キスまでの5秒間

みららぐ

キスまでの5秒間


朝っぱらから、ちょっとびっくりしてしまった。

だって、玄関のドアを開けると、そこには何故か出かける準備万端の喜良(きら)くんが立っていたから。

ちなみに喜良くんとは、マンションの隣人同士で仲良くさせてもらっている友人だ。


「おはよ、里歩ちゃん」

「お、おはよう…?」


今日は日曜日。

朝から夜まで部屋でまったりしようと決めていた日で、気がつけば今はもう10時。

これから二度寝をしたい気分だったけど、ちょっと待って。こうやって喜良くんが来たということは。


「…えと、もしかして、何か約束してた?」


その可能性が高い。…でも、だとしたら全然覚えてないし。マズイ。

喜良くんに申し訳なさすぎる。

あたしがそう思いながら問いかけたら、喜良くんは首を横に振って言った。


「ううん。約束はしてないよ。ただ、暇だから突撃してみただけっ」


喜良くんはそう言うと、まるで少年のような笑顔で笑う。

…朝からその笑顔が眩しいなぁ。

そう思って、あたしがまだ眠気眼の目を擦ると、喜良くんが言った。


「…じゃあ、準備して出掛けよっか里歩ちゃん、」

「え、」

「ほらほら着替えるよ~」

「あ、ちょ…!」


喜良くんはそう言うと、半ば強引に靴を脱ぎ、廊下を進んでいく。

ちょっと待ってよ、と言おうとしたけれど、何かを決めたあとの今の喜良くんには、きっと何を言っても通じなくて。

どうしていきなりあたしと出掛けようと思ったのかは知らないけど、「ソファーに座って待ってるよ」なんて言って本当に座るから、こうなればもう本当に準備するしかない。


…何着て行こう。

とりあえずラフな格好でいいか。


喜良くんと一緒に出かけるのはいつも楽しいけれど、彼は事前に約束をするということを知らない。

出掛けようと決めるのはいつも突然で、実はこうやって今みたいに突撃してきていることも、別に珍しくはない。

まぁ、それはそれで楽しかったりするんだけどね。


そう思いながら部屋で着替えていたら、せっかちな喜良くんがドアの向こうで言った。


「もう着替えたー?」

「え、ちょっと待っ…待って!」

「早くぅー」


彼はどこに行こうとしているんだろうか。

それすらも全く知らないまま、もう洗顔や歯磨きは済ませてあるから、そのあとは部屋で適当にメイクを済ませる。

髪もアイロンでストレートに整えると、あたしはやっと部屋を出た。


「遅いよ里歩ちゃん!…可愛いから許すけど」

「ごめん。でもさ、まさかいきなり来て出かけようなんて言われると思わないじゃん。しかも今日!」


あたしはそう言うと、びし、と窓の外を指差す。

だって今の天気は、絶賛土砂降り中で、雷すら鳴っているのだ。

それなのにこんな雨のなか、いきなり出掛けたくなった喜良くんの心理がわからない。


「………喜良くん頭大丈夫?」


思わずそう言って冗談交じりに頭を撫でてやると、喜良くんは「失礼な」と口を尖らせた。


「けど、里歩ちゃんだってちゃっかり準備万端してんじゃん」

「…それは喜良くんが急かすから仕方なく」

「雨の日だって、雨の日にしかない良いことがいっぱいあんだよ、」

「まぁそれは…そうかもしれないけど」


でも、今はもう慣れてしまったから良いものの、喜良くんって突然来るからあたしの素っぴんすらもう何度も見られてしまっているのだ。

他には、寝起きの情けない顔とか、情けない顔とか、情けない顔とか…!

今思い出すとやっぱり恥ずかしいけれど、喜良くんは「可愛い」って言ってくれるからそれは唯一の救いだと思う。


そんなことを思いながら、玄関で靴を履いていると、そんなあたしの隣で喜良くんが言った。


「それに、俺だけかもしれないでしょ?」

「…え?」


何が?

喜良くんのその言葉にあたしが首を傾げると、喜良くんが言葉を続ける。


「こんな雨の日に、しかも土砂降りで雷まで鳴ってんのに、こんな日に里歩ちゃんをデートに誘うのって、きっと今までもこれからも、俺だけでしょ?」

「!」

「なんか、それだけでも俺が里歩ちゃんを独占しちゃってる感じするから」


だから、今日行きたいなって思ったの。

喜良くんは無邪気な笑顔でそう言うと、不意をつかれてキュンとしてしまったあたしを背中に、早速ドアを開ける。

…ずるいよな。その笑顔でさらっとそんなことを言っちゃうなんて。


あたしがそう思っていると、喜良くんがふいにそんなあたしの様子に気がついて、言った。


「…あ。もしかして、今の俺の言葉にドキドキしちゃってる感じ?」

「えっ。いやそんなわけじゃっ……」

「おーおー怪しいなぁ。じゃあキスする?」

「!」


そう言って、本当に喜良くんが顔を近づけてくるから、あたしは思わずきゅっと目を瞑った。

…けど、彼は意外と意地悪だ。

キスの直前で上手に寸止めをして、悪戯な笑顔をあたしに向けていたのだから。






【キスまでの5秒間】






(…期待しちゃった?)

(っ、いやしてないよ!)

(うっそだ~)







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キスまでの5秒間 みららぐ @misamisa21

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