伝説の勇者の剣の伝説 2



 まず最初に俺を抜こうとしたのは、山賊の頭だった。

 いかにも悪人面の男は、俺に触れた瞬間に死んだ。


 まぁ弱そうだったし仕方ないな。

 

 次に俺を抜こうとしたのは、気味の悪いモンスターだった。

 背がヒョロ高くて、かまきりのような顔をしている。

 そいつは両手の鎌みたいな手で俺を抜こうとして、死んだ。


 なるほど。

 実験台が二人もいれば大体分かる。

 

 俺は、触れれば死ぬ呪いの剣だ。

 真の勇者以外には触れることさえできない。


 なんという呪いだ。

 これはもう、


 「最高だな」


 俺はこの状況に歓喜した。


 だがその喜びも長くは続かなかった。剣に選ばれなかった者が20人を超えたあたりから、腕の立ちそうな奴がまったく近づいてこなくなったのだ。噂が広まったのだろう。退屈な時間が増えて、気付けば最初の一年が終わっていた。

 

 うーん。暇だ。

 腕は落ちないが、勘は鈍る。

 

 俺はなんとか退屈な日常に刺激をもたらすため、頭をフル回転させた。


 おそらく、この世界の人々は俺のことを「触れた者を殺す呪いの魔剣」だと思っているはずだ。だがそうではない。俺は「勇者にしか使えない聖剣」だ。その話がちゃんと伝われば、きっとここには勇者が集まってくるに違いない。


 幸いにも俺にはそれを実行する方法があった。





 眼前には一人の男。

 筋骨隆々でいかにも強そうな感じである。


「魔剣セイル。東の大陸に魔物を封じた伝説の勇者の剣とは、お前のことか?」


 俺はすばやく男の全身を観察した。

 立ち姿はそれなり。無駄の多い身体だが少しは使えそうだ。

 武器の大剣がかなりの不安要素だが……

 

 まぁ飾りじゃないことを祈ろう。


「いかにも。俺が魔剣セイル。かつて大陸を守った勇者の剣」

「やはりそうか。名だたる戦士どもが抜けぬ剣など、勇者が手づから打った其方しか考えられぬからな。其方にひとつだけ、聞きたいことがある」


 男はひどく真剣な顔をしているが、もちろん俺は魔剣セイルではない。

 適当に話を合わせてみただけだ。何か聞かれても困る。


「いいだろう。俺を抜ければなんでも答えてやる」

「そう言うと思っていたぞ。我が名は勇者の片腕であった将軍トロンの血を受け継ぐ者、エドガー=ローデン。呪われし魔剣よ、我を試してみるがよい!!」


 男は意外にも軽快な素振りで大剣を抜き放った。


 いやはや人間技ではない……と言いたいところだが、この世界には闘気という力があるらしく、それを使えばまぁまぁの剣士に同じことができる。というか闘気を剣にまとわせるのだから、大剣は見栄えだけの意味しかないようなのだが……。


 というか俺を抜くのに、剣を見せる必要はないと思うのだが……。


 俺は威厳があるような声で呟いた。


「来い。新たなる勇者となるものよ!!」

「うおおおおおお!!!!」


 ぱしっ。

 どさり。


 とまぁこういう感じでエドガーは死んだ。


 いやエドガーだけじゃないな。もう100人近くがこんな感じで死んでいる。

 それでもまだ、俺を抜こうとする連中は尽きそうになかった。


「頼もう!この我は神剣将トロンの血を継ぐ者ラーグ=ウィーン!」

「お前を待っていたぞ、真なる勇者よ!」

「うおおおお!!」


 はい次。


「頼もう。私は神託を受けし者フロイデル。貴殿の力を借りたい」

「きさまが予言の剣士だというわけか。よかろう、我を抜くがよい!」

「はああああ!!」


 はい次。


「頼もう……その呪い……このグウェドが解いて見せましょう……」

「無理だ……お前には……やめろ、触るな、触るんじゃない!!」

「きええええ!!」


 次。


「頼もーう!!僕は英雄トロンの血を継ぐ者、」

「!!」

「やぁあああ!!」


 次。


「頼もうよ!俺様は南の街トーヘルボーグで鬼神と恐れられた盗賊狩りダクラス=ガグラス!あれはかつて俺様が古代遺跡に巣くう盗賊を始末していたときのこと、たまたま拾った石板から勇者の声が響き、お前が新たなる勇者だと、」

「それはご苦労!!」

「とりゃあああ!!」


 ふぅ。


 死屍累々だった。

 こうなるともはや憐れみも湧いてこない。


 特にトロンの血を継ぐものに至っては、多すぎてもう流れ作業。

 どうやらかつての英雄は、なかなかお盛んだったらしい。

 

