第一章 ようこそ異世界へ
転生パターン01 紅重浩平の場合。
転生トラックは止まれない!! 1
俺は紅重浩平。
なんの取り柄もないサラリーマンだ。
プログラマーとして仕事についたものの、よくあるようにそこはブラック企業で、社畜として十数年間働いてきた。金もなく、イケメンでもないので、恋人はもうずっといない。というか三十をとうに過ぎてまだ童貞だった。
正直、趣味のパソコンゲームができればなんでもいいし、お金がないといっても死ぬほどじゃない。精々、新作のVRゲームを買うのを諦めるくらい。
悩みはあるようでない。
「紅重くん、今日も飲みに来ないの!?」
「すいません、またちょっと用事があって」
「えぇー!!なんの用事だよー!?」
上司からのお誘いだ。
用事なんてないが、俺は断り続けている。ただでさえ金がないのに、飲みになんて行けるもんか。大体、俺は酒が好きじゃないし、ああいう場はたいてい、そこにいない誰かの愚痴大会になって終わる。たとえば俺とか。
「あいつノリ悪くねー?」
「あいつプライベートマジわかんねー!」
オッケーオッケー。
その気持ちはよくわかる。
でも俺は言いたい。
じゃあ、正直に言えばお前ら納得するのか!?と。
「すみません、先輩との飲みとか気を使うので……!!」
「ああそうなんだ!」
「すみません、今日は新作MMOのオープンベータが……!!」
「あー……そうなんだ!」
「ていうか、僕の趣味って5年前に終わったゲームなんですよね、ストラガルドオンライン(通称SGO)って知ってます?当時としてはすごく画期的な全没入型VRで、モーションの滑らかさとグラのレベルではVRの時代を5年は進めたと言われた神ゲーだったんですよ、でもVRハック事件と運営のクソ対応のせいで下火になっちゃって、そのうえ、神ヒロインがアプデで改悪されたもんだからもう公式のアカウントは爆発炎上っていうか爆発四散したんですよね、運営会社も。僕はデータをオフに移行して、有志がやってるローカル鯖でほそぼそやってる感じなんですけど、まぁそこも過疎気味っていうか、僕しかいないっていうか……!!」
「あー…あー…あー…!!!!」
まぁつまりそういうこと、(社会人オタクは隠れて暮らすのが正)である。
とはいえ、週末と給料日はいいものだ。
社会人はクソだが、金と休みがあるのはまだ恵まれている。
突然の仕様変更で金曜最後の終電を逃した俺は、一時すぎにようやく会社を出た。明日からは週末で、ゲームし放題。
いや大嘘だ。
もう今日からゲーム三昧だ。
なんだか得した気分になるぜ。
フッフゥー!!
よろこびと言葉にならない悲しみに空を見上げると、綺麗な月が出ていた。
満月。それも少しだけ赤い。
こういうときアニメとかなら何かが起こるもんだけど、現実では何もない。
恋人もいないので、「月がきれいですね」とか言う相手もいない。
そんなことより、振り込まれていない残業代のほうが大切だ。
転職を考えながら歩いていると、唐突に背後からビームライトが迫ってきた。
やけに明るい、やけに近い。
振り返るとそこにはトラック。
やべぇこれは近すぎる。
運転手は……まぶしくて見えない。
もしかして、死んでるんじゃないのか。
案の定、トラックの勢いは止まらない。
「ちょちょちょちょちょちょちょちょちょっ!!!」
走ればまだ間に合う!
ここで俺が死ぬわけには!!
……いや無理だなこれ。
つか俺が死んでも特になんもねぇわ。
俺は踵を返して走ったが、逃げられるはずもなく。
ちーん。紅重浩平、享年35歳。
死因は全身打撲によるショック死。
まさかこんな死に方するなんて、なぁ……。
でもまぁ、こういうのってテンプレだと異世界転生できんだよな……。
できるといいな、良い世界に……。
なーんて。
俺はうすれゆく意識のなかで、最後に、爆発炎上するトラックを見た。
〇
がさごそとまさぐる音だけがその部屋に響く。
ここにいるのは俺と、彼女だけだ。
俺がバカみたいに惚けていると、その形のいい唇から声が漏れた。
まるで天上のハープのような美しい声で、彼女は言った。
「普通自動車免許アリ……ただしAT限定。うーん心もとないですね」
「あの、煽るのやめてもらっていいっすか?!」
俺はおもわず、目の前の銀髪超絶美女に話しかけていた。
美女はたわわな胸らしきうごめく何かを揺らして、大げさに顔をあげた。
「オーケー。そのつもりはありませんでしたが」
「てか持ち物を勝手に見るのもやめて欲しいっす……」
「ノー。私があなたをここに連れてきたのです、見る権利はありますよね?」
あるか?
