9. 所作
クラスの中心になるような、司波くんみたいな人はそんなことなんて絶対に言わないと、思っていた。だって、学校生活が楽しいと思えるような人達はそんなこと、考えないものだと、そもそもその考え方自体、神様から与えられていないものなんじゃないかとさえ思っていた。
「爽詩くん、それは言い過ぎなんじゃないの?下に見ただけで虐めになるなんて、そしたらみんながみんな虐めをしてることになっちゃう。それに、誰かに蹴落とされるかもしれないっていう恐怖なら私も爽詩くんたちも同じ、なんじゃない……?」
中村さんの声は微かに震えていて、言葉の力は弱々しかった。自信がなくて口だけがパクパクと動いて、まるで心と声が切り離されているかのようだった。
けれど彼女の言っていることは紛れもなく大多数の意見だと、思った。司波くんの虐めの境界線はあまりにも簡単に超えてしまえるものだから。
司波くんは彼女の言葉にもその怯えた様子に対しても微動だにしなかった。静かに、感情が消えたみたいな顔をして息を吐き出していた。
「おはようございま、……って、何で司波がいるんだ?お前クラス違うだろ」
じりじりとした空気を破ったのは、担任の先生だった。
「……ああ、先生。すんません」
へらり、と司波くんは笑った。
黒板に書かれていた心無い言葉たちは篠原さんによって綺麗に消されていた。
「爽詩、」
先生が入ってきたことで緊張の糸が切れたように、将又、牽制が解かれたように、教室は話し声や椅子を引く音で満ち溢れた。
そんな中、私の意識は教室の真ん中——司波くんと篠原さんへ向けられていた。心配そうな顔をして司波くんのところまで行き、彼の片方の袖をぎゅっと握って見上げていた。
女子に嫌われる。それは、篠原さんの周りにいる男達だけの所為じゃない。そういう所作が女子に嫌われてしまう。
だって、あんなに女の子らしくて可愛いこと、みんながみんな出来るわけない。だから、羨ましいんだ。私だって羨ましい。だから、篠原さんのことを嫌いになっちゃう。
「なんでそんな顔すんの。ん?」
司波くんは篠原さんの左頬を右手で軽く掴んで、司波くんを想像するときっとみんな頭に浮かんでくる、いつもの笑顔を見せた。
「爽詩、楓に何してるんだ。早く教室戻れ」
「そう怒るなよ。ていうかお前も教室ここじゃないだろ」
司波くんは生徒会長と話しながら、篠原さんから離れた。それはとても自然で、けれど私はその自然すぎる離れ方に違和感を覚えた。きっと司波くんは今までも篠原さんと生徒会長に挟まれて、会長の独占欲に気を回していたのだろうと容易に想像がついた。
司波くんの袖を掴んでいた篠原さんの細い女の子らしい綺麗な手は、心許なく、下ろされた。
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