転生パターン03 瀬藤太郎の場合。

伝説の勇者の剣の伝説 1



 瀬藤太郎。享年32歳。

 死因、暴走したトラックに斬りかかって全身打撲、ショック死。


 これを聞けばたいていの奴は呆れかえるだろう。

 「斬りかかって死ぬってなんだよ」と。


 だが、次のようにいえばどうだろう。

 百人に一人か千人に一人は納得してくれるかもしれない。


 「あいつは刀がもっと強ければ、トラックだって斬れたんだ」


 なに? 納得できない?

 じゃあ残念ながら、あんたは失格だ。

 きっと俺の話は楽しめないだろう。





 目覚めた時、周囲には誰の気配もなかった。

 白い天井、匂いひとつない空間、異様な静寂。


 俺はすぐさま飛び起きると、胸の前で十字に構えた。

 幾人もを倒してきた我流の構え。


 よし問題ない、身体は動く。

 全身にみなぎる力は、冬眠後の朝のようだ。

 どこから敵が来ても、問題はないだろう。


 と思ったそのとき、誰かが無造作に俺の肩を叩いた。


「何奴っ!!!」

「ノー。わたしです」


 気配ひとつなく背後を取られた。

 飛び退った俺は、油断なく敵を見る。


 おもわず冷や汗が流れた。

 一目で分かる。これは強敵だ。


 それも桁違いの達人だ。


「わたしを恐れる必要はありません」


 女は、そういうと足を一歩進めた。


 俺は反射的にあとずさる。

 こいつはヤバいと本能が告げていた。


「わたしが怪物にでも見えますか?」


 たしかに一見すると、単なる白銀の髪の女だ。


 だが、ドレスの中に隠された肉体は、気持ちが悪いほど均整が取れていて、一分の無駄もないように感じられる。体幹はわずかにもブレず、立ち姿にも隙一つない。自然体でありながらここまでの構えを見せる者は、もはや人間ではない。


 怪物、あるいは、神仏の類。


「イエス。わたしは女神です」

「女神、どこでその技を習った……」

「技?なんのことです」

「その立ち姿だ!それは天浮舟流の《天狗》!かつて俺が殺した奥義だ!」

「ノー。付き合いきれませんね」


 そういって女は首を横に振るが、その一挙手一投足が神業。


 動いているはずなのに止まっているかのような、

 止まっているはずなのに動いているかのような、

 そんなすさまじいまでの軽さ。羽のような軽やかさ。


 どんなふうに生きれば、こんな力を身につけられるのだ。


「無心有陰流、瀬藤太郎だ。手合わせを願いたい」


 気が付けば俺は、奴に戦いを挑んでいた。

 決して勝てないだろう相手。


 だがその挑戦に、武道家としての肉体が歓喜しているのが分かった。

 

「わたしが勝てば何をしてくれますか?」

「この戦いに賭けるものはただ一つ、己の命だけだ」

「命……であればノーゲームですね」

 

 女神が笑みを浮かべる。


 耳まで裂けるかというようなその口。

 まるで獣が嗤っているかのようだった。


「あなたはもう死んでいま、」 


 その言葉を最後まで聞く気はなかった。

 俺は床に転がっていた愛刀をすばやく拾い、


 即、抜き斬った。


 無心有陰流の抜き断ちは神速。古文書によれば、開祖と呼ばれる男は、油揚げをさらいに来るトンビを一瞬で素っ裸にしたという。俺の剣はそれには遠く及ばないが、海面から跳ねたトビウオを三枚おろしにすることならできる。


 奥義《トビウオ斬り》。


 ごろんごろんごろん。

 床に転がる女の生首。

 拍子抜け。女神、いや単なる怪異だったか。


 俺は消沈して刀を下ろす。


 と、その瞬間、俺の全身を猛烈な痛みが襲った。


「あなたはもう死んでいます」

「ぬおおおおお!!!」

「わたしが力を加えなければ、あなたはのたうち回って死にます」

「なんだここ、これはああ!!ぐあああ!!」

「命と意識を留めたままで、死の痛みだけを元に戻しました」


 背後から、天上の琴のような声がする。

 俺は痛みのあまり、這いつくばることしかできない。

 まるで、まるで全身を金槌で潰されたような痛み、


 ここここんなもの、我慢できるわけがななななああああ!!!


