7.伝説の雪だるま

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 サンシーナに案内された店は大通りにあり、白く塗られた外壁が愛らしい店で、店内は白と薄い赤色、そして薄い緑色で統一されたお洒落な店だった。

 中に進むとパンの焼けた香ばしい匂いが漂う。

 厨房にいる丸い男がサンシーナに気付いて声を掛けて来た。


「おっ、サンじゃないか!いらっしゃい……

 あれっ?!ニンジンの兄ちゃんとピーマンの嬢ちゃんじゃないか?

 なんだサン、知り合いだったのか?!」

「さっき会ったばっかりよ、それよりもトムおじさんの知り合いだったの?!」

「いや、俺は昨日ジルの店で会ったばかりだ。

 だよなっ?!ニンジンの兄ちゃん!」

「その呼び名は辞めてくれ、マルガーオ」

「うふふ、お兄様。やっぱりマルおじさんは名前の通り見事な丸顔ですわね!

 それに目も丸いですし、鼻も丸いですわ!」

「あぁ、そうだな。ほら見てみろリリィ。

 手もまん丸だぞ、それに身体のフォルムも丸に近い楕円になってるぞ!」

「ハハハ、参ったな。

 二人共相変わらず人の話聞いてくれないよね?

 それに俺の名前はトムって教えただろ?」

「ん?いつ改名したんだ?」

「ハハハ、ジルの気持ちが少しだけ分かった気がするよ。後で注文聞きに行くから、好きな席座って待っててくれ!」


 とトムが言い残し、ぽりぽりと頭を掻き苦笑いしながら厨房に戻っていった。


 三人で奥の席に座りメニューを見る。

 レイとリリィは注文したいものが決まったらしくサンシーナは何にするか悩んでいた。


 サンシーナが注文に悩んでいると、リリィが「お兄様、私すごい事に気づいてしまいました」とレイに話しかける。

 レイは素っ気なく「ん?なんだ?」と応える。

 するとリリィは目を輝かせ「昔、私が好きだった絵本覚えてますか?」と尋ねると「あぁ、あの本か」と反応し、レイは少し間を置いてから「はっ?!まさか?!そういう事かリリィ?」と目を見開いて勢いよくリリィへ見向く。

 リリィは口に手を当てて「うふふ、後から聞いてみましょう!」と楽しそうにしていた。


 そんな様子を向かいの席で見ていたサンシーナは、また変な方向に向かっていきそう、と思ったがリリィが楽しそうだったので、様子を見ることにした。


 程なくして、トムが注文を聞きに三人の座る席へとやって来た。

 それぞれ注文を済ませると、レイが真剣な眼差しでトムに尋ねる。


「マルガーオ、ちょっと聞きたいんだが。

 出身は寒くて、雪が降るところか?」

「おっ?よく分かったな、ニンジンの兄ちゃん!

 そう!俺は一年の半分くらいは雪が降るディアムの出身だ。それがどうかしたのかい?」

「まあ!やっぱりですわ!

 マルおじさん、暑いのは苦手ですよね?!」

「まぁ、この体型だからな」

「うふふ、あの話は本当だったみたいですわ。

 マルおじさん、小さい頃は雪だるまとか作りました?!」

「ハハハ、懐かしいな。何にもない街だったからな。たくさん作ったぞ!

 でもさっきから変なこと聞いてくるな……

 何かあったのか?」


 この時点でサンシーナは、二人が何と勘違いしているのか気づいた。

 だが二人の目の輝き、それに期待に満ちた表情に圧されてしまい言い出すことが出来なかった。


「あぁ、マルガーオ。

 俺達は今、もの凄く感動している!

 まさか生きているうちに、伝説を目にすることが出来るなんて思っても見なかった!」

「そうです、マルおじさん!私、小さい頃からあの本が大好きで、何度も何度も繰り返し読みました。

 うふふ、マルおじさん。驚いた顔してますね!

 でももう隠しても無駄ですよ!

 私達、もうマルおじさんが妖精さんの生まれ変わりって気付いているのですよ!」


 目の前でキラキラと目を輝かせ、無邪気な笑顔を見せる二人。


 そんな二人の姿にトムは困惑し、高速で思考を巡らせる。

 はぁ、どういうことだ?

 ジルの言ってたのはコレのことか、何か妖精の生まれ変わりって言ってたけど……

 それに伝説か……昔は伝説の勇者に憧れてたな、もしかしてこの子達にもそんな風に俺が見えるのか?

 ふふっ悪くないなぁ、伝説の男かぁ……

 いやいやいや、待て待て。

 落ち着けよ、俺!

 そもそも生まれ変わりとかじゃねぇし、伝説なんかに縁なんかねぇじゃないか!

 でもさ、これ。違うって言えるのか俺?

 何か感動しちゃってるし、目をウルウルさせちゃってるし……


 戸惑い過ぎてアタフタし始めたトムを見て、サンシーナが口を開く。


「ちょっと二人共!先に言っておくけど……

 トムおじさんは『雪だるま』じゃないわよ!

