強くてニューゲームにも程がある 2
青空。草原。
がちゃがちゃとうるさい虫の鳴き声。
「いきなり送りやがって。ねぎらいの言葉もねぇのかよ、っと」
あたしが跳ね起きるとそこはすでに異世界ベルトリアだった。
正面には、古臭い村が佇んでいる。
前とまったく同じ風景に、まったく同じ音だ。
どうやらここは本当に、あの世界らしい。
「だったらとりあえず、あいつらを探さねぇとな」
あたしは呟きながら、仲間たちの顔と名前について考える。
記憶がなくなっている……なんてこともなく、すぐにそれらは思い出された。
「フラト、リエ、ベルナ。まだ生きてんのかな? つかこの世界は何年だ?」
ありそうな話だ。蘇ったら数十年後で、自分を知る者は誰もいない。
もちろんあたしは、そんなクソな話だったら即死んでやろうと思っている。
「まぁいいか。コール。『ステータス』」
あたしがそう言うと、目の前に小さな画面のようなものが現れる。
女神曰く、これはステータスウィンドウというらしい。
「お、本当にシステムはそのまんまみたいだな」
最初に来たときは、このコールだのも分からなくて、半月を無駄にしてしまった。そう考えると、今回はかなり期待できる。六年で魔王を倒せるステータスに上げられたんだ。二回目ともなれば、三年で、ラルダンくらいは倒せるだろう。
今度は油断をしない。絶対に、死なずに世界を救ってやる。
「なんだ、なにか書いてある」
六年を費やして鍛えに鍛えたステータスを開こうとすると、見慣れない表示がポップした。やけに達筆な筆文字――それもなぜか日本語――で長い文章が書かれている。あたしが読み進めようとすると、そのとき、頭のなかで声がした。
『勇者ジーナ、あなたは強くてニューゲームを望みました』
げ。女神の声じゃねぇか。
あの腹黒っぽい女神がわざわざ労いの言葉を寄こすとは思えない。
あたしは咄嗟に身構えたが、声は意にも介さず、流れ続けた。
『前回のあなたは、魔王をも爆散せしめる力を手に入れました。チートによって、今回の周回においても、あなたはその力を思うがままに振るうことができます』
なるほど。魔王戦時のステータスってことか?
だったら三年もかからねぇ。どんな敵がいても秒殺してやる。
そして、一瞬でベルトリアを救ってやろうじゃねぇか。
『……とはいえ、すべてが万全なわけではありません』
決意を新たにしたとき、女神の声がまたしても響いた。
なにやら続きがあるらしい。
女神は、少し悲しげな、重苦しい声を作ると、呟きを再開する。
『あなたを転生させるだけでもかなりの存在量を消費します。そのうえでステータスを維持するには代償が必要でした。私は考えた挙句、その強さ――すなわち攻撃力――だけを固定することにしました。代償として他の力が犠牲になってはしまいましたが、強くてニューゲームはこれで十分に可能かと思われます。力が及ばずすみません。どうか世界を救ってください。狭間からあなたのご武運を、祈ります……』
代償? 犠牲?
やっぱりあいつ、ふざけてやがる。
あたしは聞きながらイライラして、話の途中でステータス画面を何度もコールしたが、やたらにゆっくりと語り続ける女神の話が終わるまで、画面はぴくりとも動かなかった。ようやくポップが消えると、あたしはすぐにコールを叫んだ。
「クソ、あたしのステータス弄りやがったんじゃねぇだろうな?」
そう言うと同時に、画面が中空に開く。
あたしはそれを、食い入るように読み進めた。
レベル1 (スキルポイント10)
攻撃力 150,
防御力 30.
体力 100.
魔力 50.
速度 30.
集中力 20.
運 10.
