第33話 極超音速の空中戦
どす黒い爆煙が鷹月市の上空へと拡がる。もうこうなっては、近隣住民がパニックになるのは時間の問題だった。爺さんの結界で人避けと消音は行われているが、煙まで隠す事は出来ない。ただでさえ、帰宅ラッシュ時の夕方ではもうこの騒ぎを隠し通す事は無理だろう。
「そんな……、そんな……ッ!?」
リーゼルが強大な爆炎に包まれるのを見た岩平は、頭の中が真っ白になってその場にへたりこむ。爆煙が風で流れた先には、リーゼルの残骸すら何も残されてはいなかった。ただそこには大きく抉られたクレーターがあるだけである。
「あー……、そういやそうだった……。貴方って、翔べたんだったわね――――――」
絶望で自分を見失いそうになる岩平だったが、その時、フォノンが何やら呟いてる声が聞こえた。慌てて岩平は辺理爺さんと共にフォノンの視線の先を追い、爆煙立ちこめる上空を見上げる。
「リーゼル!?」
上空20メートルくらいのとこにリーゼルはいた。被弾する直前に上空へと翔び、爆煙の中へと隠れていたのだろう。広げたナブラの翅(はね)は、煙の尾を引いていた。どうやらいつの間にか、リーゼルの飛行能力は回復してたらしい。
「あああああぁぁぁぁああぁぁっっっ!!!!」
その場でリーゼルは物質波(マター・ウェーブ)で生成した新たな赤い槍斧を、渾身の力を込めて槍投げのようにフォノンへと投擲する。その槍斧はこの前のフェルミとの戦いの時に、血の物質波(マター・ウェーブ)で生成したものと同じものだった。また、同様に左側の翅(はね)も物質波(マター・ウェーブ)で生成して、飛行能力を取り戻す事に成功している。
「なるほどねぇ……、通常の揚力飛行に加え、音響流推進も使ってるんだ。それ――――」
リーゼルの槍斧は学内正門前の敷地を砕いて裏手の階段までをも破壊したが、フォノンには当たらなかった。それどころか、一瞬で飛翔して回避し、リーゼルの背後へと回り込む。
「なっ……!?」
急いでリーゼルは薙ぎ払おうと右手の槍斧を振るうが、フォノンの持っている羽箒のような演算子でいとも容易く受け止められてしまう。
「へぇ……、空中戦も面白そうじゃん❤」
フォノンは不敵な笑みを浮かべて、すぐさま数発のミサイルたちを超至近近距離で発射する。
「ぐぅううううううぅぅっっっ!!」
リーゼルはなんとか首を捻って急降下し、それらをギリギリで躱す。しかし、リーゼルは避けるのが精一杯だったが為に、後方にある校舎については失念していた。ミサイルはそのまま後方の体育館屋根へと激突して、凄まじい爆発音を奏でる。
「そんなっ!? 学校がぁっ……!?」
被弾してしまった体育館の屋根は大破して、見るも無残に吹き飛んでいた。生徒の安否が気がかりだったが、今はそれを確かめる余裕すら無い。ここで戦うのはまずいと考えたリーゼルは、急降下からすぐさま学校の反対側へと飛ぶ。
―辺理爺さん、岩平の事は頼んだぞ―――――。
「逃がさないわよ❤」
目論見通り追いかけてくるフォノンだったが、リーゼルが山側へ逃げようとするのは許さなかった。弾幕を張り、空中で爆発させてリーゼルの退路をひたすら塞いでいく。リーゼルは懸命にそれらを躱して飛ぶが、気付いた時には、進路を街の方角へと変えられていた。
―クッ、逃げ場が無いっ……。
―いや、まさかこれは……。街の方へと、『誘導』されているのか――!? こんなのまるで、手の平で踊らされてるみたいだ……っ!
