救世は砂戯に似たり。 4



 それから僕らは砂漠を彷徨い、なんとか毒素の森まで戻った。

 ただのサミュラに戻った彼女を連れて、入り組んだ砂の川を今度は下る。

 

 世界の外側はただの荒野だった。

 だがそれはどこまで真実だろうか。

 あの荒野の更に果て、その向こうにもう世界はないのだろうか。


 毒素の森の木々に、僕は短剣を突き刺す。

 それは深々と突き刺さり、何度も繰り返すうちに木は倒れる。

 切り倒せる。この壁は壊すことができる。


 ならば、

 この森をすべて切り倒して、新しい世界への道を作る。

 そうして、巨大な荒野を、開拓する。


 僕は決意を胸に抱いて、王国へと戻った。ガドルグインを殺したこの腕だ。反逆する者もいれば、惧れをなすものもいるだろう。どちらにせよ、信頼は失われたに違いない。それでも、ここから僕は始めなければならない。


 王城に戻った僕は、沈黙する家臣らに迎えられ、そしてまた王として祀り上げられた。僕はまず、国内の開発を進めてあらゆる技術の進歩を掲げた。目指すは、この砂漠からの脱出。新世界への船出。誰もが僕の言葉に従った。


 巨大な船が作られた。


 あまりにも巨大なその船は、王国の人々をみな乗せられるほどに大きい。

 それが完成したとき、僕はもう五十を超えていた。

 彼らからすれば、不死の王だ。


 僕の率いる砂走船は、動き始めてすぐに大地をめちゃめちゃに削った。そして毒素の森を粉々に打ち壊した。ほんの数時間で船は毒素の森を越えて、あの、巨大な荒野へと再び乗り出した。見渡すかぎりの砂に、人々は畏れ慄いていたが、僕はなにもかもすべて分かっているというような顔で甲板に立ち続けた。

 

 心のなかはいつも臆病で、分からないことだらけだったが、僕は心のおもむくままに舵を取った。降りたいという者は降ろした。砂漠の中には、緑や水のある場所もあって、そうしたところで村を作ろうとする者たちもいた。


 船の人数がずいぶんと減り、僕が六十歳になった頃、ようやく、世界の果てが見えた。そこには恐ろしいほど巨大な海が広がっていて、その海の向こうにはたくさんの、緑の島々が見えた。僕は迷わず、船を海に進めた。様々な技術が発達していて、その中にはこの世界に特有の、魔法という力もあった。


 僕らはそれを駆使して、船をどこまでもどこまでも進めた。サミュラに似た生物が水のなかにいて、蟲に似た生物も空を飛んでいた。太陽の動きから、世界の全体像も割り出した。惑星だ。地球と同じ球体で、大きさはおそらく四分の一ほどだろう。どうも海は相当に広いらしく、一向に果てが見えない。


 水と砂に満ちたこの星を、僕らはイールティアと名付けた。


 新天地がいくつも見つかり、それから二十年のあいだに、至るところに人々の種が蒔かれた。都市がたくさん生み出されて、世界中を魔法船が行き来するようになった。空を飛ぶ蟲の魔法を用いて、空さえも移動できるようになった。世界の全容が明らかになり、僕は、高空からもイールティアを眺めやった。


 青い、とても青い星だ。

 赤茶けた部分は、本当に少ない。


 たったひとつの小さな大陸が砂に覆われているだけで、

 それ以外のすべてが青と緑でできていた。

 

 小さな大陸のその真ん中には、森に囲まれた領域があった。

 それが空原だ。僕らの住んでいた場所だ。


 ちっぽけな世界だ。

 

 なぜそこにしか人間がいなかったのかは分からない。

 もしかすると、なにか理由があったのかもしれない。

 古代人のような連中がいたのかもしれない。


 あるいは。


 

