転生トラックは止まれない!! 3



 満足げに笑う女神はうきうきとした様子だった。


「では対象の20m手前に送り込みますね」

「ま、待て。100m手前にしよう」


 俺はとっさにそう言った。

 特に深い考えはなかったが、なんとなくヤバい気がしたのだ。


「何故ですか?」冷えた声で女神が訊いた。

「20mだと関係ないやつを巻き込む可能性がある」

「ありえません。私が時空間探査を行ったうえで選定したタイミングです」

「だが絶対はない。もしも巻き込んだらどうなる。お前はただの殺人者だぞ」


 口に出すにつれて、しっくりとくる言葉に仕上がった。

 女神はしばらく考えたのち、納得したように頷いた。


「直接轢くのはあなたなので、わたしには関係のない話です……が、オーケー。いいでしょう。100m手前からの襲撃を許可します。検索実行、ヒット、確定」


「一分後にゲートを開きます。ご準備を」

「任せとけ」

「えぇ。信じていますよ」


 俺はトラックに乗り込むと、身体に染み付いたかのような動きで、いや本当は若干もたつきながらエンジンをかけた。アクセルを踏みながらクラッチを離すと、車体が唸りながら走り出す。音にも異常はない。エンストはない。


 走り出してすぐさま、前方にゲートが現れた。

 とても大きいゲートだ。

 その先には現実世界の道路と街並みが見える。


 そして100m先に、豆粒のような二人の高校生。

 いける。いきたくないが、いける。


 ぐんぐんとスピードをあげるトラック。あの二人が近づいたらハンドルを切ればいい。そうしたら恐怖を感じる暇もなく即死だ。そして、転生案件になる。


 転生は死じゃない。

 第二の人生のはじまりだ。 


 恐れることも悲しむこともなにもない。

 夢のような世界にチートを持って旅立てるなんて最高じゃないか。


 そこまで考えて、俺は、頬が引きつっているのに気付いた。


 クソ。


 なにが第二の人生だ。

 この俺が今まさに送っているこれのどこが最高なんだ。


 そもそも、あいつらの家族はどうなる。

 クラスメイトは。それにあいつら自身は。


 転生なんて欺瞞だ。死ぬことには変わりない。

 ましてや望んでもないやつにとっては、死よりもなおひどいかもしれない。


 誰もが俺と同じように異世界転生を望むわけじゃない。この世界に不満なんてなくて、この世界でちゃんと生きていきたいとおもう奴だっているんだ。それを他の世界を救うためだといって、無理矢理、奪い取るなんて、そんなのは、


「間違ってる……」

「怖気づきましたか?」


 ハープのような声。


 ゾッとして横を見ると助手席に女神が座っている。

 ふざけた作務衣姿だが、その瞳は笑っていない。


 なんてやつだ。

 俺のことなんて全然信用してないじゃないか。


「こちらに顕現するのはとても疲れるので避けているのですが、初陣くらいは見守っていてあげた方がいいのかと。あなたの教官としても心配ですからね」

「それは……どうも……こんちくしょう……」


 いよいよトラックは二人に迫っていた。

 俺の眼にもその姿がはっきりと見える。


 異変を感じた少年が、足を止めて振り返った。

 その驚愕に歪んだ顔。


 意外にも少女は冷静で、少年を突き飛ばして救おうとする。

 しかし、このトラックならまだ轢ける位置だ。


 俺は、なぜか、ほんの少しだけハンドルを動かした。

 そうすることで、二人の姿を正面に捉えられる。

 確実に、即死させられる。


「いいですよ……そのままです、そのまま走ってください……」

「う、うあ、うあああ、うあああああ」


 俺の喉から声にならない叫びが上がる。

 こんなはずじゃなかった。

 俺の異世界転生は、こんなはずじゃなかったのに。


 少女と少年の、呆然とした瞳が俺を見る。

 俺と、目が合って、


 そして、


 俺はすかさずハンドルを切っていた。

 


 車体が傾くように思い切り回転させる。スピードのついた車体は、助手席側を下にして、ぐるんとうねり、そして横転した。金属とアスファルトの擦れる轟音のなかで、助手席が女神もろともぺしゃんこになるのが見えた。





 車体から這い出す。

 めちゃくちゃな事故現場だが、奇跡的に爆発はしていない。

 

 一匹だけ。

 俺がハンドルを切った先にいた猫が轢かれて死んでいた。


「ごめんな……」俺は呟いた。


 だが、あの高校生の命を救うので必死だったんだ。

 あのクソ女神を殺すので必死だったんだ。

 だから、許してほしい。


 俺はぼろぼろになった身体を引きずりながら、路肩に倒れこむと、血だらけの全身を眺めた。ひどい有様だ。だが子どもを轢き殺す痛みに比べれば、たぶん大したことはない。誰だって望んでそんなことはしない。この俺だって。


 これから俺はどうなるのだろう。

 免許停止? 危険運転? 逮捕されるのは確実だろう。

 だがそれでいい。どうせ死んでいた身なのだ。


 救急車とパトカーのサイレンの音が、ゆっくりと近づいてきた。

 さてさて、一体何から話せば信じてもらえるだろうか。



 〇



 パトカーのサイレンの音が鳴っている。

 ずっと鳴っている。

 

 ふぁんふぁんふぁん。

 確かサイレン音はドップラー効果で変わっていくのだ。

 だからきっとこの音は、どこかで、ふぉんふぉんになって、


 あるいはふぃんふぃん、になって。


 その瞬間はもうずっと来ない。

 サイレンの音は、ある瞬間からまったく近づいてこなくなった。


 代わりに、ハープのような声が聞こえた。


「イレギュラー。まぁ構いませんかこれくらい」

「クソ……クソ、やっぱり死なねぇかよ」


 女神は死んだ猫を見ながらニコリと微笑む。


「では仕切り直してどうぞ」


 女神が指を鳴らす。

 トラックが現れる。


 俺はなぜか乗っている。


「はぁこうなるんですよね、結局」

「やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろ」

「あなたが生きていたのは僥倖でした」


 前方に再びゲートが開く。

 トラックは操作してもいないのに勝手に動き出す。

 ブレーキは効かない、ハンドルも動かない。


「ダイナミック自殺はもうさせませんよー」

「クソ、クソ、クソ女神止めやがれぇぇぇぇえぇ!!」

「ノー。わたしにも止められません」

 

 ゲートの出口には先ほどの高校生二人。

 その呆けたような顔が、俺の記憶に焼き付いて、



 トラックは、結んだその手のまんなかへ。


 

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                    転生パターン01 紅重浩平の場合。

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