「頼もう!我こそは……」

「はい、ちょっと待って、ここで今日は終わりでーす!!」


 勇者が口上を述べたところに村人たちが割って入っていた。

 彼らは、一日の挑戦人数に制限を設けたのだ。


「落ち着いてー!もっと下がってー!」

「我こそは神武トロンの……」

「下がれって言ってんだろが!!畑に埋めっぞぉ!!」


 誤解されやすいが、剣士よりも農民や村人のほうが立場が上だ。

 よほどの英雄でないかぎり、剣士などただの道楽者。

 武力だって、鍛えられた農民なら数で圧倒できる。


「終わりだ。亡骸を獣に食わせるつもりはないだろう?」


 俺はちょこっとだけ口を挟んだ。

 効果はてきめんで、勇者候補たちはすごすごと帰っていった。

 こいつらの自殺に付き合うのも楽じゃない。

 武芸を極めた俺でも、心は疲弊していくものだ。


「セイルさんありがとうございます」

「気にするな。むしろ俺がお前たちに迷惑をかけているのだから」


 俺はそう言って、心のなかで村人に笑みを返した。


 しばらく前に、俺のいる洞窟の近くに村ができて、ここらはちょっとした観光地のようになった。名物の魔剣ニンジンや魔剣ダイコンもなかなか売れているらしい。いやはや、冒険盛りの子どもたちに噂を流してもらった甲斐があった。


「童どもも、セイルさんのおかげで本物の剣士が見れるって喜んでます」

「ははは。いつか俺を抜いた本物の勇者も見られるかもしれないぞ」

「早く見つかると良いですねぇ。勇者様」


 本当に。

 俺は微笑んだが、心には一抹の不安があった。


「たのもー!!」


 そのとき、甲高い女の子の声がした。

 勇者の人だかりをかき分けて、少女がひとり走ってくる。


 実はその少女は、俺と浅からぬ縁があった。


「またきたのか、フラム」

「フラム。魔剣さんに迷惑をかけてはいけないよ」

「絶対にさわらないから!おっちゃんに会いにきただけ!」

「おいおい、俺はまだそんな歳じゃないぜ」


 いや、33歳は正直もうダメかもしれんが。

 フラムは、俺のほうを向いてしかめ面をした。


「おっちゃん今日も髪の毛ぼさぼさだね」

「寝ぐせだぞ。誰も見てない世界で整える意味ないだろ」

「でもきれいな勇者さんが来るときはちゃんとしてるよね?」

「フラム……よくな」


 まぁお察しのとおり、この少女には俺の姿が見える。

 なんでも霊媒やら巫女やらの素質があるらしい。


 俺が噂を流そうと思った時、

 子どもたちが誰一人死なずにすんだのはそのお陰だ。

 フラムは、俺がとてつもない呪いを持つ剣だと皆に警告したのだ。


「わたしが視ないとみんな安心できないでしょ」

「まぁ。俺の呪いが他人に移らないとは限らないからな」


 あとあと聞いたが、フラムには他人の魂が視えるらしい。

 そうして視ると、俺の魂には、呪いが焼き付けられているそうだ。

 

 どす黒く邪悪な呪い。

 きっとこれをかけた奴はとてつもなく性格が悪い……

 とフラムは断言していた。

 たぶんそれは当たっているような気がする。


 とまぁそれはさておき。


「フラム、今並んでたやつのなかに本物の勇者はいたか?」

「頼みごとをするときの態度がなってない」

「かわいいフラム、今並んでたやつのなかに勇者がいるだろうか?」

「いないと思うな。そんなに強い魂のひとはいなかったから」

 

 俺は、フラムに勇者探しを頼んでいた。

 

 類稀なる力を持つ者は、魂だけでそれと分かるらしい。

 俺が、相手の立ち姿で強さをはかるのと同じようなものだろう。


 実は、このフラムチェックであまりにも見込みがない奴は追い返したりしている。雑魚を無駄死にさせるのも気分がよくないし、遺体を処理するのも手間だろう。フラムのおかげで選別作業の速度はいくぶんか上がっていた。


 だがそれでもまだ勇者は見つかっていない。

 それどころか、勇者候補と呼べるような者も。


 一応、一定以上の魂の強さを持つ者には挑戦してもらっているが、俺もフラムも、そして村人たちも、彼らに「抜ける」とは思っていなかった。


「かわいいフラム、引き続いて勇者探しを頼めるか?」

「はいはーい。命の恩人のおっちゃんのためだからしかたないしかたない」


 言い忘れていたが、俺は何度かこの子の命を救っている。

 フラムに寄りつく悪霊は、俺に近寄るとあっさり逃げるのだ。

 たぶん聖なる属性も盛りこんでおいたからだろう。


 俺はその力に気付いてから、村全体に気配を張り巡らせていた。

 いわば、この村の守護神みたいなものだった。

 

「他のみんなはできるだけ遠くまで噂をながしてくれ」

「もちろんですとも。セイルさんのためなら海の向こうへだって」


 村人たちはみな頷いてくれた。


 行商に出稼ぎ、そして徴兵。

 おもむく先々で、彼らは俺のことを広めるのに尽力してくれた。


 そのお陰で、噂はあちこちへと流れた。

 街を越え国を越え、海を越えた。


 幾人もの剣士たちが、腕自慢たちが挑んだ。

 英雄や自称勇者、貴族や王族が来たこともあった。

 かつての勇者や性豪トロンの話を聞きに来る者もいた。

 適当にホラを吹いて怒らせることもあった。


 忌まわしき邪剣と見なされて祓われることもあり、

 強力な魔導をぶち込まれることもあり、


 だが俺は抜けず。


 十年。

 十五年。

 二十年。

 

 


 三十年もの月日が過ぎた。

 その間、俺はついに抜かれることがなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る