3.相変わらずな二人 前編

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 二人が店を出ると外は夜の景色へと変わり、何処までも広い空を幾多の星が埋めていた。

 街は窓から漏れる暖かな灯りが街を灯し、潮風が二人の頬を優しく撫でる。

 二人は初めての潮風に気分が高まり、リリィが「空気が違いますわね、お兄様」と言うとレイは「あぁ、なんか美味そうな匂いだな」と微笑む。


 レイはハルナビを手に取り、二人は目的である拠点へと歩み始めた。


 石畳みで舗装された道を右へ左へと歩いていると、リリィが「思ったよりも高い建物が無いのですね」と呟く。少しがっかりした表情だ。

 それを見たレイは「あぁ、高い建物はウチ以外は技術的に難しいってハル兄が言ってたぞ」と返した。

 ちょうどその時、上空から気配を感じ二人は体制を整える。

 レイがその方向に目を凝らすと一匹の鳥がこちらに向かってきていた。

 リリィが迎撃の構えを取ると「待て、あれは大丈夫だ」とレイが止める。


 バサリ、バサリと大きな羽根を広げ向かってくるのは鷹だった。

 正確には鷹型の偵察用ゴーレムである。


 レイが左腕を水平に伸ばすとゴーレムは降下してきてピタリと左腕へと止まる。

 腕に止まるゴーレムを見て「ん?お前は……シェトワか?」と言うとゴーレムはカクンと頷き「ピピィ」と応える。


「ふふっ、シェトワったら鳴き声はひよこさんみたいなのは相変わらずですね。

 拠点からのお迎えみたいです。お兄様」

「そうだな。よしシェトワ、案内してくれ」

「ピピィ」


 シェトワはレイの腕から飛び立ち、地面に着地するとぺたぺたと二人の前を歩き案内をする。

 ゴーレムとはいえ、本物の鷹だと言えば誰もが納得するくらい精巧に出来ており、その動きも動物そのものだ。


 シェトワの案内でしばらく歩いていくと、高い塀に囲まれた大きな屋敷が見えてきた。

 屋敷は大邸宅と言っても過言ではなく、正面の白壁は魔術道具で照らされ、その前に庭園を配している。

 門の前へ立つと門が自動で開き、二人は屋敷へと向かう。

 屋敷の前ではメイド達が並び立つ姿が見え、それを見たリリィは勢いよく駆け出していった。


 向かう先には赤いドレスを着た女性が立っており、二人に向かって小さく手を振っていた。

 リリィがその女性に抱きつき、大きな胸に顔を埋め「もう!マリ姉!こっち来るなら一緒に来てくれれば良かったのに!」と頬を膨らませる。

 マリーは優しく頭を撫でながら「うふふ、二人を驚かせよう思ってね」と微笑む。


「でも……マリ姉が来てくれて本当良かったぁ!」

「ありがとうリリィ。久しぶり会えて嬉しいわ。

 しばらく見ない間に大きく…………………………なりましたわね」

「ちょっとマリ姉!何?今の間は!全然気持ちが入ってなかったんだけど!」

「そうかしら?気のせいよリリィ。そうそう、言うの忘れてましたわね。お帰りなさい、リリィ」

「うん、ただいま」


 マリ姉と呼ばれる彼女は、マリー・アントワ。

 腰まで伸びた金髪にリリィよりも頭一つ分高い身長、大きく形の良い豊満な胸に、艶めかしいくびれ。

 艶やかで色っぽい容姿のマリーはリリィとレイが幼少の頃からの付き合いで、二人とは十ほど歳が離れており、これまで教育係、お目付け役として二人の面倒を見てきた。


 そんなマリーに抱きついていたリリィが気持ちを落ち着かせる頃には、シェトワとレイが姿を現した。

 レイは足を止め「案内ありがとうシェトワ」と言い、シェトワのクチバシに魔石をやると、パクリとくわえて魔石を飲み込み「ピピィ、ピピィ」と応え、空へと飛び立っていく。


「来てたのか、マリ姉!」

「えぇ、お帰りなさいレイ。レイもしばらく見ない間に……………………」

「マリ姉!そこ何か言ってくれよ!」

「あら?いいのかしら?では遠慮なく……

 少し前までは私の身体を舐めまわすように見てたのに、しばらく見ない間に落ち着いたみたいですわね。

 本当にレイったら私の胸とお尻が大好きだったみたいで、毎日毎日あんなにジロジロと見ていたのに、ちょっと寂しいですわね。それに――」

