第4話「俺、食事を恵んでもらう」





 修道院に入ると、そこは華美こそないが厳かな美しさがあった。



 見栄えの良い銅のシャンデリア、礼拝堂を輝かす銀色の燭台、ロウソクの灯によって暗闇から映し出されたステンドグラス。どれも豪華でありながらどこか静謐さを感じさせる物ばかりだった。



「食事の準備はできてるにゃあ、その前に他の修道女も紹介するにゃあ」



「私は、ジルだ。よろしく」



 そんなぶっきらぼうな挨拶をしたのは子供ほどの背の高さをした女の子だった。



「ごめんなさい。ジルはちょっと人見知りな性格があって、でも本当は心の優しい子なのです」



 いたずらっ子の親が言いそうなフォローをメリアがする。ニィモもジルも顔の見立てから歳はメリアよりもさらに若い。修道院とは子供を置く場所だっただろうか。



「食事はできてる。食べろ」



 ジルは相変わらずの仏頂面で食堂へ案内する。そこは長い木目の浮き出たテーブルが置かれており、幾つか円筒のような椅子が脇を占めている。



 そして食事はというと、パンとサラダとスープ、それにワインという、いささか物足りない品ぞろえであった。



 メリアは全員着席したことを確認してから食事の祈りをささげる。



 天に居ます我らが神よ、とか。主の恵みを感謝します、とか。そんな内容を横で聞きつつ、俺も手を組んで見様見真似の振り付けをしていた。



「では食べましょうか」



 長い祈りを終えて、メリアがそう告げる。



 ところでゾンビは食事をするのかという疑問があるだろうが、食事はする。多くは生存者の肉で事足りるものの、他にも獣の肉を食べたりする。もちろん、獣もそれにより感染する。



 そのため一般的な調理された食事というのは久しぶりで、俺はちょっと感動を覚えていた。



「食べないのですか? もしかしたら粥の方がよろしかったでしょうか?」



 正面に座っていたメリアにそう促された。傍目から見たら、食欲がなさそうに見えたのかもしれない。



「いや、ありがたくいただくよ」



 俺は勧められるまま、食事にありついた。



 まずパンにかじりつく。固い。ゾンビになる際に歯茎と歯が強化されていなかったら欠けていたところだ。他の人はどうしているか確認すると、どうやらスープに浸して食べるらしい。



 俺も真似をしてスープにパンを漬け込む。するとパンは柔らかくなり、食べやすくなった。それでも引きちぎるには苦労する、硬さとは似て異なる食べにくさが残っていた。



 代わりにサラダをいただく。こちらは水々しさを失っていない歯ごたえのあるウリ科らしき野菜や、トマトに似たもの、ほうれんそうのような深い緑色の葉っぱなど、新鮮さを味わえた。ただし、ドレッシングがないので舌が壊死しかけている身分としては味気ない。



 俺は一通り食事を堪能すると、他の者達の食事の進み具合を見る。



 どうやら俺の食事は速すぎたようだ。他の三人は静々と草食動物が草を食むようにゆっくりと味わっている。きっと、生活の違いのせいなのだろう。



 少々手持ち無沙汰を感じ、俺は無礼を承知で話しかけた。



「あの~」



「食事中はお静かに、と言いたいところですが今日は客人の前です。お話でもしましょうか」



「ほんとかにゃあ。良かったにゃあ、私も旅人さんに聞きたいことがあったにゃあ」



「私は、興味ない」



 三人が受け応えてくれたことに安堵し、俺はまず自己紹介から始めることにした。



「俺はケント。ちょっとした病に罹っているが安心してくれ、これは簡単に感染しない。すくなくとも傍に立っているだけなら大丈夫だ」



「それを聞いて安心したにゃあ。ところで、ケントはどこから来たにゃあ?」



「あー、この国の中心部を通ってもっと遠くの国だ。たぶん三人とも知らないと思うぜ、ニホンっていう国だ」



「ふむ。聞きなれない国の名前ですね」



「ニホン、知らない」



 そうやって俺は、異世界から転移してきたことはぼかしながら会話を続ける。すると、ふと先ほど中断した会話のことが思い出された。



「アンデッドってのは夜のうちは大丈夫なのか? ここは襲われたりしないのか?」



「それは大丈夫にゃあ。聖なる土の魔法で結界を作っているから修道院も村も安心にゃあ。ただ効果がある時間と同じだけ祈りをささげる必要があるからにゃあ。アンデッドの嫌う日中は使わず、夜間だけにしているにゃあ」