 確かに白い調理服着てて、身体が丸いから見えなくもないけど、トムおじさんは妖精の生まれ変わりじゃないし、元から人間よ!」


 サンシーナが言うように、二人はトムのことを雪だるまと勘違いをしていた。

 正確には妖精を宿して、生まれ変わった雪だるま、といったところだろうか。

 それはトムの身体的特徴から丸い顔、丸い身体、白い衣服、そして顔に流れる汗は、雪だるまだから解け出していると思ったのだ。

 そして二人が確認した状況。

 雪国出身で小さい頃から雪だるまを作り、暑いのが苦手となると、二人は生まれ変わった雪だるまと考える他ない。

 それに店の名前も二人の勘違いを後押しした。


『美味しいパンの店・フェアリーズ』


 そんな後押しもあって、リリィは大好きな絵本に出てくる雪だるまなのではないかと勘違いしたのだった。


 二人が勘違いしてたのが『雪だるま』と聞いてトムは口を開けたまま唖然とした表情。

 そしてサンシーナからその話を聞いた二人はガックリと項垂れる。

 そんな二人の様子をサンシーナは呆れた表情で見て、それからトムに身体を向き直る。


「トムおじさん、何かごめんね。

 二人共勘違いしたみたいで……

 ほら、トムおじさんも知ってるでしょ?!

『妖精と雪だるま』っていう絵本。

 内容は確か……

 愛情いっぱいに作られた雪だるまが、妖精と仲良くなって、それで春が近づいてきたら雪だるまがどんどん解けていって、それを見た妖精が悲しくて泣いていたら雪だるまに妖精が宿って生まれ変わるって話。

 そんな話だった筈よね?

