昼食と騎士とエルフ

 

 

 料理店への道すがらも、アレサはだらだらと喋り続けていた。やれあの店は蒲焼きのタレが美味いだの、あそこで栽培している赤ベリーは甘みがいいだの。あらゆる食道楽を知り尽くし、完全にトランメニル常連といった感がある。


 このトランメニルには、ヘリオス家の人間が入り浸っているわけではない。フレデリカは以前の説明でそう言っていたはずだが、この様子だと誤情報だったようだ。だとすれば、こうして遭遇してしまったのも不運というより必然、なるべくしてなったというべきか。

 とはいえ、光大公はどこかへ行ってしまったし、憂慮していたミスハの正体も隠し通せそうだ。さらにこうして昼食まで奢ってもらえるのなら、むしろプラスに転じた形と言えるかもしれない。


 もちろん、明日の共同採集が順調に済めば——の話だが。


 なんてことを考えながら、アレサの話を聞き流しながら歩いていると、

「——ッと!」

 腹にぼよんと、何かの当たる感触がした。


 どうやら道ですれ違った相手とぶつかってしまったらしい。しかも向こうは何だか面白いくらいに跳ねて、すってんころりと転がっている。

 いかんいかんと駆け寄って、手を差し伸べる。


「悪い、大丈夫か?」

「いかんねえクロっち、女の子には優しくせにゃあ」


 女の子。そう、ぶつかった相手は女の子だった。


 小さな背丈に大きなお胸。髪の毛は桃色がかった長いツーテール。この田舎町ではあまり見かけないような、ひらひらの多い服とスカートを着て、女の子座りに倒れ込んでいる。

 と、そこまでは可愛らしいのに、背中には見事な大弓を背負っていた。なんとも奇抜な組み合わせだが、こんなナリながら狩人か何かだろうか。


 女の子はクロの差しだした手に気付くと、

「あ、はい。どうもです」

 これまた可愛らしい声で、クロの手を取り立ち上がった。


 膝下の土をぺしぺし払いながら、「うー、またドジってしまったのです」などと言いつつ、少ししょんぼりとしている。

 何だか変わった子だが、地元の人間だろうか。どうも違う気がしてならない。


 それとなく見ているうちに、また一つ特徴的な部分に気が付いた。耳が普通よりいくらか長いのだ。加えて少し尖ってもいる。


「……エルフ?」


 クロの言葉にビクッと反応して、少女は素早く距離を取る。

 そしてそのままこちらを観察しながら、じり、じりと後退っていき、さっと振り向いた後は脱兎のように走り去っていった。


「……何だったんだ? 今の」

「珍しいねえ、このへんでエルフなんて。ていうか、この国ゼグニアで亜人を見かけること自体が珍しいよねえ」

「へえ、そうなのか」

「お、記憶喪失くん。本領発揮だね」


 馬鹿にしてるのか、からかってるのか、どちらでも同じことである。医者は患者のナイーブな心にもっと配慮すべきである。まったくこれだから素人は。


「あんたのその性格、マジでなんとかならないの?」

「できればとっくに誰かがやってるっしょ。特にユーリィとか、ユーリィとか!」


 もうその言葉だけで、あの橙髪少女の苦労が偲ばれた。あの子はこんなのを師匠に持って、本当に後悔していないのだろうか。それとも一生をかけてでも、これの軽挙妄動を矯正してみせようと決意した、慈愛の天使なのだろうか。どちらにしろ尊敬に値する。


 なんて考えている間にも、二人はトランメニルの街並みを歩き続けていた。

 そしてようやく、アレサが足を止める。


「そんなわけで、とーちゃ~く」


 この街のご多分に漏れず、緑豊かな木々の合間にその店は建っていた。


 店内にカウンター席とテーブルが二つ。外に張り出したテラスには、またテーブル席が三つ。どうやら少数の客にしっかりサービスをするタイプの店らしい。

 アレサは店の者に軽く挨拶すると、迷いなくテラスの一番奥にあるテーブル席に腰掛けた。

 丸いテーブルも椅子もムラなく白に塗られて、なかなか上品な仕上がりだ。そしてそこに腰掛けたアレサの姿は、実に様になっている。その光景が何故か腹立たしくすら思えるのは、クロばかりではあるまい。黙っていれば美人とは、まさにこの女のためにある言葉だ。


