あんだよはいつもこたえをはぐらかす

あき @COS部/カレー☆らぼらとり

あんだよはいつもこたえをはぐらかす

「ねえ、あんだよはさー。」

わたしはキッチンに立つ。

大根をまな板の上でトントントンとリズム良く短冊状に刻んでいき、片手鍋のお湯がグツグツとなったところに加えた。

いつのまにか炊飯器から勢いよく出ていた湯気もおさまっていた。ご飯が炊けるまであと5分だそうだ。


「んー?」

ソファーで横になっているこの男はあんだよ。

安藤だから、“あんだよ”。

軽音メンバーからはそう呼ばれている。

もともとは、新歓の自己紹介のとき、本人の滑舌の悪さから「あんどう」が「あんだよ」に聞こえたことから、このあだ名がついた。

これでボーカルやるってんだからおまえ本当に大丈夫かっておもっていたのだが、案外舌ったらずな発声が味を与えていたりするもんなんだなー、と当時は感心していたものだ。

とはいえ、見ての通り、だらしない男だ。


ちなみに、わたしの彼氏。

みんなにはまだないしょ。


「なんでわたしと付き合おうとおもったの?」

左手に持った半丁の木綿豆腐を縦横水平八等分になるように包丁を入れ、それらも沸騰した鍋に放り込んだ。大根がまだ半透明になっていない気がするのだけれど、ガスコンロの火を弱め、味噌を掬い取ったおたまを鍋に沈め、少しずつ箸で溶いていく。


「んー?」

そういったっきり、テレビからの実況者の声ばかりがわたしに届く。

いつものごとく、生返事。野球中継に夢中なのだろう。

七回裏。1-7。ボロ負け。

シーズンが始まってしばらくたったが、タイガースはどうやらまだ本調子じゃないようだ。あるいは、監督がかわったからだろうか。


「んー?」

もう一度、口癖がでる。

実は、そうなのだ。

私たちのこの関係は、あんだよから言い出したのだ。

いい“ダシ”たのだ...?

そういえば、ダシの素、入れ忘れてたな。今入れてしまうか。

こいつは前触れもなく、わたしに告白してきたのだ。

突然のことすぎて、あまりあの日のことは覚えていないのだが、その日のうちにこいつはうちに上がりこんでいた、気がする。


「んー? なんでだろうねー?」

気がつくとあんだよの顔がのっぺりとわたしの右肩から現れた。

あんだよは、気配を消すのも得意だ。

ボーカルのくせして、ステージではあまり目立つほうではなく、むしろ無口のミステリアス系を装いがちだった。それが功を奏してか、ライブ終わりでも、誰にも気づかれることはなかった。

存在の薄さもあってか、わたしと付き合っていることも周囲にバレていない、気がする。

わたしはあんだよの顔から離れるように、左に動き距離を取る。ダシの素が溶けるように、満遍なく鍋をかき混ぜつづける。


「んー、そういうカオリンは?」

料理の手が完全に止まった。


たしかに。

わたしはこいつのどこがいいんだろう。

正直、キモい。

たしかに、歌も上手いし、背も178cmとそこそこ高いし、顔も悪いわけじゃない。

でも、言動が、キモい。

むしろ、なにもかも。

ミステリアスをとうに通り越して、キモい。

隠キャ?

そうでもない?

性格も明るいはず。

でも、なんだろう。

え?

キモい。


うーん、どこだろう。

こいつのいいところって。

振り絞ってみたけれど、パッとしたのはおもいつかない。


ちょっとした沈黙が部屋に響いた。


「飽きないから、かな?」

「んー。じゃあ、俺も、それで。」

適当か。





とりあえず、ご飯と味噌汁をそれぞれ茶碗についで、お盆の上においた。

テーブルまで運ぶのは、あんだよの仕事。今日はピッチャー三門の肩が不調なようで、ちょうど野球中継にも興味をなくしたようだ。

スーパーで買ってきたお惣菜、今日は唐揚げとほうれん草のおひたし、を冷蔵庫から取り出す。うちでは洗い物が増えるから、パックのまま食卓にあげる。

お互い酒は呑まないので、冷やしておいた麦茶もついでに返ってきたお盆に乗っける。

自動的に配膳してくれるのだけは、助かる。

いつのまにか、テーブルには箸置きにきちんと置かれた箸やコースターに置かれたグラスも用意されていた。

こういうところはマメなんだよな。

わたしもソファ、あんだよの左隣、に座る。


「それじゃあ、いただきます。」

わたしは手を合わせる。

「召し上がれー。」

おまえがつくったわけじゃねぇだろ。

と、わたしも心の中だけでつっこんで、味噌汁に口をつける。いつもどおりの塩対応。

ネタはどうあれ、ボケるという関西人の習慣はあんだよにもあるらしい。



そういうリズムが、案外わたしと合っているのかもしれない。

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