事をすることを許さなかった。

 またハルフォードはメイド達も一緒に、と付け加えたがメイド長に仕事をさせろと押し切られ、メイド達は後で食事をするという形になっている。


 それに加えバルトーレは普通の執事とは少し違う点がある。


 バルトーレは元々はマリー達と一緒に仕事をしていた研究員であり、組織の幹部だったのだ。

 そのため、バルトーレは今でも執事の仕事の他に、組織の任務や研究を卒なくこなしている。


 幹部だったバルトーレが執事になったのは、幼い頃のレイとリリィに接する内に、二人のお世話をしたいと思うようになり、幹部を辞めて執事になったという経緯がある。

 そういう事情もあって、バルトーレは有能な故に、執事以外に幾つもの職務を兼任する立ち位置にいた。


 そんなバルトーレを含み四人で席に座り、会話を楽しむながら和やかに食事をしていると、マリーが先程引き出した情報について話を始めた。


「まずあの防具の依頼者と冒険者ギルドへ依頼を出した者が分かったわ。

 この二つの依頼者は同一人物、この街の領主でもあるドリーグ・コレクトよ。

 黒ローブの男が飲食店で情報を渡したのが実行部隊。どうやら、あなた達はその実行部隊の諜報に後を付けられたみたいね。

 気を付けなさいね、あなた達。

 それでそこの二人も今夜の襲撃のことを知っていたから、襲撃の依頼者もドリーグになるわね。

 さっきレイが連れてきた襲撃者に確認しないといけないけど、まず間違いないわ!」

「ごめんマリ姉。帰りはシェトワをサンのところに行かせてたから、警戒が甘くなった。

 次からは気を付けるよ!」

「でも何でドリーグはサンの家を盗聴していたの?」

「そうね、何から話せばいいのかしら……

 まずドリーグには協力者がいるわ。

 その協力者から兵を借りて、イーストルーツにまた行こうとしていたのね。

 ただ兵を借りられるけど、防具を用意する必要がある、となると……

 協力者は貴族辺りかしら?

 自分の領兵達が自領の鎧を着て、大軍を率いて他の領へと入ると、他の貴族達に体裁が悪かったり、変な勘繰りを入れられる可能性があるの。

 だからドリーグに防具を用意させたのね。

 それで盗聴の話に戻るけど、ドリーグがよっぽど小心者なのか、協力者が大物なのかどちらかになるけど、情報漏洩を防ぐ為よ。

 流石に領主が大量に防具を作るとなると、色々と変な噂が立ちかねないわ。

 そこでドリーグは、だったら側に誰か置いておこうと考えたのね。

 そして探りを入れてくる奴等は捕まえろ、ってところかしら?

 うふふ。本当、単純よね。

 まぁ、リリィの考えていた通り、護衛ではなく監視というところね!」


 それからマリーの話は続いた。

 ドリーグに関しては一度ハルフォードに報告を上げ、潰すのかそれとも飼いならすのか判断を仰ぐこととなる。

 また協力者の存在が見えてきたので、合わせて諜報をする必要が出てきた。


 そしてドリーグとその協力者とは別に、確認しておく事が一つある。

 冒険者ギルドだ。

 今回の件で冒険者ギルドは依頼を受けて動いた形になるが、その内容次第では第二の協力として考えなければいけない。

 その内容を確認する為に、明日マリーが冒険者ギルドに足を運ぶという話になった。

 冒険者ギルドの返答によっては、戦線布告をする予定だ。


 マリーは引き出した情報を伝え終わる頃には皆食事を済ませており、そのまま今後の方針について打ち合わせをした。

 程なくして打ち合わせを終えて、マリーは食後のコーヒーを飲みながらハルナビの画面を操作し、ドリーグの元へネズミ達を諜報に向かわせる準備を始める。


「ねぇレイ、確か鷹型以外に小鳥型ゴーレムも居たわよね?」

「あぁ、小さいのなら雀型とコウモリ型がいる。

 一緒に偵察に出す?マリ姉」

「そうね、私の子供達だけだと心配だから、レイの子供達も出して頂戴。

 それとバルトーレの虫型も一緒に出して頂戴」

「畏まりましたマリー様」「了解」

「ねぇ。マリ姉。私もお手伝いしたい!

 お兄様とバルがゴーレム出すなら、私もあーちゃん達を偵察に出すよ!」

「うふふ、それは遠慮しておくわリリィ。

 リリィのゴーレムは大きいし、見た目が凶々しいからすごい目立つのよ。

 あーちゃんなんて、可愛いのは名前だけなんだから……

 また別の機会にでもお願いするわね!」


 マリーにそう言われると、リリィは残念そうな表情を浮かべている。

 リリィが言っていた、あーちゃんとは攻撃に特化したゴーレムである。

 身長は二メートルを超え、その容姿は悪魔が真っ黒な鎧を着ているような感じなのだ。

 どう考えても偵察、諜報には向かない。


 残念そうにしているリリィを見て、三人は苦笑いを浮かべる。


 マリーは心配そうにリリィを見て、隣に座るバルトーレに身体を寄せ「何とかして」と小声でささやくとバルトーレは「お任せ下さい」と言って厨房へと向かって行った。


 しばらくして片手にトレーを持ち、バルトーレが居間に姿を現した。

 バルトーレはリリィの斜め後ろに立ち、スッとリリィの目の前にデザートを出し「リリィ様の大好きなプリンで御座います」と一言。

 リリィはプリンを見ると、沈んだ表情が瞬く間に喜色溢れる表情へと変わり「ありがとうバル」と言い、スプーンを手に取りプリンを堪能した。


 羨ましそうなレイ。

 そんなレイにバルトーレは「皆さまの分もご用意しております」と言って、レイとマリーにプリンを配る。


 プリンを食べながら楽しそうに話す二人。


 そんな二人を見ながらバルトーレは幼い頃の二人と重ね合わせ、その懐かしさを噛みしめていた。

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