転生トラックは止まれない!! 2



 5時間経っても俺は中型トラックをまともに動かせないでいた。

 

 女神によれば、トラックを操るためには特別な資格というものが必要で、それは俗にMT免許と呼ばれているらしい。だが、俺のような生まれながらにATの資格しか持たない者でも、努力次第でMTを解禁できるらしい……。


 ってなんの話だよこれ。

 努力次第でなんとかなる話じゃないわ。

 そもそも普通自動車免許で7トントラックは扱えんわ。


「大丈夫ですよ、轢くのは深夜なのでまずバレません」

「いやそういう問題じゃねーんだわぁ!」

「オーケー。どういう問題があるのでしょうか?」

「いや、転生者確保のためにトラック走らせるとか頭おかしいでしょ……」


 そう、そもそも免許がどうのこうのという話ではない。

 転生トラックの運転手なんてやりたいわけがない。

 制服まで用意されてたんだが、どんだけ用意周到なんだ。

 

 というか俺を轢いたトラックもこいつの差し金なんじゃないの。


「イエス。あなたを轢く際に車両操作を誤り、左に横転。爆発炎上しました」

「え、え、え。それ認めちゃうんすか、それ言っちゃうんすかぁ!」

「テンションをお下げください。これも世界を救うためなのですから……」

「いや到底納得いかないんだが?」


 女神は悲しそうな顔で舌打ちすると、右手を真横にすっと伸ばした。

 すると、そこに真っ黒な穴のようなものが生み出される。


 ほんのかすかな風。いや、腐臭だ。

 明らかに禍々しい場所に通じる穴だと分かる。


 女神がにこりと微笑んだ。


「では私が知るなかで最も楽しい異世界に転生しましょう?」

「はい? そこで脅迫しちゃうの?」

「異世界転生をお望みなら叶えて差し上げたいと」


 あいやー。あの世界はマジやべぇとこだよ。

 あれと比べたら転生トラックのほうがまだ可愛い感じがするよ。


「マニュアル車の運転方法……教えてもらってもいいかな!」

「イエス。その向上心に感激です!」


 穴が音もなく閉じた。





「そこでクラッチを離してください!!!!!」

「うおおおおおお!!」


 俺はあれからぶっ通しで中型トラックの練習に励んだ。


 幸いなことに、この白い部屋には障害物も果てもない。事故を起こすこともなければ、交通ルールを守る必要もなかった。要求されるのはひとつだけ。


 どうやって暴走するか、の訓練だけだ。


「胸糞わりぃ……」

「なにか仰いましたか?」

「いや別に何も。緊張してただけだ」


 作務衣に着替えた女神は、乳のような何かを俺に押し付けた。

 抱きついてきたのだ。


「安心してください。試験はきっとうまくいきます」

「……任せとけ!」


 試験官はお前だろ、という言葉を飲み込んで、俺は目いっぱい微笑んだ。



 トラックに乗るとまず、シート位置とミラー位置を調節する。

 視界が乗用車とまったく異なるので、これが何よりも重要だと言ってもいい。


 それから、ギアをニュートラルに入れてクラッチペダルを踏みこむ。

 これでエンジンがかかる。


 ギアを1番に入れ、アクセルペダルを撫でるように踏みながら、ほんの少しずつクラッチを離していく。このタイミングが重要だ。ここで俺は何度もつまづいた。ATならガコガコン!で終わりなのに、この面倒くささはなんなんだ。

 

 というか転生トラックじゃなくて乗用車じゃダメなのか。


「余計なことを考えるな!」


 教官からハープのような声で叱責が飛ぶ。

 いや、心読んでんじゃねぇぞ。

 クソ、クソ、いやなんでもないです。

 

「半クラからゆっくり離して前進、走り出したら前方確認……」


 幸いにもトラックは動き始めた。

 教官がサムズアップで合格の合図を出す。


 よし、次はシフトチェンジと右左折、停車だけだ……。


「あ、もう停めていいですよー」

「へぁ?! まだシフトチェンジさえしてませんけど?!」

「いらないでしょう。そんなもの」


 女神は腕の一振りで中型トラックを部屋から消し去った。

 俺はそのまま、運転席から投げ出される。


「ちょっと待ってくれ! これじゃ真っすぐしか走れないだろ!」

「ノープロブレム。対象の20メートル手前に出現させます」

「おいおい、待てよ、まさか前の運転手も同じように見切り発車したのか」

「イエス。語弊のおおい語彙ですが、おおむねそのとおりです」


 なるほど。


 てことは、こいつの運転教習で満足したら、俺も前任者のように爆発炎上する可能性があるってことだ。いやそんなの流石に馬鹿すぎる。絶対に嫌すぎる。


「おい女神。俺に一週間くれ」

「ノー。わたしは待てない性分です」

「また俺が死んだら、この教習をまた繰り返すことになるかもしれないぞ。次の奴は、俺よりももっと物覚えが悪いかもしれん。それでもいいのか?」


 女神はしばらく黙り込んだあと、最高の笑顔で指を鳴らした。


「ファック」


 目の前に中型トラックが出現した。

 俺は清々しく、それに乗り込むと、エンジンをかけた。


 というか、AT車のトラックくらい用意できないのかよ馬鹿。





「いよいよ、初陣ですね」

「あぁ」


 その日、といっても正確な時間感覚はないが、女神は俺に封筒を手渡した。

 これが今回の転生対象者で、俺が轢き殺す相手だ。


 俺はびびりながら封筒の中身を開いた。

 さぁ不運な犠牲者は……?


「対象はこの2人です」

「ばっ!お前、これまだ高校生じゃねーか!!」

「ノープロブレム」

「じゃねぇよ!もっと夢も希望もない中年プログラマー狙えよ!」


 いやそんな自虐はやめとこう。


 にしても、これは流石になさすぎた。


 轢くにしてもどうせ、俺と同じような独り身の童貞野郎だとばかり思いこんでいた。だが違う。女神に見せられた紙に書かれていたのは、まだ17歳の少年少女。カップルだ。まだこれから夢も希望もある青春ただ中の若者たちだ。


 これは、できない。

 たとえ転生するとしても、轢くなんてできるわけがない。


「多様性が必要なのです。色んな人材を送り込まなければ、世界は救えません」

「世界世界って、そんなに大事な世界かよ」


 俺はおもわずそう言った。


 その瞬間、いままで笑顔しか向けなかった女神が、急に真顔になった。

 その瞳は、きっとはじめてこの俺を見ていて、そして冷えている。


 ゴミクズを見るような眼。

 いつ殺してもなんの後悔もしない眼だ。


「……あなた、ラースターシュへ行きますか?」

「は? いや行かないけど」

「ラースターシュは楽しい場所ですよ、行きますか?」

 

 それがどんな場所かはしらないが、声色が俺を震えさせた。

 ハープじゃない。まるで機械のような声。

 聴いているだけで死んでしまいそうな、そんな冷たい声だった。


「どうしますか、


 それは俺のハンドルネームだ。

 こいつはきっと、なんでも知っている。


「さぁ冒険をはじめましょう。ようこそ、ラースターシュへ」


 今すぐにでも指を鳴らす、と。

 女神は左指を組んだ。

 額から一気に汗が噴き出た。


 そうだった、こいつは俺をどうとでもできるんだ。


「……分かった。納得した。お前の言うとおり、多様性は大切だ」

「それは朗報です。では始めましょう」


 何を考えても無駄だ。

 女神には命を握られていて、あるいは死ぬ以上のことも握られていて、

 そして、考えすら読まれている。

 


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