9.あの言葉が聞きたくて

 9


 居間を飛び出し、二人は楽しそうに笑いながら屋敷を走る。


「お兄様、私楽しみ過ぎて、なんだか身体中の血が沸いているように熱いですわ!」

「あぁ、俺もだ。これがハル兄の言ってた『滾る』という感覚かもしれないな!」

「うふふ、そうですわね」


 二人はエントランスに着き、足を止めて扉の前に立つ。

 お互いに顔を見合わせると「私は左側を、お兄様は右側をお願いします」とリリィが言うと「了解」とレイが短く応え、二人はニヤリと笑みを浮かべる。


 リリィは屋敷の左側にある塀を目掛けて勢いよく走り出した。

 その様子を塀の外に潜んでいた集団の一人が発見し、声を上げる。


「気付かれた!相手は一人だ。

 作戦を開始する!全員、突撃せよ!」


 その言葉に反応して、用意してあった梯子、ローブを使って塀を乗り越え、次々と敷地内に侵入してくる。

 総勢十二人。

 走る足音が重なり合い、鎧が擦れる鈍い金属音と混じり不穏な音を奏でていた。


 リリィは襲撃者が塀を乗り越え、次々と敷地内に入って来るのを見て、足を止めて待っていた。

 空間収納から黒く鈍い光りを放つ剣を取り出し右手に持ち、楽しそうに素振りをする。

 これでもかという程に目が輝きを放ち、今か今かと待ち構えている。


 リリィの前に立つ襲撃者は、どうやら前衛組と後衛組に別れているようだ。

 前衛組は重々しい鎧を着て全員剣を持っており、中には大盾を持つ者もいる。

 対照的に後衛組は動きやすい革鎧やローブを着て片手には魔石の付いた杖を持っていた。

 先ずは前衛組がリリィに向かって走り出し、襲いかかる。


 六人の男達がリリィを囲む陣を取り、先陣を切る男がリリィに剣を振り下ろす。


 向かってくる剣先を、リリィはその場から一歩も動くことなく剣で弾いた。

 その次の瞬間。

 横と背後から剣がリリィを襲う。

 ほぼ同時の連携攻撃。

 防御の間も与えてはくれない攻撃。


 しかし、その攻撃もリリィは足を使うことなく、滑らかに上体だけ動かし、相手との間合いを自らの身体を動かして作り出す。

 そして流れるように全身を使い、剣を横と背後へと滑らせての迎撃。


 その動きは美しく、無駄の無い動きだった。


 前衛組が剣を交えると、リリィとの距離を置いて剣士達が引く動きを見せる。

 リリィの視界が広がっていく。


 その視界の先に見えてきたのは魔法の準備をしていた六人の後衛組であり、彼等は不敵な笑みを浮かべて、リリィを見つめていた。

 そして後衛組の魔法が一斉にリリィを襲う。

 前衛組が軌道上にいないことを考えると、これも打ち合わせ通りなのであろう。


 立ち尽くすリリィ。


 リリィの表情は曇りがかった空のように冴えない表情を浮かべていた。

 それは彼等の魔法を見てからである。

 あれほど光を放ち輝かせていた目も、半目になり、濁りが混じっている。


 この時点でリリィは悟ってしまった。


 剣を交わし相手の連携を受けた。

 そして後衛組の魔法攻撃の威力も見た。

 そのどれもが、リリィの想定していた攻撃よりも遥かに下回る力量だったのだ。


 向かってくる魔法攻撃。


 リリィは呆れ顔で、面倒臭そうにその攻撃に左手をかざし魔法障壁を張る。

 その直後。

 炎弾、岩弾、氷塊が直撃し、大きく爆発する。


 炎は燃え上がり炎壁となり黒煙を巻き上げ、岩弾は粉々になって土煙を作り上げ、そして砕け散った氷塊がその衝撃を語っていた。

 一瞬の静寂。

 誰かが「やったか?!」と言葉にする、そして誰かが「ゴクリ」と唾を飲む。

 その静寂は本当に一瞬だった。

 燃え上がる炎壁の中からリリィが歩いて出てきて、呆れ顔で周りを見渡して言い放つ。


「えーと、もう終わりなのです?

 もっと本気を出して頂いても、此方としてはまったく構いませんので、お遊びはここまでにしませんか?

 それとも、皆さん。

 やっぱり今見せたような、ゴブリン程度の力しかないのでしょうか?

