5.テンプレに憧れて 前編

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 和やかな朝の日差しが街を包み込み、澄んだ青色の空はまるで二人を歓迎しているようにも見える。

 二人は早々に朝食を済ませ、仕事である調査の為にノーズアンミーヤの職人通りに来ていた。

 通り沿いに並ぶ店は鍛冶屋を始め、服の仕立て屋、魔術道具店、家具屋や大工など様々であり、あちらこちらでトントン、カンカンと物作りの音が響き渡り、活気に溢れている。


 初めて見る職人の店に、二人はあちこちと店を覗いては感想を言い合いながら、教えて貰ったガンツ爺さんの店を目指す。

 寄り道をしながら、ようやく見えてきた店は職人通りの一番奥にあり、大きな店の前には柄の悪そうな二人の男が立っていた。


 リリィはレースの付いた真っ黒な日傘を差しながら、その男達を見つめ「あら、お兄様。大変ですわ」と口を開いた。

 そしてその言葉とは裏腹に、期待に満ちた眼差しで男達を見つめ「あの二人は冒険者ではないのでしょうか?」と続けると、レイは口角を上げ「何?!ならハル兄が言ってたアレがあるかもな 」と声に嬉しさを滲ませて応えた。


「でもあの二人、ゴブリン位の強さしか無いようにも見えます……」

「あぁ、そうだな。もしアレがあっても、手加減するのが難しいな」

「そうですわね。うっかり殺してしまわないように気をつけましょう!お兄様」

「分かってる、大丈夫だ……多分」


 と、街中には似つかわしくない物騒な話しをしながら、二人が店の前までくると、案の定と言うべきか、二人の男が立ち塞がり、鋭い視線を向けてくる。

 一人は浅黒く日焼けした肌に程よく付いた筋肉、大剣を背負い戦士のような出で立ちをしている。

 そして、もう一方は濃紺の長いローブに右手に杖を持ち、フードで顔を隠した不気味な雰囲気の男であった。


 そんな二人の男達が目の前に立ち塞がり、レイとリリィに鋭い視線を向ける。

 レイとリリィはアレがあるのではないかと、期待が一層に高まる。


「あー、ちょっとお兄ちゃん達、見たところ冒険者には見えないけど、この店には何しに来たんだ?」

「店主にちょっと聞きたいことがあってな」

「そうか、今日はちょっと立て込んでてな。

 買い物とかじゃないなら、悪いが出直してくれ」


「はあ」とレイが一言、力無く呟くと、期待を裏切れたと言わんばかりの表情を浮かべる。

 リリィも同様にガックリと肩を落とし、残念そうな表情である。

 二人は示し合わせたかのように、互いに顔を見合わせ、その目で「ナニコレ?カランデコナイヨ」「ナンカマチガッタカ?」と語っているように見える。


 冒険者の対応はレイとリリィが予想していたソレとは全く別物であった。

 そこそこ丁寧な対応と物腰。

 二人にとって想定外の出来事だった。


 先程までの期待に満ち、キラキラと目を輝かせていた二人は、今や死んだ魚の目のようになっている。

 表情も黒雲に覆われたかのように冴えない。


 ただただ呆然と立ち尽くすレイとリリィ。


 そんな二人に苛立ってきた大剣の男は「おい!お前ら、帰れって言っただろ!」と乱暴に言い放つと、レイとリリィの目は再び輝きを取り戻す。


 大剣の男は何の返答もしないレイに痺れを切らし、ツカツカとレイに近付いて来た。

「おい!聞いてんのか?お前!」とレイの胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。

 しかしレイは直ぐに反応し、力強くその手首を掴み上げた。

 掴まれた手首はミシリと耳当たりの悪い音を立て、男は苦痛に顔を歪める。


 レイはそんな事など気にする事無く、更に力を入れると、掴まれた手は血管が盛り上がり、変色していく。


 男は手を振り解こうと力を込めるが、ピクリともせず、無表情で見下ろすレイを見て小さく舌打ちをし、堪らず空いた左手で腰に下げた短剣を抜き、レイに剣先を向けようとする。

 だが、レイは瞬時に手を離し男との距離をとった。


 大剣の男は「テメェ、俺達とやる気か?」と言うと、リリィは差していた日傘を下ろし「ずるいですわ、お兄様。アレをやるなら私もまぜてくださいね?」と微笑みを浮かべながらレイに歩み寄る。


 リリィの言葉に大剣の男とローブの男は下衆な笑みを浮かべ「ヘェ、中々上等な女じゃねぇか。後で下の処理も頼むぜ」「くっくっくっ、いい身体してるなぁ。こりゃ楽しみだ」と舐めるようにリリィを見る。