「こここここここ、この程度のよよよよ、妖術にににに!!!!!」

「たかがショック死の痛みです。たしかにその程度は耐えるべきでしょう」

「うぉおおおおおお、おま、ごろじでぐれええええええ!!!」

「あなたはもう死んでいます。その命はわたしのものです」


 ぱっ。


 本当にそう言うのがぴったりなほど、唐突に痛みが消えた。

 俺は、息も絶え絶えで身体を起こす。


 ふと見れば、眼前の生首がいつのまにやら、

 三枚おろしのトビウオに変わっていた。


「聞きましょう?」

「た、頼む」


 戦意をなくした俺は、なんとかそう言った。





 女神とやらから聞かされた話は信じがたいものだった。


 なんでも俺は、中型トラックに轢き殺されて死んだのだという。


 そういえばこの部屋に来る前、夜道で突然現れた怪物に向かって、俺は仕込み刀を抜いて斬りつけたのだった。たしかに手ごたえはあり、鋼鉄のような皮膚を裂いた感触はあったのだが、刀は半ばで止まり、そのすぐあとに意識を失った。

 

 女神の話が本当だとすれば、俺はトラックに剣を振るったことになる。


「驚きました。まさか2mスタートに反応できる人間がいるとは」

「何の話だ?」

「いえお気になさらず」


 女神の邪悪な笑みを見るに、ろくな話ではないに違いない。

 この女の正体はきっと、とてつもない邪神だろう。


 だが、もしも本当に死んでいるのだとしたら、どうして俺はまだこの女神と話しているのだろうか。いやあるいは、どうして女神は俺をここに呼び寄せたのか。まさかとは思うが、この俺を単なる玩具にする気なんじゃないだろうか。


「ノー。わたしがあなたを救ったのは、いいお話をするためです」

「いい話だと?」

「イエス。あなた……最強の敵が存在する世界に興味はありませんか?」

「イエス。そんな世界があるなら是非行ってみたいね」


 すると女神は素晴らしく嬉しそうに牙をむいた。


「選択肢は2つです!ひとつは、まだぎりぎり滅びていないですがもうすぐ人間族が滅びそうな世界。もうひとつは、もう人類文明が滅んでしまった世界です!」


 なんだその二択は。


「どちらも魅力的だが、強くなる前に死ぬ気はない」

「ですか。そういうことであれば、あなたになにか贈り物を致しましょう!」

「贈り物だと?」

「イエス。あなただけの特別なチカラを差し上げます」


 その微笑みはあの怪物のような笑みとは違って、優しい。

 だが、だからこそ信用できない。


 単なる獣とは違って、人を騙す怪異というのは、

 えてして、親しみやすい姿で近づいてくるものだ。

 

 それにそもそも、俺は他人からもらうチカラには興味がなかった。


「剣だ」俺は言った。

「ほう、神憑り的な剣の才能をお望みでしょうか」

「そうじゃない。俺のための最強の剣を


 最強の剣といっても色々だ。

 耐久性にリーチ、切れ味に、扱いやすさ、すべてを両立するのは難しい。

 だが女神なら、この怪物なら造れるような気がした。


 ずっと世話になっていた愛刀『巴丸』はトラックを斬ったときに刃がこぼれた。

 修復はできるが、滅びそうな世界とやらで使うには少々不足だろう。


「オーケー。最強の剣を検索、ヒット、エクスカリバー、童子切、ヴァリアブ」

「ちょっと待て。おい女神さん、あんた俺を馬鹿にしてんのか」

「ノー。なにがお気に召さなかったんですか?」

「俺は神話の剣が欲しいんじゃない。俺だけの最強の剣が欲しいんだ」

「具体性が皆無で把握できません。言語化能力低め、と認識します」


 馬鹿にされているようだが、まぁそれはどうでも良かった。

 ふざけた剣を列挙されるのに比べれば、苛立ちにもならない。


「俺が求める能力を言うから、そのとおりに造れるか?」

「イエス。ただしその場合、代償が要求されましょう?」

「あとで聞こう。とりあえず俺の話を聞け」


 女神は嬉しそうに舌打ちをした。





 俺は嬉々としてリクエストする。

 これで付け加えた能力は三十を超えた。


「ええと、その世界には魔力というのがあるんだったな。ならばそれを最大限増幅するように。え?闘気もあるって?分かった。じゃあそれも最大限だ」


 一度火のついた欲望というのはなかなか止まらないもので、自分でも必要ないだろこれというような能力――次元を斬るとか心を斬るとかマグロを一瞬で三枚おろしにできるだとか――でさえ、どんどんと付与されていく。


