転生パターン02 阿山亮平の場合。
いつか勇者の前日譚 1
勇者アレン……聞こえますか……勇者アレン……
俺はその声でようやく目覚めた。
周囲には人だかりができていて、みんながこちらを指差している。
なんだ、どうして俺はこんなところで倒れているんだ。
俺を囲んでいるのは同年代の少年たちがほとんどで、みな一様に嘲笑うかのような笑みを浮かべている。俺はそのにやついた笑みで、自分になにが起こったのかをようやく思い出した。
ここは教会。
俺はここで適正検査を受けに来て、そしてぶっ倒れたんだ。
「なぁ、お前マジでノースキルなんだな」
「道理で剣も上達しないんだな。あわれなやつ~」
ノースキル。
「そんな、うそだろ」思わず呟いていた。
もういじめっ子どもの声も耳に入らない。
俺はステータスウィンドウを開いた。
ノースキルなんてそんなのありえない。
今までそんな奴は聞いたこともない。
女神さま、女神さま、
どうか嘘だと言ってくれ。
俺は信じられない気持ちでスキル欄を見た。
だがそこにはやはり、一文字も書かれていなかった。
〇
「隣街出身の勇者ったらもう魔王に挑んでるらしいよ」
そう言ったのは幼馴染のリナだった。
生まれたときから今までずっと一緒の腐れ縁。とびぬけた美人ではないが、それなりに可愛くて、でもお互いに好きだと思ったことは多分ない、くらいの関係。
治癒魔法スキルを活かして施療院で働いているせいか、リナは街の外の情報をたくさん知っていた。隣街の勇者の話も、聞き飽きるほど聞かされた。
「勇者ね……それで魔王を倒せたことあるの」俺はぼんやりと答える。
「ないけど。前線が20歩ほど進んだらしいよ」
「ふぅん。興味ないな」
20歩のために何人が死んだかを考えるとアホらしい気持ちになる。
「アレンは戦争に行かないの?」
「行かない。俺はどうせスキルないし」
あれから5年が経ち、俺は何の能力もないまま親の仕事を手伝っていた。
戦闘職も支援職も、強いスキル持ちはみな、何らかの形で戦争に参加する時代。きっと道ゆく子どもやおばあちゃんですら、魔法やら剣やらを使うことができる。だがスキルがなければ、武器をまともに振るうことさえできない。
剣も、魔法も、俺には許されないモノだった。
「でもアレンは計算が得意だし、文字も読めるじゃない。アレンのお母さんとお父さんも驚いてたよ。あの子はなんでもできる子だって」
「黙れよ。俺がなんて呼ばれてるか知ってるだろ」
「女神様から指名を受けた最弱の勇者アレン……またの名を内職勇者」
リナが笑いをこらえながら言った。
俺も思わず笑ってしまう。
「いいんだよ俺はこれで」
「ならもう言わない。でも気を付けてね。魔王の軍は色んなところから攻めてくるって聞いたから。前線から離れたここだって安全とは限らないんだよ」
「分かった。リナ、お前も気をつけろよ」
彼女はこくりと頷くと、なぜか悲しそうに笑った。
その手がすこしだけ、何かをしたそうに動いて、そして落ちた。
俺はもちろん、その手を取らなかった。
〇
リナが討伐隊のメンバーに選ばれたと知ったのは数日後だった。
ふざけるな。
治癒スキルのために、リナを無理やり連れて行ったのだとしたら、
俺は絶対に勇者たちを許さない。
そう思って馬を飛ばしたが、そのときにはすでに討伐隊は魔王城に向かってしまっていた。ノースキルの俺に、彼女を追いかける手段はない。いや、そもそも、助ける手段だってなかった。俺が追いついても何もできなかっただろう。
無力。無意味。
町に戻った俺は、リナのことを忘れて毎日を暮らした。
しばらくして隣町の勇者が討ち死にしたという知らせがきた。
討伐隊は行方不明。全滅したという話もあった。
だがリナの安否を確かめる手段もまた、俺にはなかった。
「アレン……心配か」
父さんがぼそりと言った。
「俺にできることは何もないから」俺はそう答える。
「剣と馬ならある。もしも行くなら止めはしない」
