伝説の勇者の剣の伝説 3
流石に飽き飽きしていた。
もう歳をとっている感覚もない。
眠り、たまに起きて、また眠る。
ただそれだけだ。
「頼もう!」
しばらくぶりの挑戦者に、俺は寝ぼけ眼をこすった。
目の前には年若い少女。
たしか……フラムの娘だ。
フランと言ったか。
「魔剣さん、すごい人を連れてきたよ」
少女が嬉しそうに言うが、俺にはもう起きる気力がない。
フランには俺の姿が見えないし、寝ててもバレないだろう。
俺は、剣の世界で横になりながら聞いた。
「誰なんだそいつは」
「あ、勇者トロイの直系の子孫で、今の時代の剣帝という存在になります……」
「トロイ…ああトロイね、一時期よく来てたわそういうの」
いたいた。
最近めっきり減ったけど。
というか自殺志願者くらいしか来ないけど。
「もう!最近の魔剣さんやる気なさすぎ!」
「おーう……」
俺の気のない返事に、フラムが地団太を踏んで唸った。
「起きてってば!この人ほんとに凄いんだから!」
「すごいすごいって、んならなんかすごいことしてよぉ」
「凄いこと……ですか。分かりました」
気配がわずかに変わる。
男の声がほんの少し低くなった。
「今から、貴方を斬ります」
「はーん?何言ってんだお前」
俺はそのふざけた言葉に、ようやく眼を開けた。
目の前にはいかにも優男風の美男子。
体躯は非常に華奢で、そして、
驚くほど、その肉体には無駄がない。
「フラン……お前こいつをどっから連れてきた」
「あー実は、私じゃなくてね。お母さん」
「フラムが?」
「大司祭フラム様よりこの任を仰せつかったのです」
なるほど。フラムが。
王都教会の巫女になったとは聞いていたが、
まさかこんな嬉しい贈り物をくれるとは。
眠気が吹っ飛んだ俺は、思わず笑みを浮かべていた。
剣帝が背中の剣に手をかけたまま、軽く会釈をした。
ほんとになんなんだこいつは。
立ち姿にも重さをまったく感じられず、隙一つない。
「では、お許しを」
そう言うが早いか、剣帝は一歩踏み込んだ。
すさまじい闘気が剣と全身に行き渡る。
すごい。
筋繊維のいっぽんいっぽんにまで流れる闘気。
それらすべてが完全に制御されていて、
精巧な機械のように男の身体を押し出している。
こいつ、肉体を最速で動かすためだけにすべての闘気を使っていやがる。
見惚れると同時にその姿が消えた。
残るのは舞い上がった土煙のみ。
「《魔剣斬り》」
声が響く、
と同時に振りぬかれた剣が、俺の刀身の中ほどを奔った。
信じがたいことに、その剣は滑らかに俺を素通りした。
いや違う。
「……斬られたのか」俺は呟いた。
「精一杯の力を出させていただきました」
優男風に戻った剣帝が言う。
俺は無言のままで舌を巻いていた。
絶対不壊にしなかったとはいえ、俺は魔剣だ。
この世のあらゆるものを斬れる硬度を女神に付与させた。
だがその硬さに、いや、チートに、
この男は、己の技で勝ったのだ。
「認めよう。お前の技は俺よりも上だ」
「何を仰います!今のはただの据えもの斬りですよ!」
「だが俺には同じようにはできん」
優男は嬉しそうに微笑んだ。
「では、遠慮なくそのお言葉をいただきます」
「うむ。これで俺はお前の剣だ。存分に振るうがいい」
俺は心の底から満たされていた。
自動修復で傷ひとつないとはいえ、俺を斬れるものがいるとは。
闘気があるこの世界でも信じがたい偉業。
もしもこの男が、俺の生まれ育った世界にいればどうだったろう。
あのトラックさえ斬れたのではないだろうか。
そう思うと、何とも言えない喜びが沸き起こってくる。
まるで俺があの女神に勝ったような気持ちだ。
「これから宜しくお願いします」
「良かったね、魔剣さん」
「あぁ。お前の名を教えてくれ」
剣帝は、俺を握りながら口を開いた。
そしてそのまま、
ゆっくりと後ろに倒れて動かなくなった。
その心臓の鼓動は、もうすでに止まっていた。
「は?」
男はあおむけになったままで動かない。
口をあんぐり開けて、今にもその名を口にせんばかりの表情。
フランが素早く駆け寄って、そして首を横に振った。
剣帝は死んでいた。
ふざけるな。
ふざけるな。
こんなことがあってたまるか。
俺を斬れる、
それほどの男が真の勇者でなくてたまるか。
俺は女神に罵詈雑言を投げた。
だがもちろん返事はなく。
無為な時間がまたしばらく、過ぎていった。
〇
長い月日がまた流れた。
三十年、あるいは四十年。
死体があることもあれば土に埋められていることもあった。
このまま死ねたなら良いのにと思うこともあった。
だが結局すべては風に流されて、俺はこの世界で目覚める。
ある日のこと、俺は異様な邪気を感じた。
遠くから濃密な魔力の気配。
だがその質はさほど高くはない。
数だ。数だけが狂ったように多い。
俺は意識を飛ばして、状況を探る。
森から平原、街、草原と飛んでいけばすぐに元凶が見えてきた。
たくさんの人間たちと得体の知れない怪物どもが斬り合っていたのだ。
技も戦術もなにもない、暴力と怒りだけの斬り合いだ。
すぐに事態は飲み込めた。
戦争。おそらく、魔物と人間族の戦争が起きているのだ。
かつて東の大陸に封じたという魔物たちがふたたび現れたのだ。
街の財宝に見向きもせず、魔物の軍勢が草原を走っていく。
そのあとには何も、草木ひとつ残っていない。
俺は意識を戻して、頭を抱えた。
「これが、あいつの言っていた世界の滅びか」
