6.テンプレに憧れて 後編

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 二人は居間に案内された。

 案内された居間は床、壁、天井と木材をふんだんに使った木のぬくもりを感じる温かみのある空間で、二階部分は吹き抜けになっており、剥き出しになった大きな梁が存在感を主張している。


 居間には十数人が座れるほど大きな一枚板で出来たテーブル、そして背もたれがある椅子があり、二人はサンシーナに適当に座るように促された。


 椅子に座り、キョロキョロと興味深か気に居間を見渡したあと、二人は吹き抜けになった高い天井をぼんやりと眺めていた。


 サンシーナはそんな二人を見てクスリと笑い「ふふっ、今爺ちゃん呼んで来るからちょっと待ってて」と居間を出て行く。


 サンシーナが居間を出てから、それほど間をおかずに白髪で小柄、そして老齢とは思えない筋肉の男性がサンシーナに続いて姿を見せた。


 互いに自己紹介を済ませ、本題へと話は移る。


「お前さん方。色々と迷惑かけてすまんかったのぅ。

 それで話はサンから、あらかた聞いたが儂に見て貰いたい防具があるんじゃって?」

「うふふ、そうなんです。クマさんのマスターに聞きましたら、この街ではガンツ爺さんのお店くらいしか作れないような代物でしたので……

 それで一度、見てもらい話を伺おうと思いまして」

「クマのマスター?!誰じゃ?……あっ!!

 ハハハッ、ジルベスタのことか。なるほどの。

 どれどれ。そんじゃ、そいつを見せてくれんか?」


 ガンツにそう言われると、レイは鞄の中から右手の防具を取り出し「これなんですが」とテーブルに置くと、ガンツが一瞬怪訝な表情を見せた。

 ガンツは貼り付けたような笑みで「ほぉ、それで儂に何を聞きたいのじゃ?」と言うと、リリィはガンツの目を真っ直ぐに見つめて「はい、修理をお願いしたら可能でしょうか?」と応えた。


 ガンツは顎に手を当て、ゆっくりと撫で、考えこむような仕草を見せる。

 そしてリリィはガンツの仕草ではなく、細かく左右に揺れる目をじっと見つめていた。

「う〜ん。儂には無理じゃの」と申し訳なさそうな表情を浮かべるガンツ、その言葉に驚いてガンツの方を見向くサンシーナ。

 ガンツは続けて「技術的に儂には出来んみたいじゃ、せっかく来てくれたのにすまんのぅ」と断わりの言葉で締める。

 ガンツを見るサンシーナの表情は驚きと疑念を混ぜたような複雑な表情であった。


 リリィは微笑みながら「あら、残念ですわ」と笑ってはいるが、その表情に残念な様子などは微塵もなかった。

「それでその防具はお前さん方のかい?」とガンツが尋ねるとリリィは天井を見ながら「うふふ、色々とありまして。今は内緒ですわ!」と口元に人差し指を添え悪戯っぽい笑みをする。