 その言葉が引き金となった。

 男達は超えてはいけないラインを超えたのだ。


 男達のその言葉でレイの目は、まるで荒々しい獣のような目付きへと変わり、瞳の奥に殺意を滲ませていた。


 レイは一言「はあ?」と殺意を込めて怒鳴るように叫ぶ。


 その声は、たった一言ではあるが、余りに冷たく、背筋が凍るほどの恐ろしさを含んでいた。


 レイが声を上げたその直後。

 敷き詰められた石畳みはピシッピシッと音を立て辺り一面を瞬く間に凍りつかせた。

 そして石畳みの表面には真っ白な霜が満遍なく散りばめられ、白い霧が漂う。

 それはレイが無意識のうちに使った魔法だった。


 大剣の男は凍りつく地面を見て、背中の大剣を抜き「テメェ、――」と言葉を発しようとすると、店から一人の女性が出て来て、男の声を妨げた。


「――ちょっと!あんた達、何やってんのよ?

 って何これ?!寒っ、凍ってるじゃない!」


 その女性は冒険者のサンシーナ。

 明るく淡い赤色の短い髪。

 澄んだ瞳はまだ幼さを残し可愛らしいが、それでいて、どこか力強さを感じる不思議さがある。

 淡い赤色と薄い青色を基調としたワンピースを着ており、彼女の髪の色によく似合っている。


 サンシーナが男達に近づくと彼等は、ばつの悪そうな顔をした。


「あんたら昨日も言ったよね?こっちは頼んでもいないんだから勝手な事すんなって!

 ねぇ、馬鹿なの?

 この件はちゃんとギルマスに報告するからね。

 それにギルマスの頼みだから、あんたらを店に置いてるけど、次やったらボコボコにして追い出すからね?」


 と、サンシーナが男達を怒鳴りつける。

 男達はサンシーナから視線を外すと、逃げるように店の中へと入っていった。


 サンシーナは呆れた表情で、去っていく男達を見送ると、レイとリリィに向き直り「ゴメンね、変なのが絡んじゃって」と言うとリリィが「いえ、あのままだとお兄様が二人を殺してしまいそうでしたので、助かりましたわ」と口元に手を添えて笑った。

 その言葉にレイは苦笑いを浮かべる。


 それからサンシーナは凍りついた地面を見て話を続ける。


「それにしても凄いわねこれ、貴方達の魔法?

 地面がカッチカチに凍ってるじゃない!」

「あぁ、暑い季節にぴったりの魔法だろ?」

「そういう意味で言ったんじゃないわよ!

 それより貴方達、店に何か用事があって来たんじゃないの?!」

「そういえば、すっかり忘れておりましたわ。

 私達、ガンツさんに見て貰いたい防具があって、お店に来たのでした。

 でもお店に来たら、柄の悪そうな冒険者風の方達に絡まれて、ハル兄様から聞いていたアレがあると思ったのですが、残念ながら……」


 リリィの声が尻窄みに小さくなっていき、再び肩を落とす。

 それに合わせてレイも目の前で掴みかけたアレを直前にスルリと逃げられ、目に悔しさを滲ませる。


「アレ?!アレって何の事か分からないけど爺ちゃんに用事があるなら、私が案内するわ。

 私は冒険者やってるサンシーナ、サンとかシーナって呼ばれてるわ。宜しくね」

「あぁ、こちらこそ宜しくサンシさん!

 こっちは妹のリリィ、俺はレイだ!」

「ちょっと待って!そのサンシさんだけは辞めて!

 なんか知らないけど、肩に重荷を感じるっていうか、大御所感が漂うからやめて!」

「うふふ、ではサンちゃんはどうでしょう?」

「あー、うん。その呼び方も何か変な圧力を感じるわね。普通にサンかシーナでいいわ!」

「分かった、サンかシー。俺達もそのまま呼んでくれ!」

「ちょっと待って!レイ、あなた人の話聞かないってよく言われるでしょ?

 それに『区切り』方が、お・ か・し・い!

 何でそこまで言って、ナだけ略すのよ!略す意味が分からないわよ!」


 レイはサンシーナが言った『人の話を聞かない』という指摘に首を傾げる。


「はぁ、その顔は何言ってるのって顔ね。

 まぁいいわ、機会があればこの件はゆっくり話しましょう。爺ちゃんは家な方にいるわ、付いて来て!」


 サンシーナはそう言うと、二人を連れ店の横にある脇道を通り、店の裏側にある家屋へと案内する。

 案内された家屋は、二階建ての趣きのある家だ。二人はサンシーナの後に続き、家の中に入った。

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