17. 後輩
この隙に屋上までいってしまおうかとも思ったけれど、私の足は動かない。
「それより優一郎、あの子迷子みたいだから教室まで連れて行ってあげてよ。元生徒会長でしょ」
「うん?あの子って」
二人の視線がこちらへ向いた。びくりと体を震わせてしまうと、私の手はどうやら鍵を握りしめたままポケットから出ていたようで。——床へ落下していく。
「あっ」
私、すごくいっぱいいっぱいだ。こんなはずじゃ、なかったのにな。
銀色の鍵を拾おうとしゃがみ込むと背中が軋んだ。
「あれ、ゆう先輩と柚子先輩。何やってるんですか?」
鍵を拾い上げて、手の中の銀色を見つめる。この声は——
「爽詩じゃない!それはこっちの台詞だよ。あんたの教室は二階でしょ。ここ三階」
「爽詩、なんか久しぶりな気がする。元気だった?」
司波くん。え、どうして此処に?——あ、そうだ。屋上の、司波くんの鍵。
「わっ、ゆうせんぱっ、ちょっ、髪乱れる!」
優一郎先輩はどうやら司波くんと親しい関係なようで、髪をわしゃわしゃと撫でて嬉しそうに笑っていた。
優一郎先輩は笑うと顔がくしゃっとなるのが印象的だった。
「あ、ごめんね。あーでもそっか。爽詩が此処にいるってことは、そういうことかあ」
司波くんの髪から手を離して空中で両手を上げながら、優一郎先輩は私を一瞥した。さっきの笑顔とは違い、柔らかな表情をして微笑みながら。
「そういうことです」
司波くんも同じように私を見て、優一郎先輩の言葉に頷いたけれど柚子先輩は「え?どういうこと?」と怪訝な顔をしていた。
私もきっと柚子先輩と同じ表情をしているに違いない。私だってどういうことか全く、わからない。
「ほーら、柚子行くよ」
「ああ、うん。どうせ生徒会絡みってことで私には教えてくれないんでしょ」
「まあまあ。僕らはお邪魔だから。じゃあ爽詩、またね」
「はい、また」
優一郎先輩は諦めた表情に変わった柚子先輩の背中をポンポンっと押しながら教室の方へと歩いて行った。司波くんは二人に手を振ってから、私の方をゆっくりと見た。
「波川さん、お待たせ。遅くなってごめん」
「私の、名前……。」
司波くんが私の名前を呼んだ。そのことに呆気にとられた。てっきり彼は私のことなんて覚えていないと思っていたのに。
彼は小さな声で「あ、しまった」と漏らして片手で唇を隠した。それは、一体、どういう……。
「ごめん、迂闊だったな」
髪を触って片耳に髪をかけながら、司波くんは周りを鋭い目で見回した。そして安堵した顔をすると、私が躊躇した屋上への階段をいとも簡単に上って私を追い越した。
そして体を少し傾けて顔をこちらへ向けると「屋上に行って話そう」そう小さな声で言った。
生徒の声がだんだん遠くなっていく気がしていたら予鈴が、鳴った。
司波くんが私の前に手を出して、「鍵、もらってもいい?」とやっぱり小さな声で言った。
「予鈴……。」
「ごめん、屋上でちゃんと話すから」
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