 はあ、せっかく期待して待ってたのに、とても残念なのです!」


 その言葉に全ての前衛組が一斉に動き出す。


 リリィは向かってくる男達を蹴り飛ばし、剣を弾き、男達を薙ぎ払う。

 リリィを中心に男達が面白いほどポンポンと飛んでいき、地面へと転がり落ちる。


 焦った後衛組が魔法を放つと、リリィは「トゥ」と言い上空へと飛び上がる。

 五メートル程の高さまで飛んだリリィは「エイッ」と言いながら剣を振る。


 何度振ったのか早すぎて誰もが見えていないその剣筋からは、ヴォという風切り音と共に斬撃が飛び、地上にいる後衛組を襲う。

 バタバタと崩れ落ちる男達を眺めて、リリィは小さくため息をついた。


 リリィは後は任せたとばかりに、ゴーレム達を召喚し襲撃者の回収をお願いすると、レイの様子を見に屋敷の反対側へと向かった。


 リリィがレイの元へとやって来ると、詰まらなそうな顔をしたレイが佇んでいて、その周りには十本の人柱が出来ている。

 正確には首から下が氷魔法でカチカチに固められて動けない襲撃者達だ。

 リリィがその衝撃者達を見渡し、そして一人の元へと駆け出していった。


「お兄様、お兄様!女騎士です!女騎士」

「何?!本当か?!」


 リリィの言葉にレイは驚いた様子で走り出した。


 二人の目の前には女騎士が氷漬けになっており、眉をひそめている。

 見た目だけで言えば、目が釣り上がり、真っ直ぐに伸びた眉が強気な性格を匂わせる。

 その女騎士を見る二人の目は輝きを取り戻し、顔から喜色が溢れ出している。


「うふふ、お兄様!ハル兄様が言っていたあの言葉、覚えてますか?」

「あぁ、忘れる筈が無いだろ!

 ようやく聞ける時が来たようだな……

 こういう時は確か剣を向けるんだったよな?」

「そうです。そうです!」

「じゃあ、頼んだぞ。リリィ」


 リリィはレイの言葉に頷き、空間収納から再び凶々しく光る黒剣を取り出す。

 二人は期待に満ちた表情を浮かべ、喜びのあまり今にも笑ってしまいそうだ。

 リリィは右手に持つ剣をスッと上げ、そして女騎士の首筋に剣先をピタリと添える。

 その女騎士はピクリと眉を上げ、二人を睨みつけるが、怯えた表情を浮かべていた。


 この時、二人の期待値は最高潮であった。


 そして女騎士は震えた声で「何でもする、だから殺さないで!」と言ってきたのだ。

 それを聞いた二人は固まった。

 カチカチに固まった二人の顔には、その台詞は違うぞ!と書いてあった。

「ん?台詞が違うだろ?もっと有名な台詞がある筈だ!やり直し!」とレイが言うと女騎士は困惑の表情を浮かべる。


 それから女騎士は十数回のやり直しを繰り返す。


 このままでは埒が明かない。


 そんな空気が流れていた時、リリィが思い出したように「そうですわお兄様!あの言葉が駄目なら、お漏らしがあるじゃないですか!」と言うと「おぉ!その手があったか」とレイが顔を綻ばせる。

 二人は女騎士へと振り返り、しゃがみ込んで、女騎士の股間をまじまじと見つめる。


 二人は女騎士の股間の前で顔を見合わせ「してませんね」「あぁ、してないな」と女騎士の股間からお漏らしをしていないかを、口に出して確認していた。


 年若い二人の兄妹に自分の股間をまじまじと見つめられ、その挙句に股間の前でお漏らしをしていないか、口に出して確認している二人。

 そんな二人を女騎士は恨めしそうに睨んでいた。


 女騎士はこれまでに味わった事がなかった羞恥心を刺激するものあった。

 二人に羞恥心を刺激された女騎士は恥ずかしさのあまり「くっ」と声が漏れる。

 二人はその声に瞬時に反応する。

 そう、待ち焦がれたあの台詞。

 聞き漏らす筈が無い!

 二人の顔には「続きは?」とはっきりと書いてあり、今か今かと期待を膨らませる。


 だが二人の期待をよそに、女騎士は残念ながらその続きを言うことはなかった。

 この調子では今日は駄目だな、ということになり、お楽しみのあの言葉は後日となるのであった。


 それを聞いていた女騎士は顔を蒼白に染め、ゆっくりと瞼を閉じた。


 それからレイが担当した現場も、リリィがゴーレムを召喚して人柱の回収作業を進めていく。

 合計ニ十ニ人の襲撃者。

 リーダーと名乗る男を屋敷に運び、他の襲撃者は庭の奥に並ぶ三人のところに並べることにした。


 丁度その時である。


 正面の門から突然気配を感じ、暗闇の中からカツン、カツンと足音が聞こえだした。

 突然現れた異様な気配。

 その気配から二人はすぐに理解した。これまでの襲撃者達とは格が違う、と。


「気を付けろ、リリィ」と真剣な表情でリリィへ声をかけるレイ。その言葉に緊張した表情で「分かってます、お兄様」と応えるリリィ。


 その場の空気が凍りつくように変わっていく……


 それほど間を置かずして暗闇の中から、その気配の主が姿を見せた。

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