 それから二人は少し間、居間でこの街のおすすめの店など世間話をする。

 その間、サンシーナは口数が少なく、不安を滲ませた表情で会話をしていた。


 用件を済ませ、ガンツとサンシーナにお礼を言い屋敷を出る二人。

 来た道を再び歩んでいると、走って追いかけてくるサンシーナの姿が見えてくる。

「レイー、リリィー」と走りながら呼び止めるサンシーナ、その声に二人は足を止めてサンシーナを待つ。


「まあ!サン、お久しぶりですわ。お元気そうでなによりです」

「今、さっき会ってたでしょ!って、ごめんね引き止めて。ちょっと話したいことがあってさ。

 急で悪いんだけど、二人共時間ある?!」

「あぁ、問題ない」

「ありがとう。じゃあ、ここじゃ人が多いから……ちょっと付いて来て!」


 サンシーナに案内されたのは職人通りから少し歩いたところにある大きな川だった。

 その川沿いは草花が敷き詰められており、ちょっとした広場になっていた。

 そして所々に丸太の椅子がある。

 三人は椅子に座り、サンシーナが口を開く。


「話っていうのは、さっきの防具のことなの。

 爺ちゃんは、あぁ言ってたけど……

 その防具作ったの間違いなく爺ちゃんなんだ。

 何で二人に嘘ついてまで隠したのか分かんないけど、最近になって妙なことが多くてさ。

 私、ちょっと心配になってきちゃって……」

「まあ!やはり、そうでしたのね!」

「えっ?!リリィ、知ってたの?」

「いえ、でもガンツさんの様子を見て、そうではないかと思ってました。

 それでサン、妙なことと言ってましたが何があったのでしょうか?」

「実はね、その防具、一週間くらい前に大量の発注があったの。戦争でもするのかってくらいの数よ。

 そのことも心配なんだけど、同じくらいの時期に冒険者ギルドからの直接依頼で、爺ちゃんに護衛を付けて来たのよ。

 ギルマスに問い詰めたけど、依頼主に関することは言えないの一点張りで、しかも冒険者は何故か依頼主の指定だし……

 どう考えてもおかしいのよ!」

「そうですか、護衛ですか……」


 話をするサンシーナは不安で胸が落ち着かないようであり、時には頭を掻き毟り、視線を散らしながら話をしていた。

 リリィは日傘を持ち替え「サン……それは本当に護衛なのでしょうか?」と尋ねると、サンシーナは予想してなかった言葉に動揺し声を震わせ「えっ?どういう意味?!」と身を乗り出す。


「はい、私、サンのお家にお邪魔させてもらい、いくつか気になったものがありました」

「えっ?!家のこと?」

「えぇ、まず天井に微力な魔力反応がありました。

 よく見て見たらあれは間違いなく、声を送るような魔術道具のはずです。

 似たような魔術道具が幾つか居間にありましたし」

「何それ?!じゃあ盗聴みたいなことされてたってこと?」

「そうなります。ですが、あの類いの魔術道具は長距離での使用は不可能です。

 もっとも、ごく一部を除いては、という話になりますが、今の魔術道具師のレベルでは使用可能範囲は精々十メートルといったところでしょうか」

「じゃあ、家の近くか中に盗聴していた奴がいたってことね?」


 サンシーナがそう言うと、グッと拳に力を込めており、その表情はかろうじて怒りを抑えているようだ。

 その表情をみたリリィは彼女を宥めるような優しい声色で「サン、大丈夫です」と声をかけるとサンシーナはふと我に返り、少しだけ表情が柔らかくなった。

 そしてリリィが続けて「もう犯人は見つけましたから」と言った。

 再び予想外の言葉にサンシーナは口を開け、驚きのあまり声が出なかったが、どうにか絞り出し「ど、どういうこと?」と尋ねる。


「サンの事情が分からなかったので、流石に捕縛するのはマズイと思いまして……

 サンには悪いのですが犯人は捕まえてません。

 ですがシェトワから映像データを送って貰ったので犯人は見つけておりますので、安心して下さい!」

「えっ?!シェトワ?誰?」

「うふふ、シェトワですか?お兄様、お願いします!」

「あぁ、任せろ!」


 レイがそう言うと指笛を鳴らす。


 すると上空からシェトワがやって来て、レイが伸ばした左腕にぴたりと止まる。


 シェトワは「ピピィ」と鳴くとレイは鞄から魔石を取り出し「シェトワ、ご苦労だったな」と言い魔石をシェトワに与える。

 ぱくりと魔石を食べるシェトワを見てサンシーナは「魔石食ってんだけど……」と呟く。

「あぁ、シェトワはゴーレムだからな」とレイが応えると、サンシーナはポカンと口を開け「はあ」としか言えなかった。

 リリィは楽しそうに笑いながらシェトワの横に並び、紹介する。


「うふふ、こちらがシェトワです。こう見えて鷹型偵察用ゴーレムなんですよ!」

「驚いたわ、こんなゴーレム初めて見た。

 この子が犯人を見つけてくれたのね?