 一人きりで飛空艇に乗り込むと、僕は最期の旅を始める。

 空は、砂漠とおなじで何もない場所だ。

 夢を見るにも、考え事をまとめるにも、ちょうどいい。


 ドラニエルと名付けた船は、ほんの数時間で、空原へと到着した。


 そこは始まりの場所。

 毒素の森はもうどこにもないが、

 公園ほどの砂漠は、今も残されていた。






「あなたを信じて」


 あのときアリシアの声は言った。

 僕への救済として、言葉を告げた。


 あるいは。

 それは、僕が僕自身の望み通りに歩いていくことと、

 生きていくことと同じ意味なのかもしれない。


 だが僕は、僕を信じられないままで、

 世界の救済はいまだなく、世界はただあるがままに、

 僕の夢に依存しているかのように流れ続けている。


 僕は、いつかの、女神の言葉を思い出す。


 救済目標のない世界、不可知の世界。

 それは果たしてどういう意味だったのか。


 物語がない、先がない世界というだけなら、それはただの現実だ。

 だがその、ないはずの世界に生きるということはどういうことなのか。

 僕や彼女たちの生きた現実は、果たして、どこから生まれたのか?


『お約束もなければストーリーラインもありません』

『救済目標が未設定であり』

『それができるのは、勇者として異世界に送りこまれるあなたのみ』

『まるでままごとのように』


 女神の言葉が蘇る。


 信じたくはない、 

 信じたくはないが、

 もしもすべてを言葉通りに受け取るならば、


 このドルマータは、のではないか。


 それは、この世界がちゃんと存在していて、

 そして発見されなかったということではない。


 そうではなく、

 僕が発見することによって次々となのではないか、

 ということだ。


 いや、突拍子もない話なのは分かっている。


 だけど、そうでなければ、

 いろいろなことに説明がつかないのだ。

 

 イールティアの村で都合よく二人に出会えたこと、都合よく鉱石が見つかったこと、都合よく僕が死ななかったこと、何も望んでいない世界の先に何もなかったこと、覚悟を決めてから飛び出した世界の先に、信じられないほどに雄大な世界が広がっていたこと。それらすべてが、僕には、恣意的に思える。


 そりゃそういうこともあるのかもしれない。

 世界の本当の姿は、驚きに満ちているのかもしれない。


 だが、僕は、なにかイベントが起きるたびに考えてしまうのだ。


 これはすべて、僕が作り出しているのではないか、

 本当はこの世界は、あの砂漠以外は白紙で、

 その先にはなにもなかったはずの世界なのではないかと。

 あの時から僕はずっと、砂漠で倒れているのではないかと。


 あぁ。


 女神の思惑があるのなら、それはきっと成功したのだろう。


 かつてユリシアがすこしだけ教えてくれたように、女神の目的が、不可知の世界、白紙の世界を先に進めることだとすれば、その停滞を壊してしまうことだとすれば、世界に新しい物語を書き込むことは、解決策となりうるに違いない。

 

 僕が旧い世界を壊して、その先にあるもっと大きな世界を造り出したのなら、

 このドルマータは新たな段階に入ったといえるだろう。

 それは女神にとって喜ばしいことで、終わりなき世界の進歩だろう。

 終わりへと向かう歩みのひとつだと見えるだろう。


 だが、物語はいつも、作者だけには虚しく映るものだ。

 掌のなかの神、勇者、ヒロイン、ヒーロー、

 そんなものを心から愛するなど、創造主にはできるはずがない。


 だから僕は、出口を失ったのかもしれない。こんな世界をいくら救っても、いくら優しくしても、されても、そこに何か意味があるのかと問い続ける日々。反問のなかで永遠にでない答えを探し続け、自分ではない世界の痕跡にすがりつく。女神、アリシア、ユリシア、失われた他の世界を探して、当てどなく旅を続ける。


 ユリシアのように、僕はこの現実を生きられていないのだ。

 いまだに。まだ。何十年経っても。


 世界はおろか、僕自身さえ救えない。


「アリシア。僕は本当に生きているのか?」

「生きて、いると。そう信じれば」


 問えば、サミュラが答える。


 それは、

 まるで現実のように。

 まるで一瞬の夢のように。


 僕は、


 僕は、





 僕は、

 はるかかなたに砂漠を見た。

 暑さにゆらぐ空気の、

 そのまた向こうに、

 二つの人影がみえた。


 そこではドルマータがふたたび砂に還っていて、

 世界を救えなかった僕もまた砂に戻って、

 自由な、一匹のサミュラになっていた。


 そしてこの砂のなかでは、 

 誰も、そのことを責めることはない。

 灼熱と鋭利でさえも。

 ただの、一握りも。

 





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                    転生パターン04 堂島翔一の場合。



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