第5話「俺、ゾンビの戦力を増やす」



 俺は考えていた。この異世界でこれからどう振舞うのか、を。



 今までなら生存者を見つけ次第噛みつき、戦力を増やし、自分の強さを実感しながらゾンビハーレムを作るところだった。



 だが、それが虚しいことは既に知っている。ゾンビを幾ら増やしたところで、意思疎通できるのは敵である生存者しかいないし、競争相手もいないので対抗心も湧かない。ただただ、工場の機械が商品を製造していくように無機質な骸の生産がされるだけだ。



 だから異世界に来たかったのだ。自分の間違った行いをリセットし、新たに始められる場所と環境が、俺は欲しかったのだ。



「だったら、やることは決まってるよな」



 今度は違う。俺はゾンビの能力を、あえて人のために、世界のために使う。ただ慢性的に増えるのではなく、抑制し、計画的に力を蓄えるのだ。



 もしその計画がどこかでとん挫したなら、なんということはない。またパンデミックを起こせばいいことだ。



 さて、ならば善は急げだ。



 俺は休憩を終えて寝床から起き上がる。そもそもゾンビに寝転がっての休息は要らないのだ。



 基本的に、ゾンビは一週間休みなく動くことができる。その休息、休眠状態と俺が呼んでいるが、これはほんの半日ほどで済む。更に、意図的に休眠状態に入り、分割的に休むことも可能だ。



 そのため、修道院の三人が寝静まっているうちに上級アンデッドとやらを一晩探しても、疲労が残る心配はない。



 俺は年季の入った窓に手を掛ける。窓は古い木材特有の軋みを上げながら、両開きに開いた。ドアから声がしないところを見ると、音でバレたということはないようだ。



 そのまま、俺は外に出る。外はすっかり日が暮れて、星々の光だけが夜闇を照らしていた。



 その光も森の茂みにまでは届いておらず。風による木の葉のざわめきが怪しい手招きに見えた。



 俺は暗闇に対する本能的恐怖を覚え、震える。けれども、ここで引き下がるわけにはいかない。



 俺は森の中へ、墓地に向かってその足を急いだ。





 墓地に向かったのはアンデッドを探すためではなく、ゾンビの仲間を増やすためだった。



 俺のゾンビ化の感染はブードゥ特有のまじないではなく、おそらくウィルスによるものだと見当はついている。ただし、このウィルスは空気感染や飛沫感染するほど感染力は強くなく、もっぱら噛みつくことで感染する。



 他にも実験的に血液媒介や粘膜接触を試してみたが、感染した様子はなかった。もしかしたらウィルスの感染の仕業だけではなく、噛みつくという行為による条件が必要なのかもしれない。



 果たしてこのゾンビ化は、なにも生存者だけに限ったものではない。死者でも原型を留めないほどに腐敗していなければ、感染させて動かすこともできるのだ。



 ちなみに、この原型を留めないというのは骨だけになった状態は含まれない。



 俺は人並みならざる腕力でひたすら墓をあばく。後でメリアにあばかれた墓場を見られると居心地は悪いが、アンデッドのせいにすれば疑いは掛からないだろう。



 そうして俺は三十体ほどの活きのいい死体を掘りだし、俺がちょうどよい腐り方をしたそれらに嫌々ながらも噛みついた。



 噛みついて数分後、それぞれの死体は起き上がり、周囲を歩き始めた。



 ここで俺の特殊能力発動だ! 俺は意識すれば他のゾンビ達を誘導したり細かい命令を与えることができる。



 近ければ命令はより詳細にできるが、離れれば離れるほど命令は曖昧になり拘束力も弱くなる。そのデメリットも事前に命令を予約する半随意命令という、もう一つの特殊な能力で意識を飛ばせばほとんど解決できる。



 ただ、今は数も少ないので直接命令で事足りる。



 俺は試しに命令を与えてみる。整列。



 ゾンビ達は命令通り、五列六人で並ぶ。ふむ、異世界に飛ばされて能力に違いが出るかと思ったが、心配は杞憂のようだ。



 俺はそこから大捜索を行うべく、新たな命令を与える。



 まずゾンビ達を均等な間隔に距離をとらせ、ばらけさせる。そのまま距離を維持した状態で未踏の北の森の中に入っていく。



 捜索は基本、嗅覚と視覚を用いて行う。嗅覚はゾンビ化により鋭くなっており、これで生存者とゾンビを区別して同士討ちを防いでいる。視覚はというと、こちらはあまり当てにならない、生存者よりも弱視であるし、そもそも目がない個体もいるのだ。



 これらの情報は直接命令をしていれば、命令者である俺にリンクする。つまり視覚や嗅覚を共有することができるのだ。



 これにより、おれは三十人分の捜索を一人でこなすことができた。



 捜索を始めると、ゾンビの一体が別の動く死体を発見した。こいつは感染させていない。アンデッドだ。



 アンデッドはゾンビの姿に気付いたのか、歩み寄ってくる。



 アンデッドの戦闘力は詳しく知らないが、メリアとの戦闘を見る限り動きが鈍重なのはゾンビと同じようだ。後は膂力の差とはいえ、このまま一対一ではまずい。



 俺はすぐさま近くにいるゾンビ達をアンデッドと対面しているゾンビに向かわせる。しかし動きが遅くて間に合わない。



 臨戦態勢、と思った瞬間、奇妙なことが起こった。



 なんと、アンデッドはゾンビの存在を無視して通り過ぎてしまったのだ。



 俺が首をかしげていると、その理由も見当がついた。アンデッドもまた敵味方の識別を嗅覚か姿で判断しているのだ。



 メリアが間違えたように、ゾンビとアンデッドは見た目と臭いで区別することは到底できない。もし俺が直接命令しなければ、ゾンビがアンデッドを襲うこともおそらくないだろう。



 では、このまま放置するか。否、一つの仮説を試すしかない。



 俺は近くにいたゾンビに命令を飛ばし、アンデッドに噛みつかせた。



 アンデッドは無抵抗にされるがままにされ、すぐに変化はない。けれども数分後、アンデッドが俺の意志で動かせるようになったのを確認できた。



 やはり、アンデッドもゾンビ化させることができるのだ。



 こうして俺は出会うアンデッドの支配権を上書きしつつ、捜索網を更に広げて北上していく。その間に、手勢のゾンビの数は五十体近くに増えていた。



「このまま、ここ一帯のアンデッドをゾンビ化させるのもいいかもな。―――ん?」



 ゾンビの捜索網にまた変化があった。今度は森を抜けたことを示しているのだ。



 また、森を抜けた先には脈々と続く山脈が姿を現す。そこは急こう配があり、はるか頭上には針のような尾根がある。これは到底ゾンビでは越えられそうにない。普通の人間でも、登攀技術がなければ難しそうだ。



 仕方なく、俺は引き返そうとした。



 そんな時、一体のゾンビの曇りガラスみたいな視界に、ある違和感を感じた。



「あれは、洞穴か?」



 俺はそう呟いて思い出した。メリアが言うにはこの村は元々鉱山街として発展していたらしいのだ。ならば、廃坑となった坑道が残っていてもおかしくはない。



「もしかしたら、そこに上級アンデッドが隠れている、のかも」



 俺は自信のなさげな閃きに頼るほかないと思い、全ゾンビに坑道へ侵入するように命じた。



 当然、俺もゾンビの最後尾から同じ坑道に足を踏み入れたのだった。



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