3. 自尊心
「いつもごめんね。ありがとう」
篠原さんは中村さんと違って上辺の申し訳なさじゃなく、本当に申し訳そうな顔をして弱々しく私にそう言った。
私はクラスの人が誰もいない時だけ篠原さんと話したり、こうして机を拭いたり、なくなった物を一緒に探したりしている。
放課後のこの時間に誰かが来るのは稀だとわかっているから、だから私は今こうして篠原さんを手伝っているわけで。
こんな弱虫な私に篠原さんはお礼を言うし、優しい言葉をかけてくれる。
こういう人は、周りから好かれもするけど妬まれもするんだろう。だから、いじめられやすいんだと、そう思う。
「
小さな声でそう聞いてみると、篠原さんは私の方を向かないまま「うん、迷惑かけたくなくて」と言った。細くて白い腕に力を入れて、一生懸命拭いている篠原さんを見ていると不憫でならなかった。
「でも、恋人なんだよね?きっと、助けたいと思うはずだよ」
私は今まで何度も篠原さんに聞いてきた。「月城くんには言わないの?」って。また今日も同じ返答だったから、私はもう一言付け加えた。
もう疲れた、と私自身、心がすり減っているのを感じていて、私がそう思うくらいなんだから篠原さんはもっと辛いんじゃないかって、そう思ったら唇から言葉が自然と零れ落ちていった。
「波川さんて、」
篠原さんは手を止めて、私をまん丸い目で見つめた。
「優しいんだね。私、女の子にそんなこと初めて言われたよ」
嬉しそうに、けれど少し恥ずかしそうに柔らかく笑った篠原さんはとても可愛らしかった。これは妬みたくなる、とクラスの女子の気持ちがわかった気がしたし、月城くんの彼女になれた理由もなんだかわかった気がした。
「ううん、そんなことないよ。弱虫なの。篠原さんには助けてって言ったら助けてくれる人が近くにいるんだから、ちゃんと助けを求めるべきだよ」
私には、その助けを求められる人がいない。
私と篠原さんは、違う。
「波川さんには助けを求められる人っているの?」
「私も、いるよ。だから大丈夫」
きゅっと雑巾を止めて、私は笑った。丁度、机の文字が全て消えて綺麗になる。
私の最後のプライドのようなもの。——いない、と言えなかった。
「じゃあ私、帰るね」
「波川さん、ありがとう」
私はにこにこと嬉しそうに笑う篠原さんと目が合わせられなかった。何故か後ろめたさのようなものが黒くポツンと胸の中に現れたから。
私と篠原さんの決定的な違い。
——篠原さんには友達がいること。
「楓―!」
移動教室の帰り。渡り廊下を歩いていると、校庭の方から大きな声で篠原さんを呼ぶ声が聞こえた。篠原さんは足を止めて、そちらへ顔を向けた。
私やクラスの人達も歩くのを遅くして篠原さんの方へ目を向ける。
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