騎士団征伐軍議

 

 

 ゼラルドがリーフを連れて日の落ちた天幕に戻ると、ラドミアは怒りを露わにしながら二人を睨めつけた。


「ゼラルド殿、リーフ殿、どこに行っていたのだ。軍議はすでに始まっているぞ。それぞれ将軍補佐と相当の地位とはいえ、そこにあぐらをかかれては他の騎士たちに示しが付かない」


 四方に燃える松明が照らす天幕の中には、十人弱の騎士が腰掛けていた。半数以上が女性、それも元皇姫近衛騎士として、ラドミアの直属の部下だった者たちだ。

 本来であればフェリウスは光大公、そして北方騎士団の領分。しかしこの部隊に限っては、水大公より下知を受けたラドミアの一派が、完全に権限を掌握していた。


 ゼラルドはひとまず謝罪の弁を口にして、天幕の端に陣取った。不安げにきょろきょろしていたリーフも、横に寄ってくる。


 そして再び、軍議の続きが始まった。


「やはり奴らがこの道を通ったのは間違いないわけだな?」

 ラドミアは腰にかけた煌びやかな剣の柄に手を置いたまま、部下に確認を取る。


「はい。蹄の跡も一致していますし、旅の商人に奴らの姿を見た者がおります。まず間違いないかと」

「ならば、やはりトランメニルか。水大公様の予想通りになったな」


 慣れた調子で話を進めるラドミアと部下の女騎士。まるでこの事態を想定していたかのように、調査手法から確認まで滞りが見られない。


 そこに北方騎士団所属の若い将校が口を挟んだ。


「でしたら我々が先陣を切りましょう、ラドミア将軍。慣れた土地ですから、馬の足なら夜のうちにでも到着しますよ」


 若い将校の提案に、ラドミアは一考した気配すらなく首を振る。


「いや、先行するのは私たちに任せてもらいたい。君たちはそれぞれ部隊を率いてトランメニルに通じる各街道へ向かってくれ。奴らの逃げ道を塞ぐんだ」

「は……。ですが、それですと……」

「よもや、戦力が足りないとでも言いたいのか?」


 ラドミアの鋭い目つきに、将校は言葉を詰まらせた。忌々しい——と顔に出したいが、上官にそれはできない。そんな思いを込めて、無理矢理に顔面の筋肉を固めたような無表情をしていた。


「そう案ずるな。元近衛騎士とて、我々も帝国騎士団と学んだ剣は同じ。あなたがたと遜色ない働きはできる。さらにこちらには私の神承器サラキア、リーフ殿のアルテミスもあるのだ。負ける要素はない」


