2.勘違いにご注意を!後編

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 客達の優しさもあって二人の『おもてなし』は無事幕を閉じた。


 結局は出された料理はちゃんと食べるということになり、各々嫌いな食べ物を口にすることになったが、途中リリィが涙目で「緑の怪物はもう嫌です」と呟くとレイが「腹が減ったから少しくれ」とリリィのピーマンを食べて終結したのである。


 マスターは「口直しのサービスだ」と言いアイスココアを出すと、二人はお礼を言い、喜んで受け取る。


「ぷはぁー。この一杯の為に生きてるって感じです!」

「はぁ〜心に滲みるなぁ……」

「はははっ、お嬢ちゃん。

 何処でそんな言葉覚えたんだ?

 そんな事言うの、今じゃおじさん達くらいしか使わない言葉だぞ?」

「私達、今日初めて他の町に来たのです。

 それで町に来る前に、ハル兄様に色々と教えて貰って勉強してきたのです!

 早速ハル兄様の『常識』が役に立ったみたいですね……」


 マスターはハル兄が教える『常識』が少しズレてると思ったが口には出さなかった。


「ほぉ、じゃあ町の観光はしたのかい?」

「いえ、残念ながらまだなのです。

 この町に着いたのが日が落ちる頃でしたので、観光は明日にしようかと思います」

「そうかい、なら海の方へ行ってみるといい。

 この町で観光と言ったらまずあそこだ。

 あー、海の市場じゃなくて商業区の海岸沿いで海の中をじっくりと覗いてみな。

 きっと驚くものが見れると思うぞ!」

「まぁ、それは楽しみですわ!」


 リリィはこくこくとアイスココアを飲みながら、再び脚をバタつかせる。

 全身を使って感情を表すのは、リリィの昔からのクセであった。

 そんなリリィを見てレイは何か思い出したのか「そういえば……」と呟いてガサゴソと鞄の中をいじる。

 そして鞄から右手に付ける防具を取り出してカウンターへと置いた。


「マスター、この町のことで、ちょっと教えて欲しいことがあるのだが……」

「あぁ、何だい兄ちゃん」

「冒険者や戦士が使う様な物を売っている店を知っていたら教えて貰えないか?

 出来ればこの防具を売っている店を探しているのだが……」

「ん?どれどれ、ちょっと借りるぞ兄ちゃん。

 ほぉ、こりゃ中々の物だな。それに魔術付与まであるじゃねぇか。

 ん〜、そうだな……

 この街で武器や防具を扱う店は十店舗位あるけど、この防具位の物となるとガンツ爺さんの店くらいだろうよ」

「マスター、悪いがその店を教えて貰えないだろうか?もちろん謝礼はちゃんと用意している!」


 と言うとレイは再び懐に手を入れハル兄の『肩たたき券』を取り出す。

 それを見たマスターは眉をピクピクさせるが、八の字眉にはならず辛うじて定位置に収まっている。


「いやいや、大事な物なんだろ?それ。

 場所教える位で貰う訳にはいかねぇよ。

 今、地図書いてやるからちょっと待ってな!」

「あー、マスター。地図ならここにあるから大丈夫」


 レイは鞄の中から白銀色の薄い板を取り出し、カウンターの上へと置いた。

 その板には幾つかのボタンの様なものが埋め込まれあり、表面はキラキラと光沢を放つが、地図という割には何も書いてなく、真っさらな板にしか見えない。


「何だいそりゃ?魔術道具か何かか?」

「あぁ、これはハル兄が開発した魔術道具、ハルナビだ!

 これさえあれば道に迷うこともない。

 しかも色んな町の地図が入っているから、初めての町でも安心という優れものだ!」

「へぇ、でもよぉ兄ちゃん。肝心の地図がどこにも書いてないぞ?」

「ふふふ、それはこのボタンを押して、ここをこうすると……」

「うぉ!何だよこれ?すげぇな兄ちゃん!

 何もないところに地図が出てきたぞ!

 どうなってんだこれ?

 しかもこれウチの店じゃねぇか!

 正気かよ?!ハル兄って人、本物の天才だな!」

「えへへ、そうでしょうそうでしょう!」


 二人はハル兄が褒められて満悦の笑みを浮かべる。

 対してマスターは想像の斜め上をいく魔術道具に驚愕し、鼻息を荒くしながら地図を見ていた。

 レイに操作方法を教わりながら、ピコピコと地図を触るマスター。

 それほど時間は掛からずに目当ての店を探して当てマークする。


「それにしてもすげぇ魔術道具だな。

 ところで兄ちゃん、さっきから気になってたんだけどよ、ウチの店に赤い△が点滅してるのは何でだ?」

「あぁ、それは現在地という意味だ。

 ここから目的地までの道案内をしてくれるのがこの魔術道具なんだ」

「あれ?この店の名前ベアーハウスとなってますわ。

 クマさんのお家……はっ!?なるほど……

 どうりでマスターは体格が良かったのですね。

 私、クマさんとお会いするの初めてなんです!