「ほれほれ、クロっちも座った座った」


 それ見たことか、ばたばた手を振ってもう台無しである。


 クロも椅子に腰掛けると、すぐ二人の前にカップが置かれた。銀製で繊細そうな器の表面には、巻いて伸びる蔦と広がる葉の意匠が刻まれている。慣れた手つきで紅茶が注がれた。


 クロがひょいとカップを持ち上げてみると、鼻を抜けるような独特の涼やかな香りがした。


「ハーブティーってやつよ。ささ、いっちょ飲んでみたまえ」


 薦められるままに口に含むと、一瞬冷たさを感じるような香りが来て、そこから様々な雑味が一斉に襲ってきた。紅茶はそのまま喉を流れ落ちると気配すら消え、後には透明な後味だけが残った。


「変な味だ」

「あはは、確かに」

「でも嫌いじゃないな。食い物の合間にでも飲みたいかな」

「お、意外と分かってるねえ」アレサがふふんと笑った。


 話しているうちに、注文も無しに食事が運ばれてきた。


 食用花を飾りにして盛り付けられたサンドイッチだった。久々に見た真っ白いパンが、味付けされた鳥肉と、豊富な香草や葉野菜を包んでいた。ちらちら見える黒い粒は胡椒だろうか。他にも白いソースが一緒に挟まっていたり、チーズに胡桃にと素材もバリエーションに富んでいる。


 届いてすぐに食らいつくと、どれも素材からして身体に良く沁みる。空腹こそ最大のスパイスとはよく言ったものだが——それにしたって中々の味だ。先ほどのハーブティーも効果を発揮しているのかもしれない。


「こんだけ美味しそうに食べてもらうと、料理人冥利に尽きるだろうねえ」

 自身も一口ずつ食べながら、アレサはクロの食事を楽しそうに眺めていた。


 しばらくはサンドイッチに食らいつき、クロはたっぷりと腹を膨らませる。それからようやく、話の口火を切った。


「それで? 何か話があったんじゃないのか」


「おや、勘が良いんだね、クロっちは」

「俺たちが霊樹の蜜葉を欲しがる理由、あんたが気にならないわけないだろうしな」


 先ほどの薬草店での話の続きをしよう、というわけだ。


 あれから店に戻り、色々と話し合った。結論としては、クロとフレデリカ、それにアレサの弟子であるユーリィ。この三人で連れ立って、明日の夜明け前から蜜葉を採りに行くことに決まった。

 どうやら道中ではここのところ山賊が出るらしく、戦える人間は多い方がいい。ならば是非にも手伝いましょう。代わりに二チームで取り分も山分けしましょう。大体そんな話をした。


 しかし今思い返してみても、親切心から言っているわけでないことには気付かれていた節がある。特にユーリィはだいぶ不満げだったのを、丸め込むのに苦労した。アレサも本音は同様だろう。


 さて、ここからミスハのことをどう隠し通したものか。


「まー、そっちも気にはなっちゃいるんだけど……」


 顔に出さないよう悩むクロに、しかしアレサは首を振った。


「わたしが聞きたいのは、うちの妹ちゃんのことなのさ」

「妹っていうと、フレデリカの?」

「そ。なんとなーくでいいから、最近のあの子ってどんな感じか教えてくんにゃいかなーってね」


 包み込む手でカップをすりすり、こちらの目を見ず口にする。口調は相変わらずの軽さだが、どうも真剣な話のようだ。

 ならばこちらも、真面目に答えなければいけない。のだが……


「……どうって言われてもなあ。俺もあんまり付き合い長いわけじゃないし」


 というか、どこまで口にしていいものだろう。


 フレデリカにも姉に聞かれたくない話はあるはずだ。特に少し前に朝の訓練中に話したことは、口外しないと約束もしている。

 じゃあそれ以外で、となると近衛騎士としての仕事ぶりでも話すことになるだろうか。しかしそれはそれで場合によっては、ミスハを帝都に連れて行く途中であることまでバレかねない。


