4.相変わらずな二人 後編

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 マリーは上品に紅茶を飲み、ゆっくりとティーカップを置き「あら?興味深い話ね、ハルフォード様に何を教えてもらったのかしら?」とレイに尋ねた。

 するとレイは鞄から一枚の紙を取り出し、自慢気な表情を浮かべてマリーに応える。


「ふっふっふっ。驚くなよマリ姉!俺達はハル兄から、なんとマスター承認して貰ったのだ!

 ほら、見てくれマリ姉。これが承認書だ!」

「あっ、お兄様ずるいです!マリ姉、私も持ってるの!ほら、見てマリ姉!」

「えっ嘘でしょ?!マスター承認試験受かったの?ロイおじ様ですら毎年受けて、受からないのに?」


 マリーは二人が手にするマスター承認書を、まじまじと見つめる。

 するとハルフォードのサインがちゃんとあり、本物の承認書であった。

 マリーは驚愕の色を目に浮かばせ「本物だわ」と呟く。


 二人はマリーの驚く様子に満足気だ。


 マリーは身を乗り出し「ちょっと見せて」と言い二人から承認書を受け取ると、頑張ったのねと言わんばかりの表情を浮かべている。

 そして承認書と書かれた文字の下に小さな点線のようなものがあるのを見つけ「あら、ゴミが付いているわね」と手で軽く払うが、取れない。

「ん?変ね?」と首を傾げ、じっくりとそれを見る。よく見るとそれはゴミでも点線でもなく、文字のようにも見える。


 マリーは空間収納からルーペを取り出し、ルーペを使い再びそれを見た。

 そこに書いてあったのは……


『役に立たない豆知識部門』


 と、極小の文字で書いてあった。

 ということは、二人がマスターになったと喜んでいるのは『役に立たない豆知識部門』のマスターということである。


 マリーは目を見開き、美しく艶やかな顔を崩し、崩壊させる。

 眉と頬は引きつり、鼻筋に皺を寄せ、豊麗線は深く、そして広く楕円を描いていた。

 その顔にはいつもの優美さは欠片も無かった。


 リリィはそんなマリーの顔を覗き込み「マリ姉どうしたの?変な顔して」とリリィが不思議そうにマリーを見て、続けて「あっ、分かった!にらめっこしたいのね?」とリリィが言う。

 リリィに変な解釈をされてしまうマリー。

 マリーは、違うそうじゃないの!と言いたかったが、マスターの件で動揺していたのもあって言い出せなかった。


 リリィはリリィで表情を変えたマリーを見て「負けないわよ〜!マリ姉」と自分の顔を両手で挟み変顔を始めてしまう。

 この状況を整理すると、自慢気な顔をしているレイ、動揺した表情のマリー。

 そして変顔をしているリリィ。

 室内は次第に混沌に包まれていく。


 マリーはどうにか気持ちを落ち着かせ、表情はいつもの艶やかな顔に戻っていた。

 そして唇に手をやり黙り込む。


 ふぅ、まったくリリィったら……

 にらめっこに巻き込まれるところだったわ。

 しかしハルフォード様のイタズラも困ったものね。一年近くも掛けてこの子達に仕込んだイタズラが『役に立たない豆知識』だなんて。

 それにマスター承認までして……

 事実を知ったら、この子達が悲しむじゃない。

 いずれにしても、この子達がこれ程喜んでいるんだから、この件を隠してもバレるのは時間の問題よね。

 私も迂闊だったわ。

 マスター承認されたら、何のマスターなのか、いつもなら考えが及ぶのに……

 さて、この件はどうしたらいいのが最善なのかしら……………………

 そうね、正直に伝えてあげた方がこの子達の為ね。

 後になって気付くよりは、私が今説明した方がいいわよね。


 マリーは目を瞑り、大きく息を吸い込み、長くゆっくりと息を吐くと「ねぇ、二人共。ちょっといいかしら」と声をかける。

 二人はマリーの声色から、真面目な話をする時の声だ、と感じとり、姿勢を正し表情を整える。

 リリィは不安気に「どうしたの、マリ姉」と尋ねた。


「ねぇ、二人共。このマスター承認書は何のマスターなのか知ってるの?」

「そういえば聞いてなかったな。何のマスターなんだろ?」

「そうでしたわ!ハル兄様に聞くのをすっかり忘れておりました」

「はぁ、やっぱりそうなのね。このマスター承認書は『役に立たない豆知識部門』のマスター承認書なの。ハルフォード様のイタズラなのかもしれないけど、ここに小さな文字でそう書いてあったわ!」


