第6話「俺、上級アンデッドに出会う」
「フハハハッ、よくぞ我が隠れ家を見つけたな聖なる領域の者よ。この上級アンデッド、ザイゲル様が相手をしてくれよう」
坑道での探索は、入り組んでいる内部にも関わらず、案外すぐに終わった。
なにしろ、坑道を真っすぐ進んで大きな広場のような窪みを見つけたかと思えば、そこに目的としていた上級アンデッドが待ち構えていたのだ。
何故、上級アンデッドと判別できたかと言えば、自分から喋って自己紹介をしてくれたからだった。
上級アンデッドは、ボロの貴族のような派手な装飾つきの服を着ており、頭部はガイコツ、手足は肉が存在するというアンバランスな姿をしていた。
「うむ? 貴様、アンデッドではないか。ならば何故我を探すなどということをしている? 味方ならば探す必要がないではないか」
「俺はただの病人だよ。それに、お前の敵でお前を探しているのは間違ってないから大丈夫だぜ」
「フンッ。たかが病人のくせに、死亡願望か。ならば望み通りにしてくれよう」
上級アンデッドが腕を振り下ろすと、後ろの坑道からわらわらとアンデッドが這い出てきた。その数、約百体。こちらのゾンビの数をはるかに上回っている。
「聖なる者に味方する低俗なアンデッドよ。我がアンデッドの戦い方というものを指南してやろう。まず、アンデッドは数だ。一人が切られている間に一人が襲い掛かる。つまり最低でも相手の二倍いれば不意を打つことができる。三倍ならば、なおのこといい」
御高説、どうも。と思いつつも、俺はほんの少し上級アンデッドのいう戦法に興味を引かれた。
ここに転移するまで、ゾンビとゾンビに似た生き物との戦いは試したことがないのだ。できればその戦い方というのを参考にしてみたい。
「そして、装備させる武器や防具の質だ。武器は剣よりも槍が良い。長い槍だ。長い槍は持っているだけで脅威だからな。技術のいる剣よりも良い。ただし、これは広い平原などでの話だ、今は違う。次に防具だ。基本的にアンデッドは人間よりも耐久力が高い。そのうえ、急所というものが存在しない。できることなら、身体が離れないよう、関節を強化し、斬撃で身体が二つに別れぬほどの強度は欲しいところだ。このように」
そう指し示すと、前列のアンデッドは他のアンデッドと異なり、頭を守るヘルメットや鎧、更に剣までもっている。
「アンデッドの弱点は主に火と斬撃や強打だ。炎は、長く活動しているアンデッドほど乾燥しているがゆえに燃えやすい。斬撃は四肢の欠損により動けなくなってしまうからだ。殴打は頭部の破壊だ。アンデッドとはいえ、頭部を原型留めぬほど破壊されてはまともに動けぬ。このような対策のために―――」
……いい加減。説明が長くなってきた。これなら下手な小説を読む方がましだ。小説なら、途中で付箋を貼って後で内容を見れるからだ。会話の場合、そうはならない。
俺はあくびをすることもなく、元々擦り切れている神経をすり減らしながら、我慢して上級アンデッドの演説を聞いていた。
「―――つまり、戦略としてはロウソクの蝋を用いることも正解だ。他に質問はあるか?」
「いや、ないよ」
「ふむ、では殲滅にかかろうか」
上級アンデッドは言うや否や、部下のアンデッドをけしかけてきた。意表を突かれたとはいえ、こちらもいつでも戦える準備がある。俺は、ゾンビに指示を飛ばし、迎え撃った。
アンデッドとゾンビの群れが互いにぶつかる。その衝撃でゾンビの多くが、弾き飛ばされた。陣形も崩され、こちらがやや押されている。
「衝突も当然、数の多い方が勝利する。陣形もしかりだ。ところで、貴様は修道院の女性たちと懇意にしているのか」
「それが、どうした?」
俺は必死にゾンビ達に命令して陣形を保とうとする。しかし、こちらは数で圧倒的不利なうえに武器も防具も装備していない。押される一方だ。
