15. 思案



 ただ、最後に見た洸真くんの表情が心なしか暗くなっていて、呆れているかのように小さな溜め息を吐き出していた。彼は女子たちがいる方向を見ていた。さっきまでの表情とは全く違うその表情が、少し気掛かりだった。



 校舎の中へ戻り自分のクラスへ戻ろうとしているのだけれど、何だか心に突っかかりを感じてポケットの中の鍵に触れる。人差し指の腹で鍵をなぞりながら、私はやっぱり洸真くんの最後の表情を思い出していた。



 彼らしい、その「らしい」も第一印象から得ただけの浅はかなものだけれど、洸真くんはあんな暗い表情をする前に言いたいことを言って、したいことができる人だと勝手に思っていた。だから私の中の、思い描いていた洸真くんらしくなかった。


つまりは私の認識が間違っていたってだけなんだけど、なんていうかやっぱり違和感がある。



彼はあの女子のことを考えて私をあの場所から移動させた。

あれは多分、告白みたいなもの。だと、思う。ああいう大人数で洸真くんに会いにくるのは、きっと多くあるんだろうな。そうじゃなきゃ、あんな表情はしない、はず。




「おっ、波川さんじゃん。また一人なの?」



 何となくぼんやりと周りを捉えていた目のピントが、ある男子に合う。すると、にいっと笑う唇が視界に入ってきて、喉の奥で悲鳴にならない悲鳴をあげた。 


考え事をしていた所為で、彼がいたことに気づけなかった。どうしよう。これは、不覚。



「……ちょっと急いでるので」



「え?なんて?」




 いつも私をからかってくる隣のクラスの中心的な男子。


大袈裟に耳を傾けて、蔑んだ目で私を見てくる。彼の顔なんて一瞬でも見たくなくて、すぐに逸らす。彼との距離を大きく開けて横を通り過ぎようとした。



「おっと。ちょっと冷たくない?俺、今デートに誘おうとしてるとこなんだけど」



「さっ、触らないで!」



 反射的だった。腕を勢いよく掴まれて体が過剰に反応し、払い除ける。

 彼の表情が、一変した。




「今週の土曜日、みどり公園のカフェ前に十一時集合」




「え?」



 湧き上がってくる怒りに顔を歪ませ、彼は舌打ちをして荒くそう言った。ぎゅうっと自分の手を握り、視線を逸らすことしかできない私への視線を感じた。



「破ったらどうなると思う?」そう言った彼の声はすでに落ち着いていて、静かな声の中に曲がった楽しさが含まれていた。




「じゃあ波川さん、またね」




 どうしよう、ていうかどういうことだろう。ああ、胃が、気持ち悪い。




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