焦りだけが大きくなるが俺を抜くものはいない。
いや正確には、抜ける者が誰もいないのだ。
あの超人的な勇者でさえ、俺を抜けなかったのだから。
どうすればいい。
どうすればこの世界を救える。
考えても答えは出ない。
真の勇者とはなんだ。
どこに真の勇者がいるんだ。
もしや、あの女神は俺に世界を救わせる気などなかったのでは。
ただ俺を弄んでいただけなのでは。
「はは。何が、最強の敵と戦いたいですか……だ。いかれた女神め。俺にすべてを与えて、そしてすべてを奪うことがお前の楽しみなのか!」
だが返事はない。
女神はきっと、俺のことなど見てもいないのだ。
俺はようやく諦めることにした。
この世界は滅ぶ。
俺はその滅んだ世界を眺め続ける。
壊れることのない剣の中から。
だがその時、ひとりの人間の足音がした。
「誰だ。村人か?なら早くここから逃げるんだ」
「いいえ、セイル様。私です」
「まさか……フラムか?」
そこには一人の老婆がいた。
年老いてなお、幼い頃の面影が残っている。
彼女は顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。
「セイル様、いつのまにか貴方より年上になるなんてね」
「俺の姿はまだ視えているんだな」
「えぇ。今日も寝ぐせがありますね」
「お前が来ると分かっていれば直しておいたんだが」
くすりとフラムは笑い、俺も笑った。
お互い、別々の時を生きてきた。
だがそれでもこうしてまた、思い出せる。
それならばもういい。
たとえ世界を救えなくても、俺は救われた。
俺はフラムに救われたのだ。
「……ありがとうフラム。だが、早く王都に戻れ。ここは直に戦場になる」
「戻りません。私はあなたを救うためにここに来たのですから」
「救う?」
フラムの顔には確固たる意志が視えた。
それはまるで、戦いに臨む勇者のような顔。
これ以上、お前は何をする気なんだ。
「私はずっと探していました。あなたを封印から解き放つ勇者の存在を」
「ありがとう。剣帝はとても強かったよ」
「はい。ですが彼でもあなたを振るえませんでした」
そうだ。
だからこの世界に勇者はいない。
誰も俺を持つことはできないのだ。
「その事実に私は疑問を覚え、神託に頼ることにしました」
「一流の巫女は女神像に、女神を降ろせるという……」
「はい。そして昨日ようやく、私の祈りは届いたのです」
なんということだ。
彼女は、俺がどんなに呼んでも返事をしなかったあの女神を、
自力でこの世界に引きずり降ろしたのだという。
「女神は言いました。そんなにあの剣を振るう勇者が欲しいのかと。私は答えました。あなたは真の勇者ならば剣を持つことができると言ったのだろう、だが剣帝で不足ならば誰が持つにふさわしいというのか。真の勇者とはなんなのか、と」
「奴は……なんと答えた」
フラムは、悲しげに答えた。
「この世界で勇者とはただひとつ、転生者のことを指すのです、と」
あ。
「そして今、この世界に転生勇者はただ一人」
まさか。
「魔剣セイルだけなのです、と」
俺は、はじめて心底からの絶望を感じた。
この剣は、俺でなければ振るえない。
だが俺は同時に、この剣そのものなのだ。
己で己を振るうことなどできはしない。
女神は、俺を最初から嘲笑っていたのだ。
「くはは。なんだそれは、俺は、なんだ一体、この愚鈍な、鋼鉄のかたまりは、」
「ですが私には腑に落ちました。私にとって貴方はずっと勇者だったから」
「なにを。俺がお前に何をしてやったというんだ?」
「ふふ。貴方のように強い人には分からないのかもしれませんね」
フラムの眼は、己の子どもを見るように温かく、
そして、恋人を見るように優しかった。
「……セイル様、絶望するのはまだ早いですよ」
「なぜだ。転生者は俺一人しかいない、俺はもう、ここで、永遠に……」
「いいえ」
フラムはそういうと、ゆっくりと魔法を唱えはじめた。
何重もの魔法陣が浮かび上がり、彼女を取りまいていく。
それは昔放たれた大魔導に匹敵するほどの魔法。
「そう遠くない未来、貴方には振るい手が現れるでしょう」
「何をする気だ」
「召喚します」
皮膚がぞわりと怖気だつ。
「何を呼ぶつもりだ」
「別の世界から、転生勇者を」
「できるのか」
「代償さえあれば」
代償。
俺にはその先が分かっていた。
存在量だ。
それはこの世界の者にとって命と同義。
勇者を呼べば、きっとフラムは、
「そんな奴はいらない、俺は一人で戦う」
「一人じゃきっと勝てません。たとえ貴方が戦えたとしても」
彼女には分かっている。
俺がどんなに足掻いても、ただ苦しむだけだということが。
俺が強がっているだけだということが、見透かされている。
フラムは俺の眼を見て、笑顔を見せた。
「私が一緒に、戦ってあげるから」
「フラム……」
「頼み方があるでしょ?」
はは、いつの話なんだ。
おもわず笑いながら、俺は言った。
「かわいいフラム、世界を俺に救わせてくれ」
「はい」
俺は、泣きながら笑っていた。
彼女よりも強い相手は、もう二度と現れないだろう。
そう思いながら。
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転生パターン03 瀬藤太郎の場合。
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