7. 恐怖




私は、きっと間違えた。どこかで、絶対的に。——そう、思うんだ。


 朝、下駄箱を開けると上履きが忽然と消えていた。おはよう、という声が私の周りで飛び交う中、私は中身のない箱の中をじいっと見つめていた。


 考えようとするのに、頭の中はぐるぐると言葉じゃ表せない感情でいっぱいで、まず考えるという行為そのものに時間がかかった。

 はじめに浮かんだこと。それはきっと、合っている。嫌なのに、きっとそれ以外はない。


ずん、と肩に重くのしかかって、立っているのがやっとだった。下駄箱に手をついて、何とか自分を支える。


「そんなところにずっと立ってられると邪魔なんですけどー」


 ツインテールが揺れて、それを辿ると中村さんの大きな目が、厚くて女らしい唇が、笑っていた。


 その瞬間、私はその場に座り込んだ。鳥肌が立って、急に体温が下がった気がした。胸の中は砂利を擦り付けられているようにざわざわと気持ち悪い。


 間違えた。どこで?でも、間違えた。どうしよう。


「波川さん?どうしたの、大丈夫?」


「ひっ」


 目の前で何かが揺れた、と思うと視界がクリアになり、私は小さな悲鳴を上げてしまった。手の平を広げ、私の目の前でゆらゆらと揺らしたのは篠原さんだった。


 少し屈み、心配そうな顔をしてこちらを見ている。


「楓、知り合い?」


 篠原さんが振り向くのと同時くらいに私は立ち上がった。生徒会長の声、近づいてくる足音。会いたくない。私は直接的に何かをされたりとか言われたわけではないけれど、会いたくない。


「あ、うん。同じクラスの——って、あれ?波川さん!?」


 乱暴に外履きを下駄箱に入れ、床の無情な冷たさを感じながら私はこの場から一刻も早く離れたくて走った。


 どうしよう。息が切れる。胸が熱い。靴下で走る廊下はするすると簡単に滑れて、でもそれに慣れていない私は何度も転びそうになって。その度に、全身がびりびり痺れて、喉が詰まった。


 そして私は自分の教室の前まで来て気づいた。スリッパを借りてくるのを忘れていた、と。私って馬鹿だな。上手くいかないな。


 荒い息がだんだん落ち着いてくる。その頃には、静かに諦めという感情が芽生え、私は支配された。もう身を任せた方が楽だ。そう、楽に、生きよう。



 教室に、入る。

 投げやり。スリッパなんてもういいや。そんなの気にしたってしょうがない。だって。


「波川さん、おはよー。待ってたよ」



 私は今日から、


「見て、これ、みんなで超頑張ったんだから」



 ——いじめられる。


 クラスの皆が私の反応を見ている。中村さんは明るい顔をして、笑っている。




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