宿への帰り途
イェルはまた少し調べたいことがあるというので屋敷に置いて、残る四人で一つの馬車に乗り込んだ。
帰りの馬車の中でフレデリカはオズに、光大公の住まうウィスピリアへの道を詳しく説明した。やはり相当な距離があるようで、馬でも一週間はかかるらしい。しかしオズは絶望するような様子もなく、真剣に話を聞いていた。
オズと情報を交換するうちに、彼の仲間たちが捕らえられている大体の場所もわかってきた。
ピネス山脈を構成する高峰の一つ、アルバデール山。その一部がオルムスの領地なのだが、どうもこのどこかに、
国境をまたいでいないとなれば、光大公も俄然動きやすくなる。淡くはあるが、期待の持てる情報だった。
一通りの話を終えたところで、オズはナタリアのことについても尋ねてきた。
ここであえて隠しても良いことはない。正直に彼女の家族に起きた悲劇について伝えると、オズは沈痛の面持ちで、ナタリアの心情に思い至らなかった自らを責めていた。
施療院の前に着いたところで、全員が馬車から降りた。
夜はとっくのとうに深くなり、空にはいくつもの星が輝いていた。
◇
馬車が去り、オズがどうにか施療院に戻っていくのを見届けてから、フレデリカが大きく伸びをする。
「くぅ~……疲れたあ! はあ……もうこんな堅苦しいのはうんざりだと思ってたのになあ……」
フレデリカの本音を隠さない態度に、ミスハは小さく笑みを浮かべる。
「仕方があるまい。中々こういうしがらみからは、逃れられるものではないからな。しかし、よくやってくれた。フレデリカに意識が行っていたお陰で、私の正体は領主に気付かれなかったようだぞ」
「そう言って下さると報われますよ、はあ」
施療院から宿に戻る道すがら、クロは今回の件についてミスハたちの見解を聞いてみた。
二人の意見は大方同じで、フェルドの判断が間違いとは言えない、というものだった。
曖昧な情報だけで他国の人々を助けに行くというのは、やはり簡単ではない。三大公ならば秘密裏にバジェルたちを助け出すことも可能だという見解も正しい。オズが何かしらの企みを持っていることだって、否定はできない。
「でも——」と、フレデリカが付け加える。
「私には彼が嘘をついてるようには見えなかったけどなあ。それに、フェルド侯爵もちょっと冷たく切り捨てすぎだよね。何ていうか、あしらい方に私怨が混じってる、みたいな……」
「そりゃ一応、目の前で同族に前領主を殺されてんだから、私怨はあるだろ」
「そういうのじゃなくてさ。う~ん……婚約者をとられた気がして焼き餅焼いてるとか?」
「
言いかけて、ミスハは不意に黙り込んだ。
どうしたのか尋ねると、ミスハは「いや」とだけ答える。
訝しんで目を細めていると、何やら遠くから蹄鉄の音が聞こえてきた。馬車が一台こちらに向かって来ているようだ。
馬車の中にナタリアの姿が見えた。向こうもこちらに気付いたのか、馬の足が止まった。
「ちょうど良かった、皆さんにもお会いしたかったんです。約束をすっぽかした上に、勝手に出ていってしまって……本当にすみませんでした」
降りてきて早々に、ナタリアは頭を下げた。
フレデリカは気にするなと肩を抱き、ミスハもそれに同調した。
「しかし、街中の馬車とはいえ、こんな夜中に出歩いては危険だぞ」
「それはわかってるんですけど……」
皆さんに
彼女もフレデリカと同じく、オズが嘘を付いているとは思えなかったわけだ。そして後になって、あの場から逃げ出してしまったことに罪悪感が湧いてきた。そんなところか。
「ナタリア殿のせいでないことは、誰もがわかっておる。焦らずともよいだろうに」
「オズさんも、あなたのご家族のこと話したら、無神経だったことを謝っておいてくれって言ってたよ。すごく心配してた」
「だとしたらなおさら、こっちも謝りに行かないと」
当然そうなるだろうという答えだ。フレデリカ本人にそんなつもりがあるのかは怪しいが、傍目にはナタリアの性格をわかった上で焚き付けているようにしか見えない。
「じゃあ、そろそろ」
馬車に戻るナタリアに、ミスハが一つ進み出る。
その顔にはどこか、決意のようなものが宿っているように、クロには見えた。
「……?」
訝しんでいるうちに、ミスハはナタリアに話しかける。
「あまり気に病むでないぞ。必ず万事、上手くいく。——必ずな」
「……はい。ありがとうございます」
ナタリアが気丈に微笑むと、再び馬車は施療院に向けて動き出した。
◇
馬車が去ってから、クロはミスハに尋ねる。
「なあ。今の話、何か根拠とかあったのか?」
「……さて、な」
クロの問いに答えることなく、ミスハは宿へと歩き出した。
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