第2話「俺、異世界修道女と出会う」




 墓地で目覚めた俺、ケントはとりあえず周りを観察することにした。



 どうも今いる場所は墓地のちょうど真ん中で、夕方のせいか翳りのある森は洞穴を思わす暗さがあった。そのせいで、見通しは利かない。



 その代わりに南の方でなにやら喧騒が見える。行く場所もないので、俺はとりあえず南側に寄ってみることにした。



 ぬかるんだ足場に注意しながら近づいていくと、墓地に似合わぬちょっとした騒ぎの理由が分かった。



「ターンアンデッド! ターンアンデッド! 鈍器。ターンアンデッド! 鈍器」



 墓地の中で松明が躍り、棒の先に鉄塊が着いたような武器を用い、一人の女性がゾンビらしき動く死体相手に大立ち回りを演じていた。



 女性は修道女のような帽子を被り、胸には鉄板、上半身には鎖帷子を着て、動きやすいレギンスをせわしなく動かしている。顔立ちは遠くで分かりにくいが、かなり大柄で百八十センチメートルほどもあり、声がしなければ男と勘違いしたほどだ。



 女性は松明で殴り、鈍器で殴り、時折白い光が動く死体を包み込み姿を消滅させている。もしや、これは魔法というやつなのかもしれない。



 俺は喜んだ。これが映画の撮影でなければ、ここは異世界というやつで間違いない。ならば、これはメインシナリオのお助けイベント、ここで女性に恩を売っておくに越したことはない。



 俺は早速、自分の能力であるゾンビを操る特殊能力を動く死体どもにむけて指示を飛ばした。



 だが、反応はない。おかしい。異世界に来てカンが鈍ったのだろうか。異世界酔いとでもいうやつか。



 俺がうんうん、と唸って動く死体どもに念波のようなものを飛ばしても、やはり思い通りに動かせない。ついに特殊能力まで腐ってしまったのだろうか。



 そんな風に悩んでいると、急に女性の顔がこちらを向いた。何故なら、他の動く死体がいつのまにか全滅していたからだ。



「ターンアンデッド!」



「しゅわわわわ!」



 俺の身体を白いオーブのような光が包む。次に腐った肌が燻され、魂が洗われるような気分になる。それでも、俺は浄化しない。皮膚が軽く炙られはしたものの、健全な状態だ。



 どうやら、俺は先ほどの動く死体とは違うようだ。



「どうして、ターンアンデッドが効かない!? まさかお前は上級アンデッドなのか。ええい、ここで滅してやる」



 女性は鈍器を構えなおすと、こちら目掛けて走り寄ってくる。これはたまらない。まさかお助けイベントが襲撃イベントに変わるなんて。



 俺はなんとか自分の身の潔白を示すため、口を開いた。



「ま、待ってくれ。話を聞いてくれ、ください」



「往生際が悪いぞ、上級アンデッド。このアイアンメイデンの称号を抱くメリア・サンディのメイスの錆になれ!」



 メリアという名の女性は、そう名乗りを上げ、止まる様子はない。



「俺はあなたのいう上級アンデッドなんて知りません。この通りです。ゆるしてください」



 俺は後ろに飛び退きながら自分の生まれた国の必殺技、トゲザといわれる足を畳んで手の平と額を地面に付ける降伏と服従のポーズをとる。



 もちろん、俺は弱いわけではない。こう見えても数万人規模の生存者を感染させ、ゾンビ並みの膂力と人並みのスピードで襲い掛かることができる。



 しかし、この女性。メリアの場合どうだろう。幾ら速さがあるとはいえ、あの鈍器の一撃だ。近くの動く死体が動かなくなった理由を見る通り、頭蓋を完全に粉砕している。あんなもの、間違っても喰らえば死んでしまう。



 いざとなれば一目散で逃げられる距離をとり、俺はドゲザという必殺技を披露した。



 すると、流石のメリアも動きが鈍った。



「……そこまで言うならば、これより神の審判を行う。抵抗せずに受けるなら、信じてやる」



「へへーっ」



 情けなくドゲザに伏していると、メリアは何やら呪文を唱えた。



 次の瞬間、俺はまた光に包まれる。だが今度は白い光ではない。太陽のような黄色がかった光だ。光は俺を舐めるように照らした後、まるで真贋を見極めたかのように掻き消えた。



「今のは?」



 俺が驚いていると、メリアがこちらに歩み寄ってくるのが見えた。



「ヒェッ」



 俺は情けないことに小さい悲鳴を上げることしかできなかった。



「ごめんなさいっ!」



「へっ?」



 気づけば、俺は抱きしめられていた。この身体になってから早一年弱、人に抱きしめられる経験などない。おそらく人の頃から数えても赤ん坊の時しかないだろう。



 俺はただされるがままに、メリアの巨大な身体の温もりと鉄板越しにも圧迫を感じる胸のふくらみを感じつつ。子供のように抱きかかえられ、乙女のようにさめざめと泣くメリアの懐に収まっていた。

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