 何かね、あの絵本をリリィが大好きで、それでトムおじさんが雪だるまだと思ったらしいの……」

「そ、そうか。悪いなサン、本当助かった。

 俺、危なく雪だるまになるところだった。

 ま、ゆっくりして言ってくれ!」


 トムは安堵した表情でサンシーナに感謝の言葉を伝えると、厨房へと戻っていった。


 がっかりと肩を落としていた二人だったが、それも昼食を食べ終わる頃には元気を取り戻していた。

 三人は食事を終えて、レイは防音の魔法障壁を張り、これからの話し合いを始める。


「さて、これから行動する時の大前提なのですが、まず、ガンツさんと冒険者ギルドに私達の行動を悟られるようなことがあってはいけません」

「そうね、爺ちゃんの身に危険が及ぶ可能性が高いってことでしょ?」

「はい、依頼者は盗聴をしてまで監視する理由、もしくは聞き出したい情報というのがあるのでしょう。

 それに今の時点では情報が少な過ぎて、誰が何の目的で動いているのかが見えてきません。

 ですので私達は内密に動く必要があります!」


 二人が持つ防具について、ガンツに話を聞けば早いがそれでは解決にはならない。

 それに冒険者ギルドに依頼した者が、ガンツに防具作成を依頼した、依頼者と敵対勢力という可能性もある為、慎重に動く必要がある。


「それとこれはいい話ではないのですが……

 冒険者の仲間または依頼者に、今日私達が訪ねた情報が漏れた可能性があります」

「というと、あの二人以外にも家に誰かいたということなの?」

「いえ、あの二人以外にはいませんでした。

 ですが、シェトワの映像では私達が家を出る前にローブの男が一度外に出ており、外部の者と連絡を取ったはずです」

「なるほどね、あの二人だけではないのね」

「そうです。ローブの男は一度飲食店に入って、すぐに出てきました!」

「シェトワは空からの監視がメインだから、店の中だと、誰と会って何をしたかまでは分からないからな」

「まぁ、狙われるのは私達ですので問題はありませんが、念のためサンには私達から強力な護衛ゴーレムをお貸しすることにします。

 私のゴーレムは、容姿が護衛向きではないと何故か不評なので、お兄様にお願いしても宜しいでしょうか?」

「あぁ、大丈夫だ!」

「ありがとう、助かるわ!」


 それからリリィは犯人を回収する為に、サンシーナから冒険者の男達の行動パターンや、他の護衛について、交代時間などを聞きとり、しばらく考え、そして再び話を続けた。


「では犯人の回収は、夜に護衛が交代してから行動をするようにします。

 それでサンは護衛交代後に、家の中にある魔術道具の回収をお願いします!」

「でも回収して大丈夫なの?護衛がいるから盗聴してたらバレるんじゃないの?」

「それは心配いりません。

 夜の護衛は敷地外からの警備という話でしたので、魔術道具の使用可能範囲から外れています。

 だから夜の盗聴はありません。

 それよりも今は相手に情報を与えておきたくありませんので、今のうちに回収しておきましょう!」

「なるほど、分かったわ!」


 夜の護衛達は一先ずは保留ということにした。

 彼らにはいつもどおりに警備して貰い、その間に回収した犯人から出来るだけ情報を引き出し、対抗策を練りたいという思惑もある。


 それからしばらくの間、三人で話し合いを続けた。


 犯人から情報を引き出してからの行動や連絡方法、今後の冒険者ギルドへの対応など多岐にわたった。

 話し合いが終わると、サンシーナは不安が大分解消したのか、表情が柔らかくなっていた。


 これから色々と用意するものがあるので、二人が予定していた観光は後日ということになり、その案内をサンシーナが買って出てくれた。


 話し合いが終わり、レイの護衛ゴーレムを渡すために、先程話をした川沿いの広場に戻ろうという話になり、店を出る。


 再び川沿いの広場に戻ってくると、奥の広場で子供達が集まって遊んでいるのが見える。

 少し緊張した表情のサンシーナに対して二人は楽しそうだった。

「じゃあ、呼ぶか」とレイが言うと、手を地面にかざして魔法陣を発動させた。

 目の前に淡く光を放つ魔法陣が現れると「おーいタロ、おいでー」と言うと、魔法陣の中から白い影が勢いよく飛び出してきた。


「わん、わん」と鳴きレイの足元にいたのは、どう見ても大きめの、犬のぬいぐるみにしか見えない。

 タロを見て「可愛い!ぬいぐるみ?」とサンシーナが反応すると「うふふ、こう見えてとても強いゴーレムなのですよ」とリリィか応えた。


 サンシーナの半身ほどあるタロ。


 見た目はフカフカな素材で作られてあり、まん丸な目が愛らしい。

 短い尻尾をパタパタと揺らしながら、お座りをしてレイを見上げている。

 レイがタロの頭を撫でて、魔石をやるとぱくりと飲み込み「わん、わん」と応えた。


「よし、タロ。しばらくの間、ここにいるサンの護衛をしてくれ!」

「わん、わん」

「よろしくね、タロ」

「わん、わん」


 タロが鳴いて応えると、サンシーナの元に走っていき身体を寄せる。


 タロは興奮した犬のようにサンシーナに抱きつこうとするが「ちょっ、ちょっとタロ?何でスカートの中、覗こうとするのよ!やめて!」とサンシーナがスカートを押さえて必死に抵抗する。

「タロ、待て」とレイが言うと、タロはその場でお座りをして、尻尾をパタパタと振っている。


「汚兄様はやはり欲望に忠実なのですわね」

「ん?リリィ、今の言い方いつもより棘がないか?何か汚れもの扱いされている気がしたぞ?」

「気のせいですわ、お兄様」

「もう何だったの?今のは……」

「うふふ、ゴーレムはマスターの欲望を忠実に再現し、似た性格になる傾向があるのですわ。

 あの行動はそれこそ、汚兄様の欲望そのものといえるかと……」

「ちょっとレイ?」

「いや、そんな事は無い……はずだ」


 レイはそう言いながら、サンシーナからさっと視線を外し川の方を見る。

 サンシーナは頰を赤らめ半目でレイを睨みつけている。リリィは楽しそうに二人の様子を眺め、日傘を左右に揺らしながら口を開く。


「サン、心配ないのです!

 タロは賢い子ですから言い聞かせてあげれば、今後こういうのはありませんから」

「そう?なら、いいけど……

 でも、どう見てもタロはぬいぐるみにしか見えないけど大丈夫なの?」

「あぁ、問題ない。魔法攻撃、物理攻撃にも対応した素材で作ってあるし、タロはハル兄が作ったゴーレムの中でも傑作だからな。

 オーガキングくらいなら瞬殺できるぞ!」

「えっ?!オーガキング?嘘でしょ?」

「うふふ、なら見てみます?タロの攻撃力」


 タロの攻撃力をサンシーナに見て貰う話になり、レイは魔法で川の真上に人くらいの大きさの氷塊を十個ほど空中に浮かべる。


 レイが「よし、タロ。撃て」というと、タロの目に魔法陣が浮かび上がる。

 そしてタロが口を開くと光の線が飛び出し、宙に浮かぶ大きな氷塊を、瞬く間に全て撃ち落とした。

 まさに一瞬の出来事。

 タロの口が光かった、と思った瞬間。

 その光は真っ直ぐな線を引くように伸びていき氷塊を貫き、あっさりと砕いたのである。


「何?!今の?! 信じられない!

 私の持ってたゴーレムの概念そのものが覆された気分だわ!いや完全に覆ったわね!」

「あぁ、ハル兄は天才だからな!」


 興奮気味のサンシーナ。

 そして満足気な二人。


 二人はサンシーナにタロの注意することや、与える魔石の量、それにタロは魔力や魔術道具を感知することが出来るので、夜にタロに手伝ってもらい盗聴魔術道具を探す手解きをした。


 夜の準備があるのでサンシーナとはここで別れて、二人は一度拠点に戻ることにした。

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