「――マ、マリ姉、俺が悪かった。その辺で勘弁してください!」

「うふふ、残念ね。まだまだ沢山あったのに。

 まぁいいわ。さぁ二人とも中に入りましょう」


 エントランスに入ると敷き詰められた床石が光沢を帯び、三階まで続く開放感ある吹き抜け、そして正面に構える大きな階段が目に入る。

 いずれも贅を尽くし、細かな装飾が施されている。

 二人はマリーに奥の客間へと案内され、優美に飾られたその空間に息を呑む。

 キョロキョロと室内を見て回る二人。

 マリーはソファーに座るよう促し「二人共、夕食は済ませているみたいね」とーー空腹だと煩い二人が静かなのを察してーー声をかけ「だったら何か飲み物でも飲む?」と尋ねると「「甘い飲み物」」と声が重なる。

 マリーは笑いながら「甘い物ね」と言うと、側にいるメイドへ飲み物を頼む。


 ソファーに座ったリリィが「ねぇ、聞いて聞いてマリ姉」と口を開くと、楽しそうにこれまでの旅路について話し始め、レイも後に続いた。

 二人の話は道中で発見した遺跡、倒したモンスターの種類、野営で食べた料理から、目にした景色など話は尽きず、二人が話す内容をマリーは優しい微笑みを浮かべ、じっくりと聞いていた。


 そして話題は、この屋敷について移り変わる。


「それにしても、流石ハル兄だな!こんな凄い屋敷が拠点だとは思わなかったよ。

 マリ姉、知ってたの?!」

「えぇ、勿論よ。この町はね、港町だからウチの商品を他国に卸すには打って付けの場所なの。

 ハルフォード様も他国やこの国の動向を知る為に、この町の拠点を重要視しているわ。

 でも、人が増えたのもあって今使っている拠点が少し手狭になってね。それで最近ここを購入したのよ。

 この屋敷の裏には研究棟も用意してあるのよ。

 ちなみにね、私達が初めての宿泊者なの」

「へぇ、どおりで人が少ないと思った。でもよくこんな大きい屋敷があったね」

「うふふ、そうね。元は『貴族』の屋敷みたいよ」


 目を細め、はちみつ紅茶を堪能していたリリィはマリーが言った『貴族』にぴくりと反応する。


「『木族』と言うとトレントみたいなものね。

 こんな大きいお屋敷を持っていたなんて、見かけによらずお金持ちだったのですね!」

「あぁ、多分あいつら、下っ端の枝でも切り落として売ってたんじゃないか?

 木は金になるという話だしな」


 したり顔で話すレイに、リリィは「なるほどです」と深く頷く。


 勿論『木族』という者はいない。

 トレントなどは樹人族と呼ばれ、比較的温厚な種族であり、同族の枝を切り落とすこともない。

 二人の勘違いである。


 そんな二人の勘違いを楽しげに見つめるマリーであったが、一つだけ疑問が浮かんだ。

 たしか二人はハルフォード様から『常識』について色々と学んでいたはずだ、と。

 頭に浮かんだ疑問が気になるが、マリーは一先ず二人の勘違いを正す事に専念する。


「うふふ、勘違いも相変わらずなのね二人共。

 貴族というのは社会的に特権を持つ人たちの事を言うの。リリィの言う『木族』、木の一族というのは残念だけどいないのよ。

 大事なことだから覚えておいてね!」

「まぁ!そうだったの!流石マリ姉!」

「俺達もハル兄の所で色々と勉強したけど、まだまだ勉強不足みたいだな!」


 レイの言葉にマリーが口元にティーカップを運ぶ手がピタリと止まる。

 そう!まさにその事を聞きたいの!とマリーの目が物語っていた。


 マリーは手元のティーカップを見つめ、疑問について整理した。

 この子達、確か一年近くハルフォード様の元で勉強をしていたはずよね?

 なのに貴族も知らないなんて……

 一年近くも一体何を学んでいたのかしら。

 でも勉強会に行くようになってからは、やけに変な知識がついてきたのも事実なのよね。

 まさか特殊な任務を遂行する為の知識?

 それとも新たな研究や開発の為?

 きっとハルフォード様のことだから、何か考えがあってのことかもしれないわ。

 もしかしたらハルフォード様が二人に教えていたのは組織の将来を左右することかも。

 ちょっと聞き出す必要があるみたいね。

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