状態: 能力固定の呪
攻撃力の加護
スキル:なし
「あれ……? 別に大したことねぇステータスじゃん」
まぁレベル1にしては攻撃力がすこしだけ高いが……それだけだ。
全盛期にはかけ離れているし、魔王ラルダンを倒すのはまず無理だろう。
まったくあの女神。できもしないことでホラ吹いてんじゃねぇぞ。
「あ、てか『呪』ってなんなんだよ」
能力固定の呪がどういう意味なのかはさっぱり分からない。普通、スキルの特殊な効果などをステータスで見る場合には、もうすこし何か分かりやすい説明があるもんだが、あの女神はやっぱり気が利かないらしい。
こんなもの無視して魔王だかなんだかを倒しに行く手もあるが、また撃破直前でぶっ殺されるのはたまらねぇ。できるかぎり、よく分からないことが無くしておきたいところだ。今度死んで蘇れるのかどうかは、正直分からないわけだし。
「仕方ねぇ。とりあえずフラトのいた家でものぞいてみるか」
あたしはそう独り言ちて、魔法使いたちの街へと向かうことにした。
あの街なら、呪いに詳しい奴がいるかもしれない、などと言い訳をして。
もちろん、それが最善であると信じていたわけじゃない。
魔王を倒すなら、まずはレベルアップに時間を費やしたほうがいいはずだ。
当然そんなことは、ちゃんと分かっていた。
だがそれでも、仲間との思い出があたしに力をくれる気がしたのだった。
仮に、そこに、もはや誰もいなかったとしても。
〇
果たして。
どうして。
あたしは驚くべきことにフラト=デルマンと再会していた。
無数の尖塔が夜を貫く街、魔都サルギールの目抜き通り。
その一角にある魔法道具店『金梟のゆりかご』の中、食い入るようにして大杖の説明書きを見つめているる緑髪の青年はどうみても友人で、しかも、怪我一つなければ老けてもいない。なんなら、若返ってみえるほどに元気そうだとみえた。
「おーおーおー! まさか普通に生きてるなんて思わなかったぞ?」
「……?」
「なーにを白けた面してんだよ!」
そう言いながら、あたしは魔法具に夢中な青年の肩を叩く。しかし彼の態度は芳しくない。まるで初めて会うかのような顔をして、不審がって、首を傾げている。
おかしい。
まさかとは思うが、あたしのことを忘れたのか?
「覚えて……ねぇってのか」
「ごめん。僕は君とは初対面だと思うよ」
いけしゃあしゃあとフラトは言う。
あたしはぶん殴りたくなる衝動を抑えて、自己紹介をすることにした。
「あたしはジーナ。このセカイを救いに来た、っていえば分かるか?」
「じゃあ君がいるべきなのはここじゃなくて、『東の果ての夜の国』だね」
「東の王国だと?」
「魔人となり果てた狂王ラルダン。彼の討伐は全人類の悲願なんだから」
ラルダン、だと。
「ラルダンなら、あたしがぶっ殺しただろ? おい、フラト?」
「どうして僕の名前を知っているんだい」
「てめぇ、本当にフラトなのか?」
胸倉を掴むと、簡単に浮き上がる。軽くて弱い。この弱さは本物のフラトのようにも思える。だが、それならどうして、他人のような反応をするのか。アホのリエや脳筋のベルナならまだ分かる。でもフラトがこんな風になるなんて、ありえない。
これはもう、忘れたとかそういうアレじゃない。
そもそも、出会ってないレベルの反応だ。
「いや、待てよ。これまさかあれか」
「あなたは何者なんだ?」
「あたしは……」
言い淀みながらあたしは、近くにあったショーウィンドウに顔を映した。
えらく若々しい顔が映る。思えば、ガタイもだいぶ縮んでいる。
レベルが下がったせいかとも思ったが……違う。
未来じゃない。
過去だ。
「あたしはジーナ。あんたとは……初対面だ」
間違いない。
あたしは、六年前のベルトリアに送られている。
あのときと同じように。また始めから。
〇
「なるほど。つまり君はこの世界を一度救ったことがあると」
