8.真実の毒薬

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 拠点へと戻った二人は庭の奥に、土魔法で固められた三本の人柱を見つける。

 首から下は真っ直ぐに固めてあり、口には拷問具のような物が入れてあり、喋ることが出来ないようだ。


 三本の人柱は髪の毛はチリチリに焼け焦げており、目から涙、鼻から鼻水を流し二人に目で何かを訴えているが、二人は気にすることなく、ふっと軽く笑い屋敷へと入って行く。


 昨日マリーとの話で居間として使おうと決めた応接室へ行くとマリーがソファーに座り寛いでいた。


「あら、二人共随分と帰りが早いのね。

 もう観光は済んだの?」

「あぁ、色々あってまだ観光はしてないんだ。

 それよりマリ姉、庭に置いてた三人は何?」

「うふふ、あの人柱のことね?

 街を歩いていたら生意気にも絡んで来たから、ちょっと遊んであげたのよ」

「まあ!マリ姉、ということは……まさかアレがあったの?!」

「アレ?……もしかしてハルフォード様がいつも言っているテンプレの事?

 そうね、考えてみると正にテンプレと全く同じことが起きたわね――」

「――ズルいですわマリ姉!私達なんて、あと少しというところで止められたのに」


 リリィは子供が駄々をこねる時みたいに、マリーの身体を揺さぶり悔しそうな表情でズルいを連発。

 そんなリリィをマリーはゆっくりと頭を撫でて宥める。

 マリーに宥められ、落ち着いてきたリリィはソファーに座り、防具の調査で起きた事柄をマリーに報告した。

 ガンツが依頼者に口止めされている事、冒険者ギルドは絡んでいる事、それにこれからの行動予定も合わせて全てマリーに話した。

 話を聞いたマリーはふっくらと艶めかしい唇に二本の指をあて、考え込む。


「ねぇ二人共、よく聞いて。

 犯人を回収する時は、誰にも見られずに仕留めて、直ぐに拠点へと運んでくれる?

 偵察用に私の子供達を出しておくから、後でハルナビとリンクさせておいてね!」

「あぁ、分かった。

 もし俺達が奴らを襲っているところを誰かに見つかれば、サンとガンツさんに危険が及ぶってことだろ?マリ姉」

「そう、そういうことになるのよ。

 それから、冒険者ギルドは私が動くわ。

 内容次第では潰すかもしれないからね!」

「うふふ、冒険者ギルドにはマリ姉の犬がいるのですよね?羨ましいのです!

 ねぇマリ姉、マリ姉。私も早く犬が欲しい!」

「ふふっ、リリィにはまだ人を手懐けたり、犬達を躾たりするのはまだ早いと思うわよ。

 それよりも、せっかく町に来たんだから、サンのような友達や知り合いを沢山作りなさい。

 あなた達が困った時は、その人達はきっとリリィの力になってくれると思うわよ」

「えっ?!サンは……私達の……友達なのですか?

 その……私達……友達というのが居ないので、よく分からないの、マリ姉。

 サンが友達になってくれたら……すごく、すごく嬉しいけど、サンは私達と、どうしたら友達になってくれるの?マリ姉」

「あら?友達じゃないの?

 さっきのリリィの話を聞いた限りでは、もう友達だと思うけどね、まぁいいわ……

 サンと友達になりたいのねリリィ。

 そうね、じゃあ……

 今のリリィの気持ちを、サンに正直に伝えてみなさい。きっと友達になってくれるわよ!」

「うん!分かった、やってみる!」


 それから三人で細かな部分の打ち合わせをしたり、マリーの子供達、正確にはマリーの持つネズミ型偵察用ゴーレムとハルナビをリンクさせたりと夜に向けた準備をした。


 それから日が落ちて辺りは夜色が深まりをみせてくる。


 夜の闇に紛れ二人は再び職人通りに来ていた。


 上空にはシェトワを含めた鷹型ゴーレム達が、路地の各地点ではネズミ型ゴーレム達が人知れず監視を続けていた。

 二人は職人通りにある一番高い屋根の上で、並んで座りながらハルナビを見ていた。


 そしてハルナビに犯人達の姿が映る。


「お兄様、出てきましたわ!」

「あぁ、よし標的に近い者は追ってくれ!

 それからこの二人を監視しているような奴らがいたらマークしてくれ!」


 とハルナビからゴーレム達へ指示を出す。


 そして二人はハルナビで位置を確認し、ぴょんぴょんと屋根の上を飛ぶように移動する。

 程なくして犯人達の後ろ姿が見えてきた。

 無警戒、そう言ってもいい程だ。


 犯人達は馬鹿な話を興じながら笑い合い、職人通りから外れた道を歩んでいく。

 その後ろから二人は屋根の上を移動しながら、距離を置いて追っていた。


 そして犯人達が人通りのない小道に入っていくのを見送り、レイとリリィは互いに顔を見合わせ頷く。


 レイが右手で合図を出した。


 その合図と共に二人は屋根の上から瞬く間に犯人達の背後をとって、首筋に手刀をドスッと落とす。

 犯人達はばたりと膝から崩れ落ちた。


「はぁ、弱すぎるのにも程があります。

 流石ゴブリンなのです!」

「あぁ、全くだな。

 ゴブリンでもここまで簡単に背中を取られることないんじゃないか?」


 二人は呆れた様子で男達を見下ろし、レイが懐から取り出した黒い大きな袋に、男達を別々に入れる。


 それからハルナビを取り出して「作戦終了、皆戻ってくれ」とゴーレム達に指示を出した。


 レイは男達が入った袋を両肩に軽々と乗せ「じゃあ帰るか」と言うと、リリィは悪戯な笑みを浮かべ「では競争ですわ、お兄様。負けた方は甘いもの一つ譲るということで!」と応え、返事を待たずに走り出す。