「一応わたしらも、あの子が今、近衛騎士団に所属してるってのは人づてに聞いてる。でもそれ以外がさっぱりなんだよね~」


 要人の護衛をしていることは把握しているが、それがミスハだとは知らない。そんなところか。助かるような、ここから追求されると答えに窮するような……微妙なラインだ。


「えーと……詳しい話をする前に、だな。そもそもあんたらとフレデリカって、今どういう状態なんだ? あいつはあんまり会いたくなさそうだったけど」

「どうって、そりゃもちろん家族だよ。仲良し家族の母親と次女三女。ただちーっとばかし、あの子は将来設計で家族と揉めちったもんでね」


「本来は医者の家系なんだよな」


 アレサはハーブティーに口を付けてから頷いた。


「自分で言うのも何だけど、治癒術士としては超エリートの血筋だよね。ヘリオスの紋章痕を宿せば治癒魔法なんてお茶の子さいさい。神承器もセットなら、死体以外はどんな怪我でも治せるってなもんよ」

「へえ」


 すごいすごいとは聞いていたが、本当に大層なものなのか。


「で、フレデリカも当然そのへんの仕事をすることになる——はずだったのに、何でか騎士を目指しちゃったと」

「そゆことー。宿す紋章からして剣士にゃ向いてないのにねえ。無茶するよ、フレデリカも」

「でも、実際に騎士にはなれたんだから、良かったじゃないか」


 クロの意見に、アレサは軽く唸った。


「うう~ん、そうとも言えんのよね~これが。騎士と言っても近衛だもん。あの子にとっちゃ不満っしょ」


 うん。どうしよう、何を言ってるのかよく分からないぞ。


「あはは、記憶無いんじゃさっぱりだよね。まあ軽く説明するとだねぇ——」


 困惑が顔に出ていたクロに、アレサがゼグニア帝国政府の体制について簡単な解説をしてくれた。


 ゼグニア帝国皇帝の配下には、大きく分けて二つの組織が置かれている。政を取り仕切る執政院と、軍事を担う帝国騎士団だ。

 現在の執政院の長は、摂政と兼任で水大公ベナス。帝国騎士団長は、地大公グローディクが任されている。

「うちの母様の宮廷医師団なんかは、またその二つとは少し外れてるんだけどね」とアレサは付け足した。


 閑話休題。ともかくその二大組織の片一方である帝国騎士団。これこそが、ゼグニア全土の騎士たちにとっては花形にあたる。偉大な騎士を夢見るフレデリカも、当然ながら帝国騎士団の見習いとして帝都に入った。


「でも今は近衛騎士団にいるわけよ」


「……それ、何か違うのか?」

「実は大違いなんだな~これが」アレサはちっちと指を振った。「各領主の私設騎士団は別にして、この辺に常駐する北方騎士団とか、東の同盟国の騎士団なんかも、騎士の類はみーんな、基本的には帝国騎士団の下部組織なのよ。ところがどっこい。近衛騎士団だけは、二大組織のもう片方——執政院の所属になってるのさ」


 ほう、と声を出してクロは少し思考を巡らせる。


「言われてみると……騎士たちは本人が戦えるんだもんな。護衛を必要としてるのは執政院の方なわけだ。そんで変に所属が違うと、いざって時に融通が利かない」

「そゆこと~。……なんだけど、そうなると近衛騎士団に配属された人は、帝国騎士団から切り離されちゃうじゃない? 当然帝国騎士団としては、できれば有能な人材は自分のところで囲っておきたいわけで……」