ひじ掛け椅子に座りながら、フラトは銀縁の眼鏡を押し上げる。手首でちゃらちゃらと鳴る銀細工はどれも一級の魔法具で、彼のひ弱な身体を幾重にも守っているらしい。彼はそのうちのひとつ、真贋を見極めるメダルをぐっと握りしめていた。
「あぁ。ラルダンとかいう魔王は、お前と仲間で、あたしがぶっ殺した」
「しかし君は、なぜか、冒険をやりなおす羽目になったと」
「なんか知らねぇけど、あたしは世界を救えてなかったんだってよ」
「となると、ラルダンを殺すだけではダメなのかもしれないね」
話しぶりはまったくフラトそのものだが、死線をともにしたアイツじゃない。それだけで、この青年に対する信頼というものが大分薄れていくのを、あたしは感じていた。話し方がいちいち鼻につきやがる。もっとシンプルに話せねぇのかよ。
勿体ぶった態度で、フラトはあたしに指をつきつける。
即座に払うが、めげた様子はない。
「世界を救うためには別の条件が必要なんじゃないか」
「たとえば?」
「君が生き残ったままで救うとか、殺さずに捕獲するとか」
あたしはため息を吐く。
こっちのフラトはまだ魔王と出会ってもいねぇのか。
「ラルダンはクソ強い。倒せるかも怪しいくらいなんだぜ」
「でも、一度倒したんだろ」
「そんときは仲間がいたんだよ。5人がかりで倒したんだ」
カタブツ魔法使いにジャンキー剣士、そしてアホ弓。それぞれの名前と出会った時と場所をフラトに告げる。あたしがこいつしか知らない恥ずいネタを呟いてやったからだろうか。最初は半信半疑だった青年は、いまや真剣な顔で聞いている。
と、リエのことを話し終えたとき、あたしはあることに気付いた。5人。ってことは、じゃあ、まさかユフィルも生きてんのか。これが過去だとすると、死んでいるはずがない。あのヘンタイ盾野郎、なんとか命拾いしやがったってことだ。
あたしが一人でほくそ笑んでいると、フラトは真面目な顔で頷いた。
「じゃあまずは、仲間集めでも始めようか」
「手を貸してくれんのか?」
「君の話だと、その冒険ではすごい魔道具が手に入るんだろ。そりゃ行くさ」
ほんとこいつは相変わらずの魔道具オタクだな。
そういう変わらないところに、あたしは少しだけほっとする。
そのときだった。
はっ、とした顔でフラトがショーウィンドウの外を見た。
たぶん魔力だか波動だかに勘付いたんだろう。
彼は、すぐさま店の棚の裏に隠れて、隙間からだけ顔を出した。
「ん、マズイな。僕を追ってるやつらだ」
「なんだ。また国の保管庫に忍び込んだのか?」
「あー……それは計画中のやつだね。記憶にはまだないよ」
「おっと。んじゃ、まだ童貞のときか」
「君、ピンチの時にからかうのはやめてくれないか」
そんなつもりはない。
ただ事実を述べたまで。
などとふざけている間に、扉についた呼び鈴ががらんと鳴り、勢いよく3人の男が入ってくる。どたどたと歩き回る音はまったくこの店に似つかわしくないが、我が物顔で歩き回るさまは、彼らが暴力さえ振るう権利を持つことを暗に示していた。
先頭に立つ男は上下が揃った皺ひとつない黒のスーツ。
残りの2人は、いかにも若い衆だといわんばかりの荒くれ者。
デカいゴリラみたいな、魔法がなくとも困らない図体だ。
「どうも、フラトさん」
整った感じの男は、山高帽をさっと脱いで、上品を装った笑みを浮かべる。目は少しも笑っておらず、そのすべてが単なる見せかけだと、あたしには一瞬で分かった。この男の本質は、粗暴。従えた猿どもとなんら変わりのない、ただの悪漢だ。
「これはこれは。女性とご一緒とは暢気なことですねぇ」
「おっと。これはミリアムさん」
フラトが間抜けた顔で愛想笑いを浮かべる。
こいつのことだ、なにか逃げる手はあるんだろう。
と思ったが、後ろ手はしっかりとあたしの袖を掴んで離さない。
こりゃあ、助け舟を出した方がいいやつだ。
あたしはアホのフリをして、男にメンチを切った。
「なんなんだこいつぁ?」
「お黙りなさい」
息巻くあたしを訝しげに見つめながら、うさん臭い男は杖を構えた。