「それで俺が死んでも誰も喜ばないだろ」
そんな無駄死にで誰も喜んだりはしない。
ただ悲しくなるだけだ。
「私は、お前が死ぬとは思ってない。お前は勇者だ。隣街の坊主はそう呼ばれていただけで、女神様から勇者と呼ばれたのはお前だけだ。私は今でも心のどこかで、それを信じている。お前にはきっと、なにか隠された力があるのだとな」
父さんは静かに俺の肩に手をおいた。
父さんがスキルのない俺を、それでも勇者だと思ってくれるのはうれしかった。だがそれでも、父さんの言葉に甘えるわけにはいかなかった。俺にはこの街で家族の生活を守る役目がある。感情だけで動くわけにはいかない。
そのうち、リナの死が街中で話題になるにつれ、その敵討ちをしようという機運は高まりはじめ、普段は弱いモンスターしか狩っていない連中でさえ、魔王討伐に意欲を燃やし始めた。かつて俺を笑った奴らが、真剣な目で街を出ていった。
もちろんそいつらは帰ってこず、ノースキルの俺だけが生き残った。
俺は剣を手に取ることさえせずに、ただ黙々と帳簿に向かうだけだった。
〇
ある日、戦場から俺のもとに手紙が届いた。
それは死んだはずのリナからのもので、俺は激しく取り乱した。
ぽろぽろと涙があふれて、しばらく文面が読めなかった。
「大好きなアレンへ」
「前線の砦で今これを書いています。勝てるか負けるかはまだ分かりません。だけどもし勝てたら、街に帰ってアレンに色んな話をしたいです。一緒にご飯を食べて、バカみたいな話をして、いつもみたいに笑って欲しい。もし負けたらなんて、そんなことは考えません。勝って、ぜっったいに帰ってくるから、待っててね」
絶対に。絶対に帰ってくるとリナはそう思っていた。
「でもほんとはちょっとだけ怖いです。戦いに行くつもりなんてなかったのになぁ。本当はアレンとずっと、一緒にいたかったのになぁ。アレンがここにいてくれたら心強いのになぁ、なんちゃって。なんちゃって。言ってみただけだよ」
本当の気持ちはずっと見えてなくて、俺は手を離した。
リナの手をあのとき掴むことができなかった。
「どうしても書かないといけないことがあります。本当は書いてはいけないことですが、実は、前線はもうずっと押されています。押しとどめているというのは嘘です。私たちが負ければ、きっとそう遠くないうちに前線はくずれてしまいます」
もしかするとリナはそのことをずっと前から知っていたのかもしれない。
兵士たちの傷を見れば、前線でなにが起きているかはすぐに分かる。
負けていることも知っていたに違いない。
それでも、いや、だからこそ、
リナは討伐隊についていったのだ。
あのときリナがどれだけの覚悟で俺の前に立っていたか。
それを、知らないというただそれだけのことで、
俺はリナを、あいつを、たった一人で行かせてしまった。
「お願いです。お父さんとお母さんたちを連れて、早いうちに街を出てください。王都までいけばしばらくは持ちこたえられると思います。その時間は、私たちが稼ぐから、アレンは、みんなは、私が帰る場所を残していてください」
だがもうリナは帰ってはこない。
「愛しています、アレン、とみんな。 」
手紙はもちろんずっと前に出されたものだった。
リナの言ったとおり、魔王の軍勢は一月のうちに俺たちの街へ攻め入った。
二人の父さんや母さんは避難させたが、ほとんどの街の住民は、弱い俺の言葉を信じず、街の陥落とともに焼け死んだ。きっと埋葬さえされていない。王都からかすかに見える煙が、日ましに大きくなっていくのを見るたびにそう思った。
連中が通ったあとは焼け野原になるという。
生きた人間はたったの一人も残らないかもしれない。
俺が、そいつら相手にできることは、それでもやはりなかった。
俺は勇者にはなれない。
俺は、リナにはなれなかった。
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