 マリーは机の上に置いたマスター承認書の極小文字を指差しながら二人に伝える。

 そして承認書に留めていた目を恐る恐る二人へと向けるとその反応はマリーにとって予想外のものだった。


「あぁ、豆ちか!俺達は初の豆ちマスターということなんだな!」

「まあ素敵ですわ!豆ちが得意分野なんて私達にピッタリかもしれませんね!」

「えっ……豆ち?!あのね二人共、よく聞いて。

『役に立たない豆知識部門』なのよ?

 これは……その……とても残念なんだけど……

 他の部門と違って、権威もないし、任務とかにも、あまり影響が……ないのよ?」

「確かに、マリ姉の言うとおりなのかも……

 でも実は私達、正直に言うと……

 マスターとか、どうでもいいのです!

 私達にとって大切なのは、ハル兄様と共に過ごした時間の方が大切なのです!

 一緒に笑ったり、美味しい物を食べたり、たまに勉強したりしたあの時間こそ、マスターなんかよりも、ずっとずっとずっ〜と価値があるものなのです!」

「うん、そうだな。リリィの言う通りだ!

 他の部門のマスターならマリ姉の言うように重要な任務に就いたり、権威?というのがあるのかもしれないけど、俺達はそんなものより、ハル兄と過ごす時間の方が大切だな。

 俺達は父さんと母さんのことで、人と過ごす時間の大切さっていうのを身を持って知っているんだ!

 だから正直、マスター承認はどうでもいい!

 ハル兄も『周りに流されるな』って言ってたし、マリ姉は心配してくれたみたいだけど、俺達は何のマスターでも落ち込んだりはしないよ!

 それにマスターというより、ハル兄に何かを認めて貰ったっていうのが凄く嬉しかったんだ。

 まぁ、マスターの話はマリ姉を驚かせようと思って……その……」

「まぁ、そうだったのね。もう十分驚いたわよ、色々と、ね」


 マリーは喜びをまぶたに浮かべ、紅茶を飲み干しゆっくりと立ち上がる。

 そしてソファーに座る二人に歩いていき、手を広げグッと二人を抱き寄せた。


 リリィはマリーの突然の行動に「マリ姉?どうしたの急に」と胸に顔を埋めながら不思議そうに尋ね「うふふ、いいのよ」と応え、レイがマリーの横乳に顔を当て恥ずかしそうに「マ、マリ姉。乳が当たっているぞ」と言うと「何よ、嬉しいくせに。ご褒美よ」と返す。


 マリーは二人を解放し、そのまま二人の間に座ると二人はきょとんとマリーを見ていた。


「うふふ。ごめんなさいね、急に抱きついたりして。嬉しくて我慢出来なかったの。

 あなた達は相変わらずでも、ちゃんと成長してるんだなぁって思ったら、何だか嬉しくなっちゃって」

「成長?私達が?」

「そうよ、分からないかしら?」

「あぁ、自慢じゃないが全く分からん!」

「うふふ、それならそれでいいのよ。

 大人になるとね、色んな言葉に惑わされたり、邪まな考えが生まれたりするの。

 それこそレイが言ったように、周囲に流されてしまう人も多いわ。

 でも二人が『相変わらず』でいてくれて、それがね、とても嬉しかったの」

「マリ姉、相変わらずだと、それって成長してないんじゃないの?」

「そんな事ないのよ。相変わらずのおかげでちゃんと育っているところもあるんだから。

 でもね『常識』は、もう一度勉強する必要があるみたいね!」


 勉強という言葉に二人の顔が引き攣る。


 それを見てマリーはクスクスと笑い、二人の頭を優しく撫でた。

 それから三人はソファーに並んで座り、仲良く話を続けるのであった。

 その夜、話は夜遅くまで続き、屋敷の客間から三人の笑い声は絶えることはなかった。

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