 とても、とても感激なのです!

 話には聞いてましたが、まさかクマさんとお話出来るとは夢にも思いませんでした。

 若輩者ですがこれからも宜しくお願いします!」


 リリィがペコリと頭を下げると、レイもそれに続いて頭を下げる。


 俺もクマさんには会った時ねぇ!と言いたげな顔でリリィの話を聞いていたマスター。

 マスターは思考を巡らせる。

 確かに店の名前はベアーハウスだけど、まさか自分がクマだと思われるとは、予想外過ぎて考えたこともなかった。

 だがこの子達は真剣だ。

 怒るに怒れない。

 例え俺がクマだとしても、頭を下げてこれからも宜しくお願いします、なんて言えるか普通?

 素直な、いい子達じゃねぇか。

 いやいや待て待て!

 俺、クマじゃねぇし!

 危ねえ、危ねえ!

 あの子達のペースに巻き込まれるところだった。

 しかし……

 また勘違いか、と思いながら二人が頭を上げる頃にはマスターの眉毛は八の字になり、再び困り顔になっていた。


「あぁ、こちらこそ宜しくな。

 でもよ、お嬢ちゃん。残念だけど俺は人種だ。

 それに俺の名前はベアーでもクマでもーー」

「ーークマのマスター。略して『クマスター』か」とどこか満足気な顔のレイに「まぁ!素敵ですわ、お兄様!」と相槌を打つリリィ。


 そして……

 全然略されてねぇ!と言いたげなマスター。


 その会話を聞いていた周りの客達からはクスクスと笑いが起き、「いい名前じゃないか、クマスター」と声が上がる。


 この時マスターの八の字に変形した眉はマスターの皺が極限まで深く刻まれたことによって、初めて右と左の眉が繋がり、八の字の眉からクラスアップを果たし、への字眉へと進化を遂げたのであった。


 店内で笑い声が重なる。

 店に二人が入った時、静かで緊張感のある雰囲気とは天と地の差ほどあるだろう。


 二人が店を出る頃にはマスターや周囲の客達とすっかり仲良くなっていた。

 そして客達から『どこか危なっかしい兄妹』という認識で放っては置けない存在になっていたのだ。


 客達からすれば、『真紅の瞳』で盛大な勘違いをやらかす二人に、ただただ困るだけの『クマスター』を見て、適時にちゃんとした訂正が必要であると感じていた。


 そして二人が言っていた『おもてなし』や『肩たたき券』というのは世間の『常識』からは大きく外れるものであった。

 これは大人がちゃんとした常識を教えなくてはなるまい、と鼻息を荒くする。


 それから『髪』と『神』を勘違いするマスターもどうかと思うが、世の中には狂信者と呼ばれる危険な者もいる。

 とにかくこの二人の勘違いは危ういのだ。


 そんな一連の流れもあって、客達は子供達を見守るのが大人達の役割だ、と言わんばかりに二人を気にかけていた。

 ただ、この『どこか危なっかしい兄妹』は、ほんの少しだけ世間知らずなだけだから、と心に言い聞かせて……


 そんな二人が店を出ようと立ち上がると「またなピーマンの嬢ちゃん!」「喧嘩すんなよニンジンの兄ちゃん!」と客達から声を掛けられる。

 この店の客達の間で『ピーマンの嬢ちゃん』『ニンジンの兄ちゃん』という呼び名が定着してしまった。

 大嫌いであるピーマン、ニンジンの呼び名に苦虫を噛み潰したような顔をする二人。


 そのあまりにも露骨な嫌な顔に客達から笑いが湧き上がる。


 しかし二人にとって不名誉な呼び名だが、不思議と悪い気はしなかった。

 誰も知らない初めての町、初めて訪れた店で皆親切に接してくれ温かく心地よい空間だった。

 旅立つ前に色々と抱えていた不安はこの店に来て大分薄れた。


 二人が店の扉に立つ時には、満面の笑みを浮かべており、レイは「またなニンジン供」と意味不明な言葉を発し、手を振り店を出る。

 その後にリリィはスカートの両端をつまみ、上品におじぎをし「皆様ごきげんよう」と言い残し店を後にした。

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