12. 罪悪感



 完全に、私の唇は固く閉じられた。


 司波くんが私へ視線を向けた気配を感じたが、私は洸真くんに睨まれたせいで身動きが取れないでいた。目が合ったまま、逸らすことさえ叶わない。眉間にすごい皺が寄ってるし、切れ長の大人っぽい凄艶さがある目が鋭く私を捉えていて、私は蛇に睨まれた蛙のようだった。



「洸真、なんで女子にガン飛ばしてんの」



 すかさず、司波くんが呆れた声で洸真くんに軽いチョップをくらわせた。目が、逸れた。



「いってえな!しょうがないだろ!あの女がすげえこっち見てくんだから!」



 す、すみません。と、私の口からその言葉は出ずに、心の中でどもってしまう始末。洸真くんて、怖い。

なんでこの人こんなに怖いの?噂では耳にしていたけれど、やっぱり不良だから?



「あれ、君は確か楓の友達の……。洸真に何か用かな?」



 司波くんは私の様子を窺うように、まるで子どもをあやすみたいな柔らかい声で訊いた。


「あっ、いえ、そういうわけじゃないです。すみません」



 私の唇は信じられないくらい軽く動いて、スラスラと当たり障りない中身のない薄っぺらい返事を並べた。


 嫌でもよくわかってしまった。

——司波くんは私の名前すら、もしかしたらさっきぶつかったのが私だってことさえわかっていないかもしれない、ということを。



「変な女。爽詩、早く行こうぜ。遅れる」


「ん?ああ、そうだった。あっ、洸真が変な態度とって、ごめん」



 顔が熱くて、私は俯きながら「いえ、大丈夫です」と消え入りそうな声を出すことしかできなかった。


 手の中に鍵のかたい感触があることに気づいたのは彼らが教室を出て少し経ち、チャイムが鳴ったその時で、私はその時にやっと顔を上げられたのだった。









 私は毎日が憂鬱で仕方なかった。


陰湿な嫌がらせは途切れず、続いていく。それは決まって篠原さんがいないところで行われていた。


物がなくなる、すれ違いざまの悪口、机への落書きがない代わりに教科書への酷い落書き。殴る蹴る、水をかけられるなどの身体への直接的な攻撃はなかった。


篠原さんに気づかれると思っているのだろう。うん、良かった。身体が痛いのも寒くなるのも嫌だし、むしろ、良かった。と、ひとつ、嫌がらせを見つけるたびに思うようにしていた。


 まだ私はマシな方だと、心の中で呟いた。


 けれど、嫌がらせが重なっていくたびに私は確かに蝕まれていっていた。


ひとつは小さな事柄でかすり傷程度だったのに、その傷は確実に大きくなっていく。それはふとした瞬間に、そう、例えば水を飲んだ瞬間とか、先生の唇が動き終わったその瞬間に、お腹の底から這い上がってくる。


もう辛いと、どうして私だけなの、と。その瞬間は日を追うごとに頻度が多くなっていた。



「楓、今日は瀬那と二人で帰る日だったっけ?」


「うん、そうだよ」


「そうだよな。じゃあ俺は洸真と先に帰ってる」



 私はずっと司波くんに鍵を渡す機会を伺っていた。



何度も声をかけようとしたし、鍵を渡すために司波くんを目で追うようになった。洸真くんや会長と一緒の時は話しかけづらい。私は彼らのことが苦手だから。


でも、篠原さんと一緒にいる時も話しかけづらい。私は篠原さんのことを拒否してしまったから。




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