 ありがとうシェトワ!」

「ピピィ」

「それでその犯人なのですが、この魔術道具で見る事が出来るのです!」


 リリィの言葉にレイは手に持つハルナビを操作し、犯人が盗聴していた時の様子を再生する。

 白銀色の板の中には、屋敷の裏側で魔術道具を手に盗聴している二人組の男、レイとリリィに絡んできた男達が映っていた。


 サンシーナは始めは動く映像にワイワイと騒いでいたが、次第に犯人に怒りを再燃させたのか目が釣り上がっていた。


「それで……サン。犯人は捕まえるとしてもサンやガンツさんが動くのは悪手です。

 この件は私達に任せて貰えないでしょうか?」

「まぁ、そうよね。よく考えてみれば私が手を出せば困るのは爺ちゃんだし……

 分かったわ。リリィ、レイ、悪いけどお願いしてもいい?」

「あぁ、勿論だ!」

「勿論、喜んで!私達も助かります!

 あの二人は貴重な情報元ですので…… 」

「ありがとうリリィ、レイ。

 ところで二人共、その……お腹空いてない?

 私、何か安心したらお腹空いてきちゃって」


 サンシーナの言葉にコクコクと頷く二人。

 時間はもう昼時だった。

 三人は今後の話し合いも含めてサンシーナのおすすめのお店でお昼をすることになった。

 その道中、リリィは差している日傘を右へ左へと揺らし、楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いている。

 その様子を見ながらサンシーナが思い出したように口を開いた。


「そういえば、リリィが今日アイツらに絡まれて、アレがあるとか言ってたよね?

 何なのアレって?」

「――サンがそれを聞いちゃいますか?

 私達が夢に見るほど待ち焦がれていたアレを、いとも容易く阻止をした張本人。

 そのサンが、それ聞いちゃいますか?」

「あぁ、その通りだ。アレの夢は俺もよく見た。

 だが今日からは違う夢を見てしまうだろう。

 目の前でアレをサンに阻止されてしまう、残酷な悪夢をな!」


 レイとリリィがサンシーナにそう言うと、二人はサンシーナに見向き、恨めしそうにジト目でサンシーナを見る。


「えっ?!何か物凄く大ごとになってきてるような気がするけど……

 何?私が関係してるの?

 何か分からないけど、ごめんね……

 謝るから、もうそんな目でみないで!!」

「うふふ、冗談ですよサン!

 アレって言うのはですねー、ハル兄様が言うには、ガラの悪い冒険者とかがコチラを弱いと思って絡んで来るそうです。それで何だかんだあって、そのガラの悪い冒険者が暴力を振るおうとしたところを返り討ちにし、ボコボコにする。それを見ていた周りの人達が、あいつ誰だよ?強いなぁと称えるみたいです。この一連の流れがアレであり、ハル兄様曰くテンプレと言うヤツです」

「ハル兄が言うには、冒険者ギルドでやるのが一番いいらしいけどな」

「はぁ、なるほどね。

 よく分からないけど分かったわ。ホントごめん!

 今度そういう話になったら、止めない様にするから!」

「おぉ、本当かサン!用意出来るまで待ってるぞ!」

「ちょっと待って!レイ、何?その用意って?」

「ん?サンが言ったんだろ?用意するからって!」

「レイ、また人の話聞いてなかったでしょ?

 それに『区切り』も、おかしな事になってるわね。

 レイの頭の中で、私は何て言ってたのよ?」

「ない?用意するからって言ってるな!」

「言ってないわよそんな事!

 どこをどう間違えればそんな風になるのよ?

 止めないようにするからって言ったのよ!

 ねぇちょっとリリィ、笑ってないでレイの聞き間違いを何とかしてよ?」


 リリィはレイに訂正をするサンシーナをみてクスクスと楽しそうに笑っていた。

 リリィは嬉しかったのだ。

 レイは顔が怖いから人が寄ってくるタイプではない、むしろ距離を取られてしまう。

 そんなレイにサンシーナは初対面にも関わらず遠慮なく訂正をいれ、壁を作らずに接してくれていることがリリィは嬉しかった。

 リリィは店に行く道中、その足は自然にスキップを踏んでいた。

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