第3話「俺、修道院に案内される」
「ごめんなさい、急に泣き出したりして」
「いえいえ、こちらこそ紛らわしい格好で紛らわしい場所にいたこと謝らせてくれ」
泣き止んだメリアの話を聞くと、どうにも俺は彼女の言うところのアンデッドとは違う部類らしい。
メリアが唱えた呪文はディスクリミナという鑑別の魔法で、俺の種族や状態を瞬時に把握することができるらしい。
それによれば、俺は人間種であり状態は病気であるそうだ。
確かに、こちらの世界に来る前はその病魔を生存者中に配ってはいたので、その通りなのだ。
そう言えば、ここは本当に異世界なのだろうか。
「本当に本当にごめんなさい。いえ、謝るだけではこの罪拭えません。どうか私どもの修道院に来てください」
「ああ、その前に教えてほしいことがあるんだ。ここはなんて場所なんだ? 急にトラックに―――荷馬車から落とされて分からなくなっていたところなんだ」
「それはそれは大変な目に。ここはアルダイト王国、ダイト半島のジュール地方北東部の片田舎です。もしかして王国の中心部からこちらに?」
「あー、まあそんな感じだ」
俺は小さくガッツポーズをする。やはりここは異世界、そもそもメリアの格好からしてそうだ。間違ってはいなかったのだ。
「どうかなさいました?」
「いや、なんでも」
思えば、こうして普通に会話するのも久しぶりだ。生存者を罠にかけるために言葉巧みに誘導したことはあっても、心を許して話すなどこの一年弱、なかったのだ。
これも異世界特典というやつなのだろうか。
「さあさあ、ともかく先を急ぎましょう。もうすぐ夜になります。安全な修道院へいらしてください」
「そ、そうだな」
俺はメリアに連れられて、森に向かって南側に歩き始めた。
森の中を進み、五分も経っただろうか。木々を抜けると、そこには人の手によるほんのりとした灯りを見つけた。
光の大きさは都市に比べれば月と星ほどに違って小さい。それでも灯りの揺らめきは人の気配を感じ、都市のそれと異なり温かみがある。
修道院はその村の手前、小さな小川に橋を渡す前にあり、村のそれよりも少ない灯りが窓からこもれ出ている。
修道院は夕焼けに白く塗られた壁がはっきりと見え、窓の茶色の木枠が映えている。また、三つの尖塔の青い屋根と大きな屋根が吸い込まれるような空を思わして、とても壮美である。
庭には野菜や薬草の類が生え。門はどっしりとした城門のような佇まいをしており、修道院の強固さを物語っているようであった。
「昔、村は鉱山採掘でにぎわっていたのですが、どうやら鉱石を取りつくしてしまい、今は鉱山街の賑わいの姿はなく。お年寄りばかりの山村になってしまったそうですよ。私も賑わいのある時に来てみたかったです」
「メリア、さんは昔からここに住んでいるわけではないのか?」
「メリアでいいですよ。昔は第二十八次ウェズ聖戦にアイアンメイデンの一員として参加してましたが、ある領主の不義をただしたところ左遷されまして、今はこのヒチの村で修道女長をしています。飛ばされたとはいえ、ここはここで皆さん祈りに熱心ですし。怪我の手当てや病気の治療で感謝されますので、穏やかないい暮らしができていますけどね」
「へー、あんなアンデッドっていうものが出るなら。物騒な場所かと思ったぜ。あれで普通なのか」
「それは―――」
メリアの二十歳にもいかない顔立ちを見て、俺は感心した。左遷とはいえ、若くして修道院を任せられているなら、人柄は安心できるだろう。
そうして二人は修道院の前まで辿り着いて、メリアが門を叩いた。
「どなたにゃあ」
にゃあ?
「メリアだ。門を開けてくれ」
「はいはいにゃあ」
元気な声と共に閂が外される音がし、門が開いた。そこにはロウソクを手に持つ、修道服に身を包んだ二足歩行の黒い猫が立っていた。まさかこれは獣人というやつだろうか。ますます異世界地味てきた。
「おかえりなさいませにゃあ、メリア様。ところでお隣の人は誰にゃあ」
「ああ、こちらの人は」
メリアが俺を前に出し、猫の獣人と目が合った。
「あ、どうも―――」
俺が声を掛ける前に、ロウソクが燭台と一緒に投げられたのが見えた。
「ア、アンデッドにゃあああああああ!?」
俺は顔面にロウソクの灯をくらい。もんどりうって倒れる。
前髪が燃えてる! あまり生えてこない貴重な前髪が燃えてる!
「こらっ! ニィモ! お客さんに失礼をするな!」
「ご、ごめんなさいにゃあ。でも、顔が顔が!」
「この方は重病なんだ。顔のことはとやかくいうな。ディスクリミナで神託を受けたから間違いなく、この方は人間だ」
「は、流行り病かにゃあ?」
ええ、はい。その通りです。
「ニィモ。例え流行り病とて、最後を看取るのが修道会の務めだ。この方には優しくしなさい」
そうですか。末期ですか。否定はしませんけど。
俺はいたたまれない気持ちになりながらも、前髪の火事を消し、メリアとニィモに招かれて修道院に入ることにした。
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