それはまさに絶望への逃避行だった。こんな街中でミサイルを連発するなんて正気の沙汰ではない。しかし、スピードを少しでも緩めればその時点で撃墜されるので、リーゼルに選択の余地は残されてなどいなかったのである。諦めた瞬間に死ぬ。これは、そういうゲームだった。
「そらそら、コイツはどう?」
フォノンが一発のロケット弾を天高く発射する。リーゼルの上空でそれは分離し、中の小爆弾がシャワーのように降り注いだ。
「ウソでしょ……、クラスター爆弾ですって!?」
低空飛行へと移らざるをえなくなったリーゼルは、ビルの隙間を蛇行飛行をしながら、雨アラレと降る爆弾をかろうじて回避する。翅(はね)は軋み、すでに速度は限界を超えていたが、それでも止まる訳にはいかない。
「ああああぁっ!!」
「ほうら、まだまだあるわよ❤」
その上でフォノンが放ってきたのは何十本もの対空誘導ミサイルだった。ミサイルはリーゼルを追尾してどこまでも追いかけてくる。リーゼルは急旋回を繰り返して対処しようとするが、まるで振り払えそうもない。
「くっそぉおおおおおぉぉっっ!! シュレーディンガー方程式―――――『物質波(マター・ウェーブ)』!!!!」
追い詰められたリーゼルは急転回して、槍斧から特大の物質波(マター・ウェーブ)を放出する。どうにか大半のミサイルを撃墜する事に成功するが、その時の爆発のせいで数本のミサイルが軌道を変えて飛んでいってしまう。そして、その内の一本はリーゼルの頭上を飛び越えて、最悪の想像を現実のものにしたのだった。
「しまった……! 逃した一発がっ――!?」
そのまま、ミサイルは竣工中の高層マンションへと当たって爆裂してしまう。爆炎とともにビルには大きな穴が開き、破片は下の街へと降り注いだ。
「うあわああぁああああっっ!!!」
「何だ!? テロか!?」
大パニックになった街の人たちの悲鳴がこだました。それを聞いたリーゼルは、身の毛が逆立つのを感じる。
「きっ――さまぁぁああああああああああぁっっっ!!!!」
「ホラホラ、一発でも漏らすと街が壊れちゃうよ~❤」
怒りにかられたリーゼルがフォノンに向けて物質波(マター・ウェーブ)を放とうとしたその時、フォノンは自身から離れた所の広範囲に、街の方へと向けたミサイルを大量生成する。
「やめろぉおおおおっっ!!!」
それは、明らかに街を人質に取った卑劣な戦略だった。慌ててリーゼルは物質波(マター・ウェーブ)の軌道を変えて、それらのミサイルを迎撃する。
「ちゃんと全部、受け止められたじゃない。えらいえらい❤」
だが、当然それはフォノンの悪質な作戦だった。その隙にリーゼルの背後へと高速移動したフォノンは、リーゼルの方へと手をかざす。
「――あ……っ!?」
「バーガース方程式――――――『衝撃波解(ショック・ソルブ)』!!!!」
リーゼルが気付いた時にはもう遅かった。フォノンが発現させた強大な衝撃波はリーゼルの背中側へと直撃する。翅(はね)は見るも無残に割れて崩壊し、リーゼルはそのまま吹っ飛んでしまう。そしてビルに激突し、嫌な音を立てて壁面へとめり込んでしまった。
「が……、あ……」
そのままリーゼルはゆっくりと地上へと落下してゆく。もう翅(はね)を生成し直す力も残ってはいない。
―う……、もう翅(はね)が……。
―お願い、どうか動いてアタシの身体……、せめて着地だけでも……っ。
リーゼルは最後の力を振り絞って、なんとか一本の槍斧を生成する。そして落下しゆく中、その槍斧をビルの壁面へと突き立てた。
「う、うううううううっ……!」
コンクリートはバキバキと音を立てながら、槍斧によって表面を砕かれてゆく。リーゼルはどうにかその摩擦力で落下の勢いを弱めると、ビルに隣接しているショッピングモールの屋上へと転がり落ちた。
「ぐっ……、うっ……」
辛くも着地に成功したリーゼルだったが、ダメージは大きく、もう立ち上がる事さえできない。なんとか這ってでもこの場を逃れようとするが、フォノンは既に先回りしてリーゼルの前へと降り立っていた。
「はーい、チェックメイトぉ❤ よくがんばったね~、リーゼルちゃん❤」
「はぁ、はぁ……。ア、アンタ正気なのっ!? 帰宅ラッシュ時にこんな街中でミサイルを何百本とぶっ放つなんて! この街のどこかに演算者(オペレーター)がいたら、本が燃えてしまう可能性だってあるのよ!」
「え~ひどーい。これでもフォノンちゃんは、最小被害になるように手加減してるつもりなんだけどなぁ~。その気になればこんな街、ワタクシならいくらでも壊せるし、どんな物理学者(フィジシャン)
が現れたとしても、負ける気がしないっていうかぁ~……」
余裕ぶった声とともに、フォノンの羽箒(はそう)剣がリーゼルへと向けられる。もはや逃れる事はできないと悟ったリーゼルは、その場に座りこんで最期の時を待った。
「くっ、殺せっ……!」
「ん~、どぉしよっかなぁ~? そりゃ確かに、今殺しちゃってもいいけどぉ~……。フォノンちゃん的にはぁ~、もっと後回しにした方が面白いと思うのぉ~っ❤ この先の絶望を知ってもらう為にもね❤」
フォノンのわざとらしい小悪魔的な笑みを見せつけられたリーゼルは、背筋が凍り付くような戦慄を覚えた。こんなサイコ娘に捕まったら最後、何をされるか分かったものではない。この人物にこれから自分はどんな非道い目に遭わされるのか、リーゼルには想像もつかなかった。
「あ……!」
その時だった。突然、フォノンとリーゼルの周囲が青い閃光へと包まれる。そして次の瞬間には、ショッピングモールの屋上一帯を焼き尽くす程の大爆発が巻き起こった。
その爆発はごく小規模ながらも、原理的には核爆発に近い威力を持っているような代物だった―――――。
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