6. 正しさ
そんな人が黒く沸々とした怒りを抑えられず露わにしているんだ。
だから今、私は、ものすごく、怖い。
いつもはお喋りがたえないクラスなのに今は誰も話そうとせず、静かだ。
「今週は美化週間。掃除には特に力を入れるようにお願いしますね」
ああ、なんていうか、もう帰りたい。帰ってあったかい布団にダイブしてそのまま眠ってしまいたい。
「……瀬那、」
おずおずと篠原さんが会長の名前を呼ぶと、会長は顔を上げて「ん?」と柔らかい顔をした。会長は篠原さんが怖がらないように意識をしてそうしているように感じた。好きな人にはあんな優しい顔をして柔らかい声を出すんだ。
付き合うってそういうことなんだ、と気持ちがひんやりと下へ落ちていく。羨ましいな、私もいつかあんなふうに。と一瞬でも思った自分が恥ずかしくなる。いつか、なんてそれは一体いつの話なんだ。その不確実な未来はまだ存在しないもの。そんなものを夢見て、もしそんな未来が本当になかったら私はどうすればいいの?
期待すればするほど、傷つくのは自分自身だ。
「瀬那、怒ってるの?」
いや、あれはどう見ても怒ってるでしょう。と私は机の傷を見つめた。
篠原さんと会長を見ているとどんどん自分が惨めになって、小さくなって、消えたくても消えきれなくて。羨ましくて、そう思ってしまう自分が嫌で、辛くなる。
「もちろん。何が一番苛つくかって、僕や洸真、爽詩にバレないよう上手くそういうことをしてたってことがさ、もうなんていうか本当に」
会長の声は落ち着いていて静かにスラスラと言葉を発していた。そして最後に溜め息を吐き出していた。
私は自分の机についている長くて細い傷を見つめて、心を空っぽにすることに必死だった。もうこれ以上、暗いことを考えたくない。妬みなんてもので心を埋め尽くしたくない。
「主犯は誰なのか、誰が楓をいじめていたのかは大体見当がついてる。ねえ、中村さん?」
中村さんの声が漏れた。それは高くて変な声だった。
「まあでも、このクラスの奴ら全員、僕はどうにかしてやりたいよ。傍観者も同罪だ」
私は、顔を上げた。スカートを更にぎゅうっと掴んだらスカート越しに肌も引っ掻いてしまい、痛みがじんじんと太ももを熱くさせる。
会長の目は鋭く私達を見据えていた。クラス全体をゆっくりと見渡して全員が同罪だと、言った。
「次、楓に何かしたらただじゃおかない。よく覚えておいてくださいね」
会長は冷たい目で私達を抑圧し、教室の扉を開けた。そして、篠原さんの方を見て「おいで」とやっぱり優しい声を出す。
篠原さんはその声に引っ張られるように席を立つと、会長と一緒に教室を出て行った。
それでも教室はしばらくの間、静かで誰も席を立たなかった。けれど、一人の男子が席を立って無言で教室から出るとだんだん他の生徒も席を立ち、教室を出て行った。
やがて小さな声が聞こえてきて、「生徒会長は敵に回したくない」と誰かが言っていた。
嫌い、と息で言葉を吐く。
私の心はぐちゃぐちゃだった。
いじめる方が悪いに決まってる。でも、みんながみんな、貴方みたいに強いわけないのに。ああいう人には学校で生きていかないといけない私の気持ちなんて、傍観者の気持ちなんて、羨ましいという妬みの気持ちなんてわかるわけない。
好きな子を守る。正しいよ。正しすぎるよ。それ以外の人は眼中にない。
酷い、無関心だ。会長は、簡単に私がどうにもできなくて苦しんでいる部分をばっさり切り捨て、お前が悪いのだと突きつける。
ああ、なんて正しいんだろう。私だってわかってた。私が悪いんだって。助けられない私が悪い。一番、悪い。でも、生きていくのに必死なの、ここで。この場所で、生きていかないといけないんだから。
他人のために自分の学校生活という人生を棒に振れる人がどれだけいる?正義感と引き換えに私は誰かに殺されてしまうかもしれないのに。
だめだ。なんだこれ。これって私、自分を正当化しようとしている?
鼻をすすった。鼻の奥がつんとするし目の奥が熱い。
このままじゃ、泣いてしまう。早く、帰りたい。帰らないと。
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