希望の勇者のニューゲーム




 YES / NO



 見慣れた光景があった。


「勇者ジーナ、ニューゲーム(No. 4752)を始めますか?」


 女神の声がする。

 あたしはその暗闇のなかで、こくりと頷く。

 脳裏に浮かぶ二つの表示が、動いた。


 ......【YES】


「つか毎回聞くんじゃねぇ。当たり前だろうがよ」

「ノー。通常の人間は20回くらいで諦めるものですが」

「馬鹿かてめぇ。救える世界なら、何回でもやるだけさ」


 まったくこの女神ときたら懲りずに何度も同じことを聞きやがる。

 これで5000回近くだったか?

 女神なんだから、自動でぱぱっとやって欲しい。 


「いつものように向こうにいけば、記憶は消えますが」


 それも聞いた話だっての。

 記憶が消えるのも、やり直すのも、あたしが選んだんだから。

 本来の2度目で、あたしはラルダンを殺した。

 にもかかわらず、フラトもリエもベルナもユフィルも救われなかった。

 あのラルダンでさえも、ループのなかで藻掻くだけだった。


 それを知ったから、こういうやり方を選んだのだ。


 女神のクソは、あたしを褒めたたえたが、なんのことはない。

 それしか方法がないなら、誰だってそうするだろう。


「ステューピッド。狂人ばかりですね、転生勇者というのは」

「記憶は消えても、消えないものもあるもんだぜ」

「ノー。ありません。少なくとも私の場合は」


 腕輪も首飾りもなにもない姿をあたしは思い出す。

 確かに、こいつは何にも大事にしてなさそうだ。


「女神さんには忘れられねぇ宝物とかねぇのかよ」

「……分かりませんね」

「彼氏とか、恋人とか、いねぇの?」

「チッ」


 舌打ち。

 リエのやり方を真似てみたがダメだったっぽいな。


「私にラブコメは不要です」

「嘘つけ。リエのおかげでそういうのはめっちゃ分かるんだぜ」

「ファック。ループ回数が増えたせいで貴女もラブコメ脳になったのですね……」


 やれやれ、と女神は首を振る。


「この拳でぶん殴るぞ、てめぇ」

「1億5千万ですか」


 そう言われて、あたしは右手のあたりを見つめる。

 正確にはこの全身が爆弾みたいなものだが。


「3回に1回はその力のせいで死んでいるでしょう?」

「最高の自滅能力だ」

「もしも望むなら少しだけなら弄れますが」

「どうせまたクソみたいな条件つけてくんだろーが」

「まぁ。気が向いたらどうぞ」


 女神はそう言うが、あたしはこの力に満足していた。

 あの世界、ベルトリアで発揮できる力の限界値がこれなのだ。

 もしもその限界値を、転生したあたしが超えられるなら、

 あるいは、フラトが超えさせてくれるなら。


 そのときはあの世界に、更に大きなほころびが生まれることになる。

 そうやって、少しずつ、あの世界を変えていくのだ。


 何万回、何億回を繰り返しても構わない。

 あの決まりきった世界を、少しずつ救っていこう。

 あたしの大事な世界、ベルトリアを。


 世界が変わるなら、可能性は無限にある。

 ユフィルが生き残る方法だって、きっとあるに違いない。

 そしたらいつか、仲間たちと、ラルダンも誘って、宴会でも開こう。


 リエとユフィルはどうせ結婚しやがる。

 あたしも、まぁフラトといつかくっつくかもしれない。

 ベルナは多分、永遠に独り身だろう。


 みんなが老いを迎えるときには、

 あたしたちの子どもが、またベルトリアで生きていて、

 あたしは、そこそこ満足して死ぬのだろう。


 それまでは死ねないし、何一つだって、諦められない。

 絶対に。


「ふふ。勇者ジーナは本当に変わり者ですね」

「変なオヤジに育てられたせいかもな」

「無謀なことに正面から挑むという意味では、そうかもしれません」


 女神が、心底面白そうにそう言った。

 一瞬、あたしも頷きかけるが、待てよ。

 ひょい、と暗闇の中で首を傾げる。

 

 無謀なことに挑む?

 確かにオヤジはそんな奴だったが、なんでそれを知っていやがる?


「おい、女神。もしかしてお前のとこに瀬藤ってやつが、」

「どうでしょうね。ご想像にお任せします」

「てめぇ……!!」


 パチン。

 指が鳴った。


 最後の瞬間にあたしが見たのは、

 やはり口が裂けたような笑みを浮かべる女神だった。



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                    転生パターン07 銀上陽音の場合。

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