 いやに断定した言い草に、ゼラルドの培ってきた経験が危うさを感じ取った。ここで一つ諫言を試みる。

「敵は神承器の使い手を二人、同時に退けたと聞きますが」


 ラドミアは渋い顔をした。


「……私は知らんな。誤報だろう。返り討ちに遭ったのはゼピュロス家の二人のみだ。その二人も同時にやられたわけはない。ゼラルド殿はどこでそんな見当違いの情報を?」

「昔取った杵柄、こちらにもいくつか子飼いの草がおりましてな。しかし誤報であるのなら、そろそろ身の振り方を考えさせてやるべきですか」

「そうしてやるといい。なんなら五湖公デルマール様に口利きをして差し上げようか?」

「お心遣いだけ頂いておきます。将軍は顔がお広くて結構なことですな」


 現指揮官と歴戦の勇将が火花を散らす姿に、しばし天幕の中が静まりかえった。

 挙動不審なリーフだけは、桃色がかったツーテールを左右に振り回しながら、それぞれの顔色を窺っていた。


「……ともかく、この決定を覆すつもりはない。ゼラルド殿にも後方での支援をお願いする」


 ゼラルドは胸に手を当てて、軽く敬礼した。


「謹んで、承りましょう」


「わ、わたしはどうしたらよいのです?」

 そこでリーフが初めて声を出した。


「リーフ殿には私たちとともに来ていただく。詳しいことは後々話すが、黒煙の神承器の使い手と対峙した際には、貴女のお力を借りることになるやもしれない」

「なるほど、かしこまりましたのです。ミスハ様の仇を取るお手伝いをできるなら、願ったり叶ったりなのです」

「それは良かった」


 大きな胸の前で頑張るぞとばかり拳を握るリーフに、ラドミアはにっこりと笑いかける。嫌な笑みだ。見下したような、哀れな何かを嘲るような笑顔だ。


「それではさっそく、我らラドミア隊とリーフ殿は、騎馬にて出立することとしよう。あなたがた北方騎士団はここを引き払い次第、部隊を分けて街道の封鎖をお願いする。その間の指揮は、ゼラルド将軍補佐に一任するということでよろしいか?」


「異存はありませぬ」

「では皆の者、行動開始だ」


 ラドミアと直属の部下たちが、颯爽と肩で風を切りながら天幕を後にする。


 それを見送ったところで、先ほどの若い将校がゼラルドに話しかけてきた。


「ゼラルド将軍、どうも今回の征伐……おかしくはないですか? いや、けしてやっかみを言いたいわけではなく……常識に照らしても、明らかに戦力を絞りすぎです」


 将校の言葉に、ゼラルドは少し睨みを利かせた。


「まず、私はもう将軍ではない」ゼラルドは強く諫める口調で言う。「それと、上官の考えに裏で陰口を叩くのは感心できんな。言いたいことがあるなら、目の前にいるときに進言するべきだ。たとえその場では疎まれるとしても、小さな過ちと不信から軍全体が間違った方向へ進んでいくよりは良い」


「それは……そうなのですが……」

 歴戦の騎士にやり込められて、将校の背中が小さくなっていく。


「と。建前はこのくらいにして」


 そこでゼラルドはにやりと笑い、将校の意見に頷いた。


「実際のところ、私も君と同意見だ。皇帝陛下の一人娘、皇姫ミスハ様の暗殺事件。本来ならば騎士団長グローディク殿が直々に出向いてもいいほどの大事だからな。それをこの老いぼれと新任将軍で、というのはどうにも解せん」


 将軍の座を降りた自らは置いておくとしても、北方の情勢に通じている将はまだ数多くいる。にも関わらず、あえて元近衛騎士に将軍位まで与えて、討伐の指揮を執らせるのは何故か。

 この理由についてラドミアは、「水大公様に汚名返上の機会を頂いた」と言っていた。


 しかしゼラルドが知る限り、水大公は個々人の功績や失態はさして気に留めず、あくまで大局を重視する将である。

 皇姫暗殺の大罪人を追う。それも神承器の使い手まで殺した相手を。そんな局面ともなれば、そこに相応しい戦力を用いるのが水大公だ。少なくとも数日前に神承器を得たばかりの、新人将軍に任せるはずはない。


 さらにここに来て、まるで初めから決まっていたかのようにラドミア一派ばかりが先陣を切るという。加えてリーフという降って湧いたようなエルフの協力者。

 将として長き戦いの日々を過ごしてきたゼラルドの直感が、何らかの企ての存在を叫んでいた。


「皇姫様が軽んじられている理由については、私も噂だけは耳にしたことがあります。もちろんここで口にはできないような話ですが……。しかしそれを含めても、水大公様直々の指名とはいえ、元近衛に一任するというのは……」

「あの『呪王』のこと、そこは何か計算があるのだろう。良きか悪しきかは別にしてな」

「あるいはあのエルフの少女が鍵となってくるのでしょうか?」

「そこまでは窺い知れんが……ふむ」


 ゼラルドは天幕の外で手持ち無沙汰にしているリーフを見つめながら、しばし考えを巡らせた。

 ユグドラと長年刃を交えてきた水大公諸派とエルフたちの険悪な関係。殺され方の差から見る、黒煙使いと呼ばれる男の戦い方。加えてもう一つ、ある古い伝承の知識。


「……ふむ。ここは一つ、補佐すべき上官殿に忠告申し上げておくべきか。私はあくまで将軍補佐という立場であって、ラドミア将軍のみの部下ではないのだしな」


 それからゼラルドはリーフに近付いて、しばらく言葉を交わした。

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