14. 待ち合わせ





「あのさ、君が先にいたのに悪いんだけど、ここちょっと貸してくれねえ?」


「……え?」


 間抜けな声が出てしまった。予想外にも洸真くんが低姿勢だったから。またきついことを言われると思っていたし、あの鋭い目を向けられると思っていたのに。


「これから同じクラスの女子がここに来んだよ。呼び出されててさ。人がいないと思ってこの場所を指定したんだろうから、ちょっとこの場所貸してくんねえ?」


 洸真くんの目はあの時みたいに怖くなかった。妙に落ち着いて、でも少し緊張しているのか表情がほんの少しだけ固い。


「わかり、ました……。」


 ぼんやりとした声を出して私は頷いた。洸真くんと目が合うと今度は彼の方から目を逸らし、ぶっきらぼうに小さな声でお礼を言う。


 洸真くんのこの変わりようはなんだ、怖い。ていうかこの人、私にがんを飛ばしたこと、覚えてるのかな?いや、覚えてなさそう。

 早くここから立ち去ろうと立ち上がって、「あっ」と小さな声を漏らしてしまった。

 そうだ。鍵、洸真くんに渡しちゃえばいいんだ。


「あの、鍵、を」


「あ?何?」


 声が小さかったみたいで洸真くんのところまで届かなかったらしい。彼は眉間に皺を寄せて不機嫌そうに顔を歪めた。

うっ、と唇をきゅっと閉ざす。それでこそ、洸真くん、て感じだけどやっぱり怖い。


「鍵を!司波くんの鍵を拾ったので、洸真くんから返してくれませんか!」


「鍵?」


 あっ、しまった!

口を手で押さえるが時すでに遅し。月城兄弟のことを心の中では名前で呼んでいたけど本人の前で、しかもいきなり名前で呼んでしまった。

 言わないといけないという気持ちが強くて勢いよく言ってしまったせいで、きっとはっきりと聞こえているはず。

 恥ずかしさよりも、また何か言われるに違いないと胃のあたりにストレスがズンと重くのしかかってくる。気持ち悪い、どうしよう……。



「ああ、うん、鍵か。あーそういうことね。その鍵、どこのか知ってんの?」


「い、いえ。知りません」


 けれど私の心配を他所に、彼は私が名前で呼んだことなんて全く気にしていないようだった。

洸真くんは鍵、と聞くと腕を組んで含みのある笑みを浮かべ、私を見据えた。黒目勝ちで綺麗な目をしていた。


「屋上の鍵だ、それ」


「おく、じょう?」


「そう。行ってみれば。っと、やべえ、お前早く行けって」



 首を傾げながらポケットの中の鍵に触れた刹那、洸真くんの表情が一変し、早口になった。焦った様子で校舎の方を見つめている。何人かの女子の「大丈夫だよ」という声と「うん、大丈夫だよね」という声が聞こえてきた。


 あ、まずい。来ちゃう。

 私は慌てて物置小屋の茂みをかき分けて、学校の裏門の方へと抜けた。洸真くんに鍵を渡せず、屋上の鍵だと教えてくれたその意図もわからないままで。



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