「我は思うに、あの修道女たちをいかに辱めるかが、この甘美なる勝利を彩ると思うのだよ」
「……何だと?」
「まずは奴らのシンボルに修道女たちを磔よう。次に死なぬ程度に槍で身体を突き刺し、苦悶の叫びと顔を味わおう。それはそれは熟れた赤ワインのように上質であろうな」
「……」
「叫び声が静かになれば、今度は手足を切り落とそう。舌を切り落とそう。目をくり抜こう。耳や鼻を削ぎ落そう。裂いたハラワタで彼女らの首をくくってやろう。ぞくぞくする。ぞくぞくするぞ。やはり乙女は凌辱するにかぎる。そうは思わんかね」
「思わないね。ところで、もう終わりか」
「―――何っ!?」
気づけばアンデッドとゾンビの激突が静かになっており。上級アンデッドはやっと事態が急変していることを把握した。
「どうしたアンデッドども! 動け! 動かぬか!」
「おあいにくさま。フルプレートアーマーならともかく、普通の防具じゃ牙は防げやしないぜ」
数がないなら相手から奪えばいい。それがゲリラ式ゾンビ戦法の基本だ。感染させる相手がいる以上、その規則は変わらない。
上級アンデッドが妄想を口にしている間に、俺はゾンビ全体に噛みつくように指示しただけだ。押されてもいい。歯を突き立てろ、と。
そうすればあら不思議、アンデッド達は鼠算式にゾンビへと感染していき、こちらは百体の新しいゾンビの戦力を得ていた。
「な、ならばこちらは三百のアンデッドだ! 押しつぶされろ!」
「戦力の逐次投入は、愚策だな。上級アンデッド」
坑道の奥から、先ほどの三倍のアンデッドが這い出てくる。だがもう戦法も学び、アンデッドとの戦い方も知れた。後は、消化試合だ。
「馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」
上級アンデッドはただ突撃させてあたらな戦力を失っていく。もし槍や魔法という新しい要素が組み合わされば状況は変わるだろうが、どうやらその備えはないようだ。
いくらかアンデッドがゾンビの手足を落とすも、その間に別のゾンビがアンデッドに襲い掛かり噛みつく。ほとんど骨で噛みつく肉のないアンデッドは善戦したが、これは数を増やして踵を返したゾンビの、数の重圧で粉砕した。
ついにアンデッド全てを平らげた頃には、ゾンビの数は四百と少しまで増えていた。
「―――それで、修道女たちをどうするって言った?」
「ま、待て。話を聞いてくれ」
上級アンデッドの周りをゾンビ達の生垣が囲む。上級アンデッドは腰のレイピアを抜いたものの、突き刺す場所を迷い、立ち往生している。
「先ほどは悪かった。だが、そこまでの実力、我から主様に邪な勢力の一員になれるよう掛け合おう。当然、我よりも上の地位だ。その能力、邪な勢力でこそ生かせると思うぞ」
「まあ、こんな能力。どうみても聖なるものじゃないよな」
「な、ならば」
「いや、お前の企みは根本から気に入らない。却下だ」
「―――っは!?」
ゾンビ達に最終指令が飛ぶ。上級アンデッドを食い散らかせと。身も魂も残さず腹に収めろと。
「や、やめっ。やめろ!」
上級アンデッドはゾンビの集団に襲われる。まずは足と腕を食いちぎられ、臼歯によってすりつぶされる。
ハラワタは前歯によって削り取られ、奥歯で咀嚼されて嚥下される。残りの肉も、同じように口の中に放り込まれる。
最後に残った頭部は、何かをわめきながら無数の口によって粉々になっていく。
「こ、こんな。このザイゲル様が! こんなところで!」
断末魔の後、ゾンビ達の肉を食む音だけが残響のように残っていた。
「ザイゲル? そんな名前の奴いたかな?」
聞き覚えのない名前に戸惑いつつ、俺は用事の終えた坑道を去ることにした。
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