「要するに、近衛騎士団ってのは、いらない奴の左遷先ってことか」

 歯に衣着せないクロの言い方に、アレサは苦笑する。


「一応、家柄は多少問われるんだけどね。わざわざ親戚の近衛騎士になる人もいなくはないし。でも悪く言うならまあ、そーゆーこと」


 アレサはふう、とハーブの香りがする息を吐き出す。


「だからフレデリカがわたしらに報告したくないのも分かるんだよね。あの子、自分は剣で身を立てるんだって本気だったもん。知られるのが恥ずかしい……いや、認めたくない、のかな? 家柄の『おかげ』で近衛騎士団に『だけ』は入れた、なんてさ」


 今でも続けている朝稽古に、クロや周りへの劣等感。それらの理由を垣間見た気がした。そしてアレサの態度も分かる。


「それで優しいお姉ちゃんとしては、夢破れた妹のことが心配なわけか」

「ま~ね。知って何するってわけじゃないけど、ここは一つ、妹のボーイフレンドによろしく頼んどこうかと思ったのさ」


「まだ言ってんのかよ。もう勘弁してくれ」

 クロは呆れ調子で椅子の背にもたれかかる。


「いや、でもさあ。実際問題、男女が一つ屋根の下、何も無いって方がおかしくない? あの子もわたしと一緒でめちゃくちゃ美人だし、手籠めにしようとしない方が変だって」

「知るかよそんなの。つーか女所帯に男一人だけ入っちゃって、俺はだいぶ肩身狭いんだよ。そういう発想自体が出てこないっつーの」

「うわ。他にも女の子いるの? ってことは、両手に花? むしろハーレム状態? それとも、もう本命は絞ってたりするわけ?」


 ずいずい寄ってくるアレサに、クロはいよいよ眉をひそめる。


「あんたもホントにしつこいな。フレデリカの話はどこ行ったんだよ。つーか、なんなら俺が誰かと懇ろにならにゃ気が済まん事情でもあるのか」

「当の然にあるともよ!」

「嘘こけ!」


 はい嘘です。と反省しつつ、アレサは見事にぶーたれる。


「だって最近つまんないんだもーん。恋バナなんて人からしか聞けないしー。ユーリィは勉強勉強だしー、フレデリカも絶対教えてくんないだろうしー」


 テーブルにだらーんと手を伸ばし、足をパタパタ。アレサは拗ねた子供のような動きをしてみせる。というより、そのものである。はた迷惑な大人子供である。


「じゃあいっそ、俺とあんたで恋愛でもしてみるか?」

 クロが挑発すると、

「あっはは! 勘弁!」


 てめえぶっ飛ばしてやろうか。あと、そんな勘弁相手に無理矢理くっつけようと画策されてるフレデリカにも謝ってきなさい。


「まあ、やってやれんことはないんだろうけどねえ。わたしゃ貞淑な女なもんで、婚約者に操を立てておるわけよ」

「え、あんた婚約者いたのか」


 これに捕まった相手は可哀想だな。と言うには、少々外見の出来が良すぎるか。男たるもの、これだけの美女を伴侶に出来るなら、多少の無神経には目を瞑るにやぶさかではあるまい。


「好き勝手やってるように見えて、貴族令嬢の王道ひた走ってるかんね、わたし。しかもお相手がまた、顔も性格もいいんだわこれが。ただそうなると、不満はないけどおもんないじゃん? ちょっとはワクドキしたいじゃん? てなわけで、こうして人の恋バナ聞きたくなるってもんなのよ~」