魔法使い、それも攻撃魔法を操るタイプなのだろう。
フラトが大人しく両手を上げると、男は微笑みを浮かべた。
「しがない金貸しですよ。そこのフラト氏には多大な貸しがございまして」
「金は返しただろう? 僕の杖が欲しいったってそうはいかないよ」
「利子分をまだいただいておりませんゆえ」
ミリアムの言葉にも微笑みはまったく崩れない。
眼だけが笑っていない男は、後ろに立つ大柄な男2人に手ぶりで指示を出した。
「お前たち、氏から蛇樹の杖をもらい受けなさい」
「くそっ。力づくでやろうってのか!」
フラトがすかさず杖を構える。
緑色に発光する蛇が巻き付いた短杖だ。
大柄な男たちも、一瞬だけ怯んだ素振りを見せる。
だがミリアムという男は動じない。むしろ一歩、踏みこんだ。
杖もフラトの心臓に、ぴたりと狙いを定めたままだ。
「彼は単なる支援魔法使いです。戦士がいなければ無力も同然ですよ」
ダメだ。フラトのやつ、ハッタリがバレてやがる。
こんな脇の甘さで、よくもまぁ裏社会を荒らしまくれたもんだ、
とは、前に会ったときも何度も思ったことでもあった。
頭は回るくせに、妙なところでポンコツな奴なんだよな。
「……戦士がいないってぇ、節穴みたいな目をしてやがるじゃねぇか」
あたしは、拳を顔の前に構えると、フラトをさっと後ろに隠した。
向けられた杖が、滑るようにあたしの心臓を指す。
「あなたは?」
「とりあえずは相棒だよ。手を出すなら痛い目みるぜ?」
「子どもの遊びは結構」
ミリアムは、くだらないとばかりに、あたしの服に唾を吐いた。
やれやれ。そんなことで腹を立てるとでも思ったのか。
「ツマンネェやつだな、てめぇ」
ほんとに安い煽りだぜ、と思ったがその瞬間、頭のなかでは何かがキレていた。
こんな挑発に乗る気はねぇ……。ねぇけど……。
何の価値もないゴミを見るようなその目が。
イラっとした。
「とりあえず殺す」
「ジーナさん、抑えてください!」
「このオヤジのなぁ、顔がなぁ、ムカつくんだよなぁ」
「好きなだけ吠えなさい。身の程を知らない小娘が」
おうおう。
単なる街のチンピラが粋がってんじゃねぇぞ。
あたしは一瞬で男の杖をさばくと、右こぶしを振りかぶった。踏み込みで間合いを潰し、渾身のフックを叩きこんでやる。そうしたら、どんな相手に喧嘩を売ったか分かるだろう。攻撃力150でも、あたしの技術がなくなったわけじゃない。
だが、男の鼻柱を折ってやろうとした、そのときだ。
あたしは床に落ちていたほんの小さな魔法石を踏みつけた。
それは本当に些細な石ころだったが、丁度いいくらいに丸みを帯びていた。
体勢をほんのすこしだけ崩し、あたしは、即座に殴るのをやめる。
「おっとととととと」
あっ、ぶねぇ。
と、右手が壁についた。
同時に、轟音と衝撃波が起きた。
「ッア!?」
ぐらぐらと大地が、揺れた……のか? 眼前で舞い散る木片は、壁を形づくっていたもの。身体にびしびしと当たる色とりどりの宝石たちは、どれも粉々に砕けちっていて、まるで星空か何かのようにあたしを取り巻いている。そこにもはや重力というものはなく、ただ浮き上がる煌めきたちが、ある種の魔法のように見えた。
そしてあたしの身体はなぜか、宙に舞っていた。
吹き抜けの二階、なんてものじゃない。
あれは上空。屋根も壁もなくなった夜空がみえる。
星がきれいだ。
じゃねぇ。
なんだこれ、わからねぇ。
方向感覚もなかった。
「何が、どうなってんだよ!」
そう叫んだ直後に、重力がこの世界に帰ってくる。
ぐえっ。と床に思い切りぶつかって、あたしの腰が悲鳴をあげる。前を見てみると、通りに面した店の半分が消し飛んでいた。近くにあった扉も魔法具も、粉みじんになっていて、跡形も残っていない。バラバラと空から残骸が降ってきていた。
何もない。何もかもが粉々だ。
まるであのときの魔王ラルダンのように。
なんだこれ、もしかしてあたしがやったのか?
