たぬき先輩は素っ気無意地悪い
「たーぬきセンパーイ!」
いつもの第一声が六畳ほどの部室に今日も響き渡る。先輩は俺に一瞥くれるが、またバスドラムの方に目をやり、そちらをじっと見つめる。先輩の中で、俺はまだこの部室にはいないことになっているのだ。
だから、めげずにもう一度、叫ぶ。
「たーぬきセンパァイ!」
初夏にもかかわらず、部室の隅で扇風機がブーンと音を立てながら首を振っていた。俺の声が止んだあとも、扇風機は先輩と俺とを交互に見返していた。
「っさいなあ、もう。」
こうしてやっと先輩は俺の方を向いてくれる。
ここまでが、いつものやりとりなのだ。
このように、部室に行くと大抵たぬき先輩がひとりでドラムと”対話”している。
それを邪魔するのが、俺の仕事だ。
「たぬき先輩が、無視するからですよー。」
なんて言いながら、俺はコンビニ袋から麦茶2Lと紙コップの束を取り出して机に置き、扇風機のスイッチを中風から弱風に切り替える。
「てか、その名前で呼ぶなっつーの。」
相変わらず、先輩はムスッとした顔をしている。たぬきというよりもトラっぽい気がする。あるいは、飼い主以外は噛み付いてまわる、イヌ。
「ほらほら、カワイイ顔が台無しですよー。」
束から紙コップ2つを取り出し、ペットボトルの封を切る。
「っせー、バーカ。」
あいかわらず、口も悪い。こころなしか、さっきよりも先輩の表情が明るくなった気がする。
どうやら、完全にこちらの世界に戻ってきたようだ。
「またそんな言い方してー。」
トクトクトク、トクトクトクと茶色の液体がコップに満たされていく。ひとつはドラムよりに机の上に置きなおし、もう一つは
そのまま口にした。買ってきたばかりだからか、まだ冷たい。
「てか、その女の子に向かって、たぬきとは何事かってことなんだけれど、キミはもっとデリカシーというものを学ぶべきだったな」
なんか、すごい語列でまくしたてられた気がする。紙コップを口から遠ざけ、吹き出す前に、口内に残っていた麦茶をむりくり飲み込む。
「じゃあなんて呼べばいいんですかー?」
「みんなみたいに、カオリン先輩、とか呼べばいいじゃん?」
「だから、「タ」抜きー、でしょー?」
俺はポケットから携帯を取り出し、バインドを起動する。
「死ね。」
塩対応。
というか、単なる暴言か。
でも、これがいいんだよな。
先輩の本当の名前は、高尾凛。タカオリン。
メンバーからは、カオリンって呼ばれているのだけれど、「カオリン」って名前があまり好きじゃないから、俺個人的に、たぬき先輩って呼んでいる。
「また、バインドやってんの? てか、あんた、SNSあげてないと死ぬ病なの? 時間の無駄だし、おもしろくなくない?」
さも、嫌そうに先輩はいう。
「違いますよ。投稿しませんよ。ただ見てるだけ。それだけでも有益な情報はバンバン得られるんですよ、SNSは。IT革命以降、ほんとすごいんですから。てか逆に、先輩は自分の世界に閉じこもってないでもっと世間とつながるべきですよ。」
そう、先輩はあまり人とのつながりを求めていないようだ。
ずっと、さっきみたいにひとりで対話しているような。
俺がサークルに入ってからも、サークルメンバーとさえ、あんまり楽しそうに会話しているところを見たことがない。
SNSもやっていないし、いまだにガラケーを使っている。
実家のご家族と連絡がつけばそれでいいそうだ。
孤高、というか、芯が通っているというか。
「いいの。わたしはそんなに他人に興味ないんだから。」
「そっすか。」
そういって、俺はみんなの投稿を拾い始める。
“わたしはそんなに他人に興味ないんだから”
さすがだな。
俺とは、やっぱ違うな。
画面を適当にスワイプしていく。
あいかわらずつまらない文字列や画像ばかりが俺の画面を通り過ぎていく。
たしかに、ここにはおもしろいことはなさそうだ。
スマホをポケットにしまい、また麦茶に手が伸びる。
ふむ。
おもしろいこと、ね。
先輩はどんな人を好きになるんだろうか?
あんだよはいつもこたえをはぐらかす あき @COS部/カレー☆らぼらとり @aki0873
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