13. 焦燥
つまりは、司波くんが一人でいる時を狙うしかなかった。大事であろう司波くんの鍵は私のブレザーのポケットの中。
でも、司波くんが一人になる時間なんて、なかった。篠原さんと別れて教室から出た後を追ったことだってある。けれど、司波くんはいつも誰かしらに話しかけられていた。彼はこんなにも人気者だったのだと、改めて痛感した。
司波くんを見ていて気づいたことがある。
彼は結構な頻度で篠原さんに会いにくる。会長よりもその頻度は多いように思えた。いつも優しくて柔らかい目をして、笑っている。でも、時折、微笑を浮かべているのに寂しそうな顔をする。
「じゃあまたね、楓」
人がいたって、落し物は届けられる。でも私は周りの目が怖くて、というか司波くんは優しい人だと思うのだけれど私にとってはやっぱり未知の人でちょっと怖い。気がする。
でも本当は少し話してみたい。気がする。
と、ここ最近までは思っていた。頑張って届けると意気込んでもいた。けれど、嫌がらせを受けていくたびに、その意気込みはだんだん小さくなっていき、今はもうちゃんと返せない自分が嫌だという気持ちを飛び越えて、鍵の存在を煩わしく感じるようになっていた。
もう、なんていうかどうでもいいや、と投げやりの気持ちが大きくなっていった。私は心がすり減っていくのを確かに感じていた。
足音がだんだん近づいてくる。
お昼ご飯をいつもの場所でちょうど食べ終わり、お弁当箱を片そうとしていた時だった。砂のざっとした荒い音と人の気配は確実にこちらへ向かっていて、私は一瞬固まり、痺れのような怖さが全身にブワッと広がってやっと、急いでお弁当箱を閉じてランチバックの中に入れようと手を動かした。
お昼休みにこんなところに来る人なんてそうそういないはずなのに。足音は一人。だからこそ、見つかったら気まずいし、こんなところでお弁当を食べているって知られたら絶対に何か思われそうで嫌だ。そもそも、人と、あまり関わりたくない。
——あ、駄目だ。間に合わない。
「はっ!?う、わっ、あ、っぶね」
その男子生徒は物置小屋へと向かっていたようだったが、私の気配を感じとったのかこちらへ目を向けて、派手に驚いた。
でも、私だって驚いた。だって、その男子生徒は——
「驚きすぎて躓いたじゃねえか。お前、気配なさすぎだろ。あーびっくりした」
私の苦手な、洸真くんだった。
彼は前屈みになって胸を押さえて息を吐いていた。その灰色の髪は暗く落ち着いた色で、あの髪を見てすぐに彼だとわかった。
洸真くんはうなじに触れながらこちらへ目を向ける。
あ、まずい、と呟いて私はすぐさま目を逸らした。
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