「あの、もう限界に近づいています」

「耐えろ……ああそうだ、あのトラックも斬れるようにしろ」


 いつの間にか女神への恐怖というものは消え去っていた。

 そんなことより能力マシマシ剣を造るほうが楽しい。


 異世界だ、転生だ、とわけのわからんことを言うから少し悩んだが、

 こんな剣が造れるのなら最高だ。いいな異世界転生。


「はい。ですがこれ以上は不可です。スペックが所持可能武器の限界を超えます」

「だったら代償をもっと重くしろ。持てば5秒で死ぬとかあるだろ」

「不可です。あなたという転生者だけでも存在が重いのです。これほどの存在量を有する武器と転生者を同時に送るなど、どうあがいてもできません」


 なるほど。道理は通っている。

 だが、無理がとおる余地はまだ残されている。


 俺には、この問題を解決する素晴らしいアイデアがあった。


「なるほど……よし、なら

「ステューピッド????」

「剣か俺かの二択なら、まとめてしまえばいいだろう」


 女神が唖然とした顔で俺のほうを見ていた。

 はじめてみる表情だ。

 神仏でもこんな顔をするらしい。


「あなた、剣を振るのが好きな人間では?振れなくなりますよ?」


 確かにそうだ。

 俺は無心有陰流最後の伝承者。

 ここで、俺が剣になれば技を伝える者はいなくなる。


「だが、ここまで来て諦めるというのも無心有陰流の名が廃るし」

「ダウト。ただの剣オタクだと検索にヒットしました」


 まぁそれも間違いではないので否定はしないでおく。

 

「あれだけ○○流がどうのと言っておいて、最後は剣を選ぶんですね」

「うむ……改めて考えるとやはり悩むな。お前のいうことは確かに一理ある」

「たったの一理しかないとは思いませんでした」


 流派と、俺の欲望。

 それを天秤にかけてどちらかを選ぶなんて酷すぎる。

 しかも俺は、もうほとんど欲望を優先する気になっている。


 ということは、答えはひとつ。


 さよなら無心有陰流……。



 いや……待てよ。本当にそうか?

 俺の技を伝える方法はまだ残っているんじゃないか?


 すかさず女神が俺の頭をはたいた。


「ノー。やめてください。わたしは絶対に習いません」

「お前じゃない。俺を持った奴に教えるんだ」


 そう。俺を手にするであろう者を伝承者にすればいいのだ。


「喋りかける力を追加で」

「代償が足りません」

「なにか適当にないか。呪われた感じでも構わんから」

「では、真の勇者にしか使うことができない剣ということで」


 それはいい。雑魚除けにもなる。

 折角、最強の剣になるのだ。

 しょうもない奴に持たれては敵わないからな。

 

「はぁ。ではそろそろ行きましょう、魔剣太郎さん」


 女神は憐れみと蔑みの混じった表情で左手を掲げた。


「ここまで狂った勇者はなかなかいませんよ」

「俺という名の無双剣が振るわれるのを楽しみにしておけ」

「ノー。寂しく朽ち果てることを祈っています」


 左手がぱちんと鳴ると、空中に小さな穴ができる。

 その先には緑豊かな大地が見えた。


 穴はぐんぐんと地面に迫り、そのまま滑るように森を進む。

 なんだ全然滅びそうになってないじゃないか。


 幾匹もの凶悪そうな動物のそばを飛び去って、

 穴はようやく、ひとつの洞窟のまえで止まった。


 そこには、おあつらえ向きの大きな岩があった。 


「良い演出だな」俺は言った。

「検索にヒットしたので」

「ではまた会おう、女神」

「ノー。気持ち悪いので結構です」


 そう言うと、女神は俺の身体を穴の外へと蹴りだした。

 新しい世界に出た瞬間に、俺の姿は一振りの日本刀となる。

 そして、そのまま、深々と岩に突き刺さった。


「あ、忘れないでください。あなたの使命はその世界を救うことです。必ず、たとえ何百万年かかろうともその世界の勇者になってくださいね」 

「俺を抜ける奴が現れるのを楽しみに待っていろ」

「あなたを抜けるほどの勇者なら……たしかに世界を救えるかもしれませんね」


 まぁ簡単に抜けないことを祈っておこう。

 俺は剣のなかでほくそえむ。


 さて、どんな奴が俺を抜いてくれるのだろうか。

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