フラトは、奇跡的に爆発を免れたらしく、がれきと埃の山に埋もれていた。店の外の通りを見るに、ケガ人はいなさそうだ。綺麗な石畳が木っ端みじんになって、地面に大穴があいてしまっていることを除けば、問題はなかった。たぶん。
「な、なんなんだよお前ぇぇえええ」
金貸しミリアムが震え声でそう叫んだ。
腰を抜かしたのであろう男の股からは小便が垂れていた。
あたしは男に近寄って、平手打ちの構えを取る。
すると男は、ぶくぶくと泡を吹いて気絶した。本当に口ほどにもないやつだが、しかし、この状況を前に強がりを保てというのも無理な話か。なにせ引き起こした当のあたしも何をしてしまったのか、まったく分かっていないのだから。
この状況は一体なんなんだ。
どうして壁に手をついただけでこんな大穴があくんだ?
よし、もう一度思い返そう。
あのときあたしは、男を殴りとばそうと両手を前に出して……
そしてそのまま、躓いてしまって、手を着いた。
と、思ったら店の半分がとんでもない勢いで爆散してしまった。
ということは、やはり原因はあたしにありそうだ。
首を捻っていると、フラトが肩を叩いた。
「ひどいことになったね。ジーナさん、とりあえず逃げよう」
「おい待てよぉ! 俺の店どうすんだよぉ!」
「そちらのミリアム氏から補償が行われるかと」
そう言うと、フラトは素早く金貸しの懐を探って、小切手を取り出すと、男から奪った杖を何度か振った。そのたびに紙にはサインが行われていく。他人様の杖で支払いとは、やはりフラトは凄腕の、悪い魔法使いだと、あたしは思った。
「好きな金額を書き込んでくれ」
言いっぱなしでフラトは杖と紙を押し付ける。店主は困惑しながらもそれを受け取ってしまう。その直後、空から2人の大男が落ちてきて、けたたましい音を立てた。もちろん振り返らない。死んでいても嫌だが、起きていたらもっと嫌だった。
「さぁ行こう、あらゆる問題は速やかに片付いた」
フラトは嬉しそうにそう言った。
彼の手にはまだ、白紙の小切手が数枚握られていた。
〇
路地裏まで逃げて、ようやくあたしたちは一息吐く。
あたしはここまでの目まぐるしいあれこれに、頭を抱えていた。
というか、実際問題として頭がズキズキと痛んでいた。身体も重い。だというのに、フラトは興味津々といった様子で、あたしの顔を覗き込んできた。とりあえずメンチを切っておく……が、それで諦めるようなやつじゃないのも分かっている。
「ジーナさん、何したの?」
「……知るかよ。てか、すげぇ身体がダリィんだわ」
がくり。あたしは膝から崩れ落ちていた。
くそ、魔力でも切らしたか。
そりゃそうか。あれだけの身体強化魔法を使えばこうなる。
「なんだかすごい冷や汗だ。まるで瀕死のときみたいだけど」
「魔力切れかもしれねぇ……いや待てよ、ちげぇな、それはありえねぇ」
今のあたしはレベル1。
残念なことに、使える魔法がない。
だとしたら、状態異常の可能性がある。
どこかで毒でも受けちまったのか?
「ステータス」
と、すかさず開いたステータスを見て、あたしは小さく悲鳴をあげた。
「ヤベェ。HPが……1しか残ってねぇぞ」
「なんだって?」
1/100という表示が点滅している。
なんでだ。なんでこんなことになっているんだ。
「待てよ……あたしのステータスどうなってんだよ」
レベル1 (スキルポイント10)
攻撃力 150,
防御力 30.
体力 1/100.
魔力 50.
速度 30.
集中力 20.
運 10.
状態: 能力固定の呪
攻撃力の加護
毒の表示はない。
魔力にも異常はない。
どこにもおかしいところなんて……
「いや、違う」
あたしはそのとき、ようやく気付いた。
これだ。これだけがおかしい。
攻撃力の最後に「,」がついている。
これは終わりじゃないことを意味すると中学のときに習った。
だったらあたしの攻撃力には、まだ続きがある。
これはただ、三桁しか表示していないだけ。
「ぜってーやめろ、ぜってー動くんじゃねぇー……」
あたしはステータスウィンドウに触れて、それを右にスワイプした。
思った通り画面が横に伸びて、その全体が明らかになった。
「あぁくっそ、なんなんだよこれ」
レベル1 (スキルポイント10)
攻撃力 150,000,000.
