Episode1 


5月9日



~本日の心拍数 72~




 





「恋とはどんなものかしら?」


「…急にどしたの?」



 朝ごはんは毎日、妹と一緒に食べる。


 妹の名は、みこ。

 美しい子どもと書いて、みこ。


 降り続いていた五月雨がようやくあがったこの日の朝食の献立は、スクランブルエッグ、クロワッサン、大根のお味噌汁、青菜のおひたし。

 和洋折衷、毎日こんな感じだ。

 メニューの独特な組み合わせのセンスはみこによるもの。

 体調があまり思わしくない日の朝に、山かけうどんにソーセージとウィンナーの炒めものを出された時はさすがに俺の妹は大丈夫かと思った。だが、シスコンの兄には何も言えることはない。



「今日も完璧な朝ごはんだね。おいしいよ」


「ねえ、恋とはどんなものか知ってる?かずくん」


「…何で急にそんなことを聞くんだ?」


「教えてよ。私、分からないの」



 教えてよ、と言われてもどう答えるのが正解なのか。

 妹大好きお兄ちゃんとしては、妹がそういう話題に興味を持つようになったことに多少の抵抗があることもなくはない。


 みこに彼氏ができるのが嫌だから答えたくい、なんて。

 だが、そんなことをそのままみこに伝えたらシスコン野郎と罵られ、嫌われてしまう気がするからやめておくことにしよう。

 まあ、俺に対してそんな酷いことしないと思うけど。



「胸がキュンキュンして顔が火照ってしまうその想い、かずくんは感じたことあるのかしら」


「そりゃあるよ。人を好きになったことだろ?昔はたくさんの女の子を泣かせてきたしなあ」



 今はそんなことないけどね。

 ね?信じてよ?

 そんな冷たい目をしてこっちを見ないでよ、かわいい妹よ。



「ほら、俺って優しいから、告白されたら断れないんだよ。この人は俺に好意があるんだなあ、と思ったら可愛く見えちゃう。そうして告白される度に好きになっちゃうんだからもうしょうがないんだよ」



 そんなこんなで最高8股の手前までいったことがある。

 浮気をするつもりはないのだが、いつの間にか目の前の女の子は泣いている。さすがにその時は女の子にバレて、泣かれることは無かったがその代わりに頬に8個の手形がつくことになった。


 みこには絶対言わないけど。



「かずくんの話はなんの参考にもならない。もう相談はしない」


「みこの兄ちゃんはこんなにかっこいいんだぞ?そりゃモテちゃうのは仕方のないことだろ」



 そう、なんてったってこの男はすれ違った女性のほとんどはその整った顔立ちに五臓六腑を射抜かれ、すれ違った男性のほとんどが羨むような顔をしている。いや、これ本当に。

 それがゆえに今みたいなちょっとした勘違いが周りの人よりはちょっと多い。


 そんな兄なら妹もそうとでも言えばいいのか。みこは今世紀最大の美女であるとこの兄は確信している。

 性格と、頭の悪さは受け継がれていないことに安心してほしい。



「っおう、痛っ。ねえ、みこちゃん?痛いよ?ね?」



 こんな残念な兄を持った腹いせとばかりにみこは明眸な瞳でじっと正面に座る兄の顔を見つめながら、机の下の足を暴れ狂わせ兄のスネを痛めつけた。


 ひとしきりスネをいじめられ続け、その攻撃が終わる頃にはみこは朝食を完食していた。

 兄は痛みに耐えていたため箸が進むことはなく、まだ半分も食べることができていない。



「ごちそうさまでした」



 みこはスッと立ち上がると兄に一瞥をくれることもなく、



「もう耄碌が始まったんじゃないのかしら?鏡もろくに見れないようじゃ、この先が心配ね」



 満身に刺さる一言を残して部屋を出ていく。

 みこがいなくなった後のリビングにはえがらっぽい空気だけが蔓延していただけだった。



「え…、みこ?おい、みこ、みこぉぉぉ!」



 愛する妹がいなくなって一番始めに思ったこと。

 俺、死ぬかもしれない。


 それだけ。



 




 



 


 







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働き者の心臓さんへ 白雨あやめ @zero29

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