かくして怪物と皇姫は出会う

 

 

「これは一体……何があったのだ?」


 彼が死体から剥ぎ取った服へ着替えているところに、ローブ姿の幼い少女が姿を現した。

 くすんだ銀髪に赤黒く固まった血が少し絡まっている。瞳の色は元から赤いのだろう。抉れた地面や大木に目をやりながら、困惑の表情を浮かべている。


 たしか先ほど追われていた少女だ、名前はなんて言ってたかな、と思い出してみる。


「ええと確か……ミスハだっけ。大丈夫か? おでこのとこ、怪我してるみたいだけど」

「え……あ、ああ。大事ない。少しばかり切れただけだ。そちらこそ無事なのか? 服にだいぶ血が付いておるようだが」

「これ? これは俺のじゃないし。血も服も」


 こいつから剥ぎ取ったんだよ、と殺したばかりの死体を見せた。胸に大きく穴が空いた死体で、手にある剣はまだ微かに光を放っていた。


 死体を目の当たりにすると、ミスハの顔が途端に険しくなった。じっと死体を見つめてから、しばし目を閉じる。

 それから一度呼吸を整え、顔を再びこちらに向けた。


「――ともかく、助太刀感謝する。あのままなら私は殺されておったのだから、おぬしは私の命の恩人ということになるな。何か礼でもできればよいのだが……」


「助太刀? 何のことかよく分からんが……、礼がしたいって言うなら何か食べるもの持ってないか。さっきからだんだん腹減ってきた気がするんだよ。これまでは何日食わなくても平気だったのに、あれを見た途端にさあ」


 指し示した先には死体が手にした剣、神承器ゼピュロス。所有者バルテザを失ってしばらく経ち、ちょうど剣身の輝きが薄れていくところだった。


 そしてまさに今、その輝きが、消える。

 同時に、彼の首がカックンと曲がった。そのまま音を立てて地面に倒れ込む。


「お、おい⁉ どうしたのだ、大丈夫か⁉ やはりどこかに傷を負っておったのか⁉」


 かけ寄ったミスハに、吼えるような音が答えた。


 ……腹の虫だった。

 その咆哮は収まる様子もなく、二度目はさらに大きく、わんわん鳴いている。


 目の前の状況に理解が追いつかず、固まっているミスハに、彼は弱々しく手を伸ばす。


「は、腹が急に、猛烈に減って……し……死ぬ…………」


 そう言い残して、彼は意識を失った。

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