 言いながらアレサは、ちょいちょいと店の人間に合図をした。食事の締めにデザートがあるらしい。


「刺激欲しさに不倫に走るタイプだな、あんた」

「おーう、耳が痛えぜ兄ちゃん」


 その割には馬耳東風に聞き流すと、アレサは運ばれてきたデザート——花びらのように開かれた洋梨にぺろりと舌を出す。

 クロも小さなフォークでぱくついた。酸味と甘みがほどよい出来だ。


「ま、ともかくそんなわけで、何か妹が悩んでたら相談乗ったり、困ってる時は何かと助けてやっちくり。よろしゅー頼んますわ」


 急に戻った話題は、素直に任せろとも言い難く、「可能な限り、善処しますよ」と精一杯の抵抗をして、クロは昼食を終えた。


 ◇


 ——さて。


 と、店を出ようとしたところに、見覚えのある橙色の髪。ユーリィがやってきた。

 手にはどこぞで狩ってきた獲物をひっ捕まえている。その獲物にもわずかな見覚えがあった。ふわふわの服と背にした大弓。かわいく留めた桃色がかったツーテール。なによりもその長い耳。


「お、さっきのエルフ」

「どしたん? それ」


 アレサの問いに、ユーリィが獲物の首根っこを掴んだまま答える。

「どうも遠目からお二人を監視してるようでしたので、捕まえてみました。お知り合いですか?」


 二人仲良く首を振った。


「ち、違うのです。わたしは怪しい者ではないのです! ただちょっと手配書の確認を……」

「手配書?」


 言われてみれば、エルフの少女は手に羊皮紙を持っている。クロはひょいとそれをひったくり、「あ、ちょっとダメなのですよ!」無視して内容を読んでみる。


「…………だめだ、さっぱり読めん」

「あはは、そういうこともあるよね。クロっちの話してる言葉変わってるもん。どれどれ……」


 横から覗き込んだアレサが代わりに読み上げる。

「えー、なになに……この者大罪人につき、捕らえた者に褒賞として金貨二百を与える。生死問わず。外見は黒の髪に黒の瞳、中肉中背の男で……呼吸の際に黒煙を吐く? なんじゃこら。どこの怪人だよ」


 完全にクロのことである。


 覚悟はしていたものの、ついに来たか。貴族を二人も殺した上で、さらにもう一人半殺しにしてしまったのだから、こうなるのも自明の理というものだ。それでも実際に指名手配犯となれば背筋に冷えるものはある。

 どうにか無表情を装いつつ、クロは話を進める。


「それでお前は、似た恰好の俺を観察してたってわけか」

「なのです。見た目は似てますが、いつまで経っても煙を吐かないので人違いだったのです」


 ようやくユーリィに離してもらったエルフの少女は、服を整えつつ答える。それから可愛い顔でぷんすか怒り始めつつ、言葉を続ける。


「しかしこやつだけは絶対に許さんのです! 地の果てまでも追い詰めて見つけ出し、この神承器アルテミスで、脳天ぶっ飛ばしてやるのですよ!」


 背にしていた大弓を手に掲げ、ぐいぐいと調子を確認する。ばーん、と撃ち出すところまでそらで見せるわけだが、なんともはや。まさかこのエルフの少女が神承器の持ち主だったとは。とても強そうには見えないが、さて、いつ殺そう。


「しかし、何だってこいつのことそんなに恨んでるわけ? 知り合いが被害にでも遭ったのか」

「知り合いどころではないのです! わたしたちユグドラエルフの、次期女王様が殺されちゃったのですよ⁉」


 両手を上げて精一杯の怒りを表現してから、「ここを見るのです、ここを」と羊皮紙を指し示す。


「……悪いけど、なんて書いてあるんだ?」


「この者、皇帝ウィグムンド様と第一皇妃エルヴィア様のご息女、皇姫ミスハ様を殺害せり。です! 追っ手や近衛騎士たちまでほとんど返り討ちにして、この外道は目下仲間たちと逃走中なのですよ!」


 クロの顔にほんの少し、皮肉ったような笑みが浮かんだ。


「………………へえ。そいつは——実に大変な状況だな」


 取り繕う必要もない。心からの言葉だった。

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