ないと思うんだが、美人過ぎておっけーしそうな自分が怖い。
俺はなんとか誘惑に耐えて、返事をした。
「いやー……ないと思うんすけど……」
「オーケー。でもあなたに拒否権はありませんね?」
「まぁ……命救われたってことなら」
すると美女は耳まで裂けるような笑顔で嬉しそうに笑った。
「ノー。あなたはもう死んでいます。なのでその命はわたしのものになったのです。それゆえに拒否権はないのです」
おぅふ。
天上のハープは、なんだかかなり強気な会話を嗜むらしかった。
〇
よしおっけー、仕切り直そう。
目が覚めた俺が最初に見たのは、真っ白な天井だった。
どこだここ! 知らない天井だ!
周囲には調度品ひとつなく、俺が身に着けていたものが雑多に散乱しているだけ。俺の身体にはご丁寧に麻みたいな服が着せられていた。
ここ、やっぱりどこだ。
なんて言いながらある程度は勘付いている。
これはあれだ。
いわゆる転生案件だ。
そう思った瞬間に、白い部屋に溶け込むようにして俺の所持品を漁っている女の姿が目に入った。すらりとした長身に、流れるような白銀の髪、そして陶器のような白い肌。俺とは違って、絹のようなドレスをまとっている。
彼女は財布から一枚のカードを抜き取ると、それをながめ始めた。
その真剣そのものの表情は、冷ややかだがとても美しい。
まるでこの世のものとは思えないような……
ってこれ女神だ!
たぶん転生担当女神だ!
俺は勘がいいのですぐにそう勘付いた。
だが女神はあまりにも美しすぎた。
俺の視線は釘付けにされ、話しかけることもできない。
いや……これもうなんか夢かも分からんな。
と、思っていたら、女神が唐突に言葉を呟いた。
しかもそれがよりにもよってAT限定。
俺のコンプレックスを煽りやがって!
テンションが上がっていた俺は、戸惑いからか、
思わず女神に話しかけてしまう……。
というのが、ここまでのあらすじだ。
「えーと、じゃあ俺はやっぱり死んだんですか」
「イエス。分かり切った会話。知能レベルは普通やや低めですね」
イラッ。
いちいち煽ってくるなこいつ。
イエスじゃねぇよ、意識高系ビジネスマンかよ。
「もしかして、あのトラックが転生トラックってやつですか」
「イエス!!あなたはとても物分かりがいいですね!!」
イライラッ。
「じゃあ俺は別世界に転生するってわけですか?」
「おやおや、悲しいですか?」
「いやそうでも。家族も早逝したので」
「思い残したことはないですか?」
「積みゲーの消化とゲームのデータと新作ゲームの発売くらい」
と言いながら、俺は密かに思っていた。
いやこれ、俺のやってたゲームの世界に転生するパターンじゃね?……と。
だったら正直大歓迎だった。
世間一般がなんと言おうと、ストラガルドオンラインは俺の聖地。
改悪ヒロインですら愛せる俺には、ゲーム世界など怖くはない。
できることなら、今のデータをそのまま引き継ぎたいな。
それくらいが俺のささやかな望みだった。
「どんな世界に転生するんですか」
俺は期待を隠しながら聞いた。
「ノー。あなたは新しい職に就きます」
「あの俺、ストラガルドオンラインの世界に行きたいんすけど」
女神はそれを聞くと悲しそうに首を横に振った。
「あなたには私から直々に仕事を差し上げますから」
そういうと女神は、にこりと笑って指を鳴らした。
パチン。気の抜けた音とともに、ひとつの物体が白い部屋に現れる。
「選択肢は他にありません」
「あー…あー…あー…これそういう……」
俺は口をあんぐりと開けたまま、何も言えなかった。
なぜなら目の前には、俺を轢いた中型トラックがあったからだ。
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