 レイはその後姿を慌てて追いかけた。


 ◇◇◇


 レイが拠点へと到着する時にはリリィは屋敷の入り口で待っていた。

 結果は言うまでもなくリリィの勝ちである。

 リリィは楽しそうに笑顔を浮かべ「私の勝ちなのです、お兄様」と言うと、レイは諦めの表情を浮かべ「あぁ、わかったよ」と応える。


 二人が居間に入ると、マリーは鎖の付いた椅子を二つ、そして怪しげな液体の入った瓶と注射器をテーブルに用意して待っていた。


 マリーの「早速始めましょう!」という言葉にレイは「了解」と短く応え、袋から男達を取り出して椅子に座らせた。


 男達はまだ気絶しており、レイは椅子に付いた鎖で身体中を縛り付ける。

 マリーはその間にテーブルに置いた注射器を手に持ち、怪しげな液体を注射器に吸い上げていた。

 マリーは作業をしながら、中々起きない男達を見て「リリィ、悪いけど起こしてくれる?」というと「うふふ、任せて!」と男達に近づいて、指でバチンと男達の額を弾く。


 男達は激痛で意識を取り戻し、虚ろな目で瞬きを繰り返し、動かない身体、見知らぬ空間、そして今日店に入って来た二人を見て、状況をようやく把握したようだった。


 大剣の男は睨み付けながら「おい!俺達にこんな事してタダで済むと思うなよ」と怒鳴るとマリーが注射器を右手に持ち「これだから冒険者は品がなくて嫌いなのよ」と呟く。

 そしてレイは眉を上げ「ん?なんかくれるのか?」と応えるとリリィはその言葉に「お兄様、ゴブリン程度の冒険者に期待してはいけませんわ!」と返す。

 男達はその反応に益々怒りをさらけ出す。


 男達は如何に自分達が凄い冒険者なのか、手を出せば衛兵に捕まるが今なら見逃してやるなどと言い出すが、三人は興味無さげに「へぇ」と返すばかりだ。

 痺れを切らした大剣の男が、俺達の後ろには大物が付いている、と話すと三人は目を輝かせながら男達に近づく。


 大物が付いている話をすれば、尻込みしてくるだろうと思っていた大剣の男は、予想外の三人の反応に焦り出す。

 近づいてくる三人を目の前に、血の気が引いていくように顔色が悪くなっていった。

 マリーが男達の目の前に立ち、右手に持つ注射器を見ながら話を始める。


「これはね『真実の毒薬』と言う薬で、使うと何でも正直に話してしまう薬よ。

 でも副作用があって、使い過ぎたり身体に合わないと廃人みたいになっちゃうのよ。

 だけど安心して頂戴、廃人みたいになっても仕事はあるから……クルーラ博士が人体実験のサンプルが少なくなったって言ってたから、丁度良かったわ!

 うふふ……」

「――ま、待ってくれ!全部話す……

 俺達が知ってる情報は、あんた達に正直に全部話すから、そいつだけはやめてくれ!

 それに俺達が持ってる有り金、全部あんた達に渡す、それで勘弁してくれ!」

「うふふ、今さら何言ってるの?あなた達。

 リリィに手を出そうとしたのよね?

 私の可愛い妹に……

 言うまでもなく有罪よ……

 大丈夫よ、痛くないから――」


 と、マリーが言いながら大剣の男の腕にブスリと注射器を刺して真実の毒薬を体内に注入する。

 次いでローブの男にもブスリ。


 因みにこの『真実の毒薬』はクルーラが開発した薬であり、マリーが言っていた副作用は一切ない。

 マリーは脅しで言っていたのだ。

 クルーラ曰く、せっかくのサンプルが廃人になってしまっては研究の幅が段違いに変わってしまう。

 貴重なサンプルをそんな勿体ないこと出来ない、と言って副作用のない薬を開発したのだ。

 サンプルとされる人間にとっては、廃人の方がまだマシであっただろう。


『真実の毒薬』を注入された二人は、ゆらゆらと頭を左右に揺らし、目は虚ろである。

 これから情報を引き出そうとした時だった。

 レイの持つハルナビから、シェトワの鳴き声が聞こえてきた。


 レイはハルナビを手に取ってみると、画面には塀の外に合計ニ十人程の武装した集団が、屋敷の左右を挟むように待機している。


「予想通りね。二人共、任せてもいい?」

「あぁ、勿論!」

「腕がなりますわ!」


 二人は元気よく居間を飛び出して行く、その表情は遊びに行く子供のように晴れやかな笑顔だった。

 二人の背中を見送ったマリーは「さて、私もこっちを終わらせるか」と一人呟く。

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