「聖務の間に、ニィモとジルに祈りは交代で任せています。日が昇っている間は安全のために、あのように私がアンデッドを退治しているのです。本来ならこんな場所にアンデッドなど出るはずがないのですが……」



「ん? 野生の獣みたいなものじゃないのか」



「いえ、邪な土の魔法に属するアンデッドは上級アンデッドか、もしくは使役する魔法使いなしに増えるはずがないのです。私は上級アンデッドが徘徊していると目星を付けて墓地を捜索していたのですが、空振りでしたね」



「なるほどな。ところでその聖なるとか邪なるってのは魔法の種類みたいなものか?」



「本当に知らないのかにゃ。聖なるものと邪なるものの勢力と魔法はこの世界では常識にゃあ。よほど貧しい暮らしをしていたのにゃあ」



「ニィモ! 言葉は選びなさい!」



 学の低さは確かに否定できない。生前の最終学歴は高校中退なので、現世での平均学力でも下から数えた方が早いだろう。



 でも、ここは異世界だ。多少の知能の低さは文化度の違いでカバーできる、はずだ。



「かいつまんで説明しましょう。この世界の勢力は、少なくともオート大陸を中心とした世界では聖なるものと邪なものの勢力が長い時を戦い続けているのです。それぞれの勢力は光ある聖なる魔法と穢れある邪な魔法とで別れて使用しています。我々はその聖なる勢力の聖なる魔法を使う側なのです」



「へー、じゃあ邪なる勢力ってのは近くにいるのか?」



「いえ、基本的に北西からジュール地方の東の海まで走っているウェズ山脈により、邪なる勢力は北側に隔離されています。本来、邪なる勢力が現れるのはここからはるか北西にあるウェズ平原なのです。これは、異常事態です」



「そいつは一大事だな。まさか対応はここの修道院だけでしているわけじゃないだろうな」



「まさか、流石にそこまで無謀はしませんよ。一応、ジュール地方の領主に援軍を頼んでいるのですが、あいにくその領主というのは私が不義をただした男なのですよ」



「……嫌がらせで援軍が中々こない。とかありそうだな」



「……はい、その通りなのです」



「あの領主、もう二週間も経つのに返事一つ寄こさないにゃあ。急げば一日で着く距離だってのに、事の重大さを分かってないにゃあ!」



「ニィモ、落ち着きなさい」



「でも状況がまずいのは確か。上級アンデッドを放っておいたら、もっとアンデッドが増える」



「それは死体から増えるものなのか?」



「違う。アンデッドは邪な魔法に接触した土や死体から発生する。必ずしも死体が必要なわけではない。本当は、上級アンデッドを浄化するだけではなく土地も浄化しないといけない」



 その言葉に、メリアは申し訳なさそうにしていた。



「なので、今は土地を浄化するのが精いっぱいなのです。だからケントさんにはあまりお構いできないかもしれません。ご容赦ください」



「ケントで構わないぜ。俺のことは放っておいてくれて結構だ。なんなら、色々と手伝うぜ」



「まさか! 病人に手伝いなどさせられません。ケントは部屋でゆっくりと養生してください」



 手伝いを申し込んだが、断られてしまった。その頃、ちょうど俺以外の三人の食事も終わり、片付けは任せて欲しいと言われて、泊まる部屋に案内された。



 案内されると、そこは書き物机とベットしかない閑散とした部屋だった。



「ではごゆっくりにゃあ」



 扉が閉まると、俺は何をするでもなくベットに横たわった。

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