16. 先輩




気づけば、ポケットの中の固さに触れていた。




 階段を一段上がっていくたびに体の中を駆け巡る、緊張。屋上へと続く階段は三年生の教室の近くで、しかも今は休み時間。先輩達ともう何度もすれ違っていた。



 三年生の教室が多くある三階まで到達して、足を止めた。本来なら立ち入り禁止の屋上へ続く階段。側から見ればその階段を上る私は可笑しな生徒だと思われるに違いない。だってみんな、屋上には鍵がかかっているって知っているし。

しかも三年生が多いフロアで屋上への階段を上るのは少し、怖い。でも。


 頭に浮かぶのはさっきの隣のクラスの、あの男の嫌な目と冷笑。



 私は屋上に行く、と心の中で呟いて顔を上げた。あのまま教室に戻っていたらあの男に侵食された嫌な気持ちから抜け出せなかった。いや、今も。

だから、屋上に、行きたくて。行ったら何かが変わりそうな気がして。

いつもと違う行動は、何かを見出してくれそうで。


そういう、確信のない期待だけれど、今の私にはきっと一番必要なものだった。



「ん?あれ、貴方どこに行くの?迷子?」



 後ろから聞こえた訝しげな声色に、捕まった。


ひゅっと息を勢いよく吸ってしまい、一瞬息を止めてしまうと、体も固まってしまった。


 さっき意を決して一歩を踏み出したばっかりなのに、こうやって私はいつも何かに引きとめられて上手くいかない。嫌だなあ、何でいつもこうなんだろ。



「えっと、あの、」



 私のばらけた掠れ声。情けないけど、声がちゃんと出ない。



振り返ると、三年生の女の先輩だった。


どうしよう、何て答えればいいんだろう。


私はいつの間にかポケットの中の鍵を握っていた。


 鍵のことを言っていいのか、それとも誤魔化した方がいいのか、わからない。だって鍵は司波くんのだから。どうしよう。周りに変な目で見られるのはわかっていたけど、まさか話しかけられるなんて思っていなかった。



柚子ゆずこ、おいて行かないでよー」



「あ、優一郎ゆういちろうやっと来た。とろとろしてるからだよ!」



 柚子と呼ばれたその先輩の横にゆっくりとしたペースで並んだ男子生徒。


上靴の色を見るとこの人もやっぱり三年生だった。

柚子先輩は腰に手を当てて頰を膨らまし、軽く優一郎先輩の肩を叩いていた。



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