防御力 30.
体力 1/100.
魔力 50.
速度 30.
集中力 20.
運 10.
状態: 能力固定の呪い(ステータス上限を変更できない)
攻撃力の加護(理論上可能な最大の攻撃力を発揮することができる)
「……バッカじゃねーの」
なんというか、色々とツッコミどころが多い。
だけどまぁ、とりあえず言っておくと、
あたしの攻撃力は、1億と5千万みたいだった。
〇
あたしは、包帯でぐるぐる巻きに固めた腕と脚を揺らした。
全身の怪我は魔法で治され、すでに体力は満タンまで回復している。
フラトの隠れ家には、優用な魔道具と魔法薬があったのだ。
「ひとまずの安全は確保した」
部屋の主は、水晶に映るあれこれを眺め、分厚い本を片手にため息を吐いた。
「ちょっと四肢に不快感があるだろうが、まぁ慣れてくれ」
「怪我はもう治った。これは一体なんなんだよ」
「君を守るための措置だよ。今からちゃんと説明してみるから」
『それマジなの? もう勝ちじゃん!』みたいな表情を浮かべていたフラトが、焦げたパンにありついたような顔になるまでには、そう長い時間はかからなかった。彼が言うには、この状況で重要なポイントは1つだけということらしかった。
「ジーナ。ヤバいのは、作用反作用の法則なんだ」
「あたし高校はロクに行ってねぇからな」
「君が壁を押すと、壁も君を押す。君が壁を殴ると、壁も君を殴る」
「殴んねぇよ、壁は」
はぁ、と呆れた顔でフラトは机をごつんと叩き、少し赤くなった拳を見せた。
拳骨をさすりながら、彼はあたしの、ぐるぐる巻きの腕を指差す。
「殴ると痛む。強く殴るともっと痛む。1億5千万で殴れば、痛む前に君が死ぬ」
「生きてっけど」
「たまたまだよ。残存体力値は1だろ。紙一重で君は爆散していた」
そんな諸刃の剣みたいな力を欲したことは一度もない。
いや、本気で打った場合に生じる威力を考えると、諸刃の核弾頭というべきか。
やっぱりあいつ、クソ女神じゃねぇか。
フラトが眉根を寄せながら、あたしの腕に触れた。
「大事なのは、『攻撃』を行わないことだ」
「攻撃?」
「アラミスの書によれば、ステータスにおける攻撃力とはまさしく攻撃を行った際に加算される神的エネルギーのことだ。逆にいえば、攻撃を行わなければ攻撃力というものは加算されない。すなわち、普通に生活するうえで発動することはない」
なるほど。それでこのぐるぐる巻きか。
確かに、手足を封じておけば攻撃をしようにもできない。
「とはいえ、だよ? なにが攻撃とみなされるかについては、研究者間でも意見が分かれている。攻撃の意思が起点となるのは間違いないようだけど、具体的な行為となると難しい。古い文献では『攻撃できない呪い』をかけられた男が、他者を侮辱できなくなったなんて話もあるし、蟻一匹踏みつぶせなくなったなんてのもある」
流石に暴言で1億5千万が火を噴くことはないと思いたい。
蟻1匹がダメなら、空気中のウイルスだの細菌だのもダメだろう。
それらの情報を眉唾だと判断することに迷いはない。
だが、判断を誤ったときの代償が大きすぎるのは困るところだった。
「君の場合はどこまでOKかを試すのも危なすぎるから、これに関しては推測を働かせるしかない。だけど、君がサルギールまで歩いてこられたことから考えて、歩いたり話したり、また、僕の肩を叩いたり揺さぶったりする分には問題がないらしい」
そういえば、思い切り胸倉を掴んでいたのをあたしは思い出した。
もしもそれがアウトなら、少なくともフラトは消滅していたことだろう。
日常生活はできる、それはかなり有難い展望だったが……、
「じゃあこのギプスみたいなのは何なんだよ?」
「安全策だ。その包帯には単純物理攻撃を無効化する魔法を仕込んである」
「そんなもんで防げるのか?」
「神的エネルギーの加算はダメージ発生時に、そのダメージ量に応じて判定されているそうだ。打撃によって大元のダメージが発生しなければ、攻撃力分のエネルギー加算は行われない。弱すぎる攻撃なら、連動して、加算分の力も少なくなるだろうね」
よく分からんが、大体分かった。
つまり、殴っても意味ないから攻撃扱いされないってことだ。
「とにかく、君はこれから慎重に行動することだ。もしも君の単純打撃力がその包帯を破れば、加算ダメージが間違いなく発生するし、また、攻撃の意思をもって頭突きでもしようものなら、その瞬間にとんでもないことになる。先ほどの様子を見た感じだと、空気との接触にはダメージ判定が起こらないようだけど、まぁ念のために素振りなんかもやめた方がいいね。あと、食事でも噛むことを意識しないように」
めんどくせぇ。
「あと武器の扱いなんだけど、これもかなり危ない。包帯は武器や道具までカバーしていないけど、攻撃力の加算判定はそっちまでカバーしているというのが通説だ。不用意に拾った棒なんか振り回すと、その辺の虫にでも当たって爆散しかねない。くれぐれもモノを持ったりしないでくれ。イラついてもフォークを投げないように」
めんどくせぇ。
フラトの話は、歯の磨き方から小便大便をどうするかの話にまで及んだ。その中にはどう考えても手間がすぎるものもあり、あたしは机をぶっ叩きたくなる衝動を抑えるのに必死だった。貧乏ゆすりに判定がなくて、本当によかったと思う。
すべてを話し終えたフラトは、満足げに小首を傾げた。
「まぁざっとこんな感じなんだけど、どうかな?」
「できるわけねぇだろーが」
「やるんだ。でなければ魔王を殺すまでに死んでしまうよ」
めんどくせぇが、逆らっても意味がないので仕方なく頷く。こういうのはやろうとする気持ちが大事なのかもしれない。それにこれは、ラルダンをぶっ飛ばすまでの辛抱だ。こんな妙な冒険は、3年どころか、半月もかけずに終わらせてやろう。
が、そのときフラトがあたしの眼をじっと見つめた。
「次いでだから言っておくけど、とりあえず魔王のどてっ腹に一発ぶちこんで、君もろとも世界を救うってのはナシ。一人で解決しようとするのは絶対にやめてほしい」
「……なんでだよ」
図星すぎてきもちわりぃ。
ひきつった頬であたしは理由を聞いた。
「魔王の甲殻はとても硬いんだろ。それが弾け飛ぶだけで終わる可能性がある」
「んなわけ」
「ないと言い切れるかい? 確実に命を取れると確信できるのかい?」
すかさずメガネがクイっと上がる。
クソムカつく野郎だが、言ってることは正しい。
その姿と態度は、前の世界とまったく同じだ。
ほんとにめんどくせぇ奴。
「……やっぱりてめぇ、フラト=デルマンだな」
「いかにも。で、魔王が死ぬかは分からないが、君は確実に死ぬ」
あいつを殺さずに死ぬのはヤバい気がする。
下手すると、もうそれでゲームオーバーって可能性もある。
そうなりゃ最悪の結末だ。何も救えねぇで終わる。
「だからね、やはり仲間を集めよう」
フラトはあたしの表情を読み取って、言葉を続ける。
「5人の仲間を集めて、最高のタイミングで、君の一撃を魔王に当てるんだ」
「おい待てこら、それじゃあたしは死ぬじゃねぇか」
「だけど今回は、悔いのない英雄的な自殺が、結末だ。ただの相討ちじゃない」
騙されてるような気がするが、口論でフラトには勝てない。
「あたしが死んだらやり直しかも、ってのはどうなったんだよ」
「君の事情を鑑みると、死なずに魔王は倒せない、って感じだろうね」
ふざけんな。
あたしは何とも言えない気分で呟く。
「エクストリーム自殺じゃねぇか……」
「というかまぁ、ヒロイックな自爆攻撃かな」
フラトは髪をかき上げると、さわやかに微笑んだ。
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