第7話 オルバースの夜空

「おっ、これはハイポーラトランジスタ……♪。こっちはキャパシタか……♪」


 開店からもうかれこれ二時間くらい電子部品の棚を物色しているリーゼルのブツブツ言ってる声が聞こえる。舞子婆さんはいつもの如く岩平に店番を任せて、ガレージの専用工作室へと引っ込んでしまい、趣味の謎ガラクタ発明へといそしんでいた。


 特にする事のない岩平は、電化製品の埃払いでもやろうかと思い立ち、はたきをガレージから持って来ようと店の外に出る。 


 ガレージに向かおうとした岩平だったが、その時ちょうど辺理爺さんの軽トラが帰って来るのに見つかってしまう。


「なーにサボってんじゃ岩平。とっとと運ぶの手伝え!」


「うわー……、今日もまた多いな……」 


 いつも爺さんが街を回ってどういう営業をしてるのかは知らないが、荷台にはかなりの数の故障した電化製品が積まれていた。こういう修理の依頼も電気屋『ヘンリー』の重要な仕事なのである。


 それにしても、教師がこんな副業みたいな真似をしていいのかと不安になるが、あくまでこの店の経営者は舞子婆さんであって、辺理爺さんではないのでセーフらしい。爺さんはただのお手伝いという形になっているそうだ。乱暴な理屈だが、これで長年押し通しているらしいのだから恐れ入る。


「なんだ? ジャンク品か? バラして解析して部品にしていい?」


 荷台の宝の山に気付いたリーゼルが、パーツを山ほど両手に抱えながらてこてこと覗きにやって来る。


「絶対ダメだ。これを直すのが俺の仕事なんだから……」


「直す? この超絶ガサツ男がどうやって……?」


 リーゼルがまるで信じられないといった顔をする。完全に岩平の事をナメくさっている態度だ。岩平は構わずに、荷台の中型液晶テレビの一つを左手に取ると、そのまま右手で斜め45度の角度とともにテレビを勢いよく殴りつける。


「フンッ!」


 殴りつけた瞬間、テレビからは放電現象が起きて、何やら焦げくさい臭いが香りだす。


「わキャーっ!?」


 突然の岩平の奇行にビックリしすぎたリーゼルから変な悲鳴が上がった。


「何やってんのよアンタ!? ブラウン管じゃあるまいし、精密機械がそんな前時代的な方法で治る訳が……」


 手に持っていたパーツを落とし、訳のわからない剣幕で怒ってくるリーゼル。岩平はそんなのも無視して、さっきの殴った液晶テレビを電源につないだ。すると、勢いよくテレビが鮮明に映り、アナウンサーが今朝のニュースを喋り始める。


「ホラ、叩いたら直ったぞ」


「ウソぉ!?」


 手品のような岩平の技を見て、リーゼルは狐につままれたような顔をする。


「いや待て、この放電現象はまさか電磁気学の物理演算(シミュレート)!? 焼き切れた回路を再構築したのか!? 辺理砕十郎、まさかアンタが岩平に……」


 すぐに冷静になって思い直したリーゼルは、ブツブツと一人言で理論付けを言いながら、軽トラから降りて来た辺理爺さんへと問い詰める。


「ああそうじゃ。儂があ奴を鍛えた。今や岩平は身体でほとんどの回路パターンを憶えてしまっておる。あくまで経験則であって、本当の理論的理解はまだまだじゃがな」


 辺理爺さんはあっさりとその事実を認める。岩平にとっても、電化製品を一定の角度で叩きつけるという今までの謎修行に、そんな意味があったのかと初耳の言葉だった。まぁ、岩平からしてみれば、理屈はどうよりバイトの仕事として電化製品が直りさえすればいいので、あまり理論に興味は無いのだった。


「ふぅん……なるほど……。今のところアンタがアタシたちの味方だって事は本当みたいね。アンタが岩平の両親にどんな恩義があって入れ込んでいるのかは知らないけど、結果的にアタシの勝率が上がるんならそれで万万歳だわ」


 説明を聞いて納得したリーゼルは、さっき落としたパーツ類を拾って店内へと戻りだす。


「そんじゃ、アタシはもう上へ行って休んでるわねー」


 そう言い捨ててリーゼルはとっとと店奥の階段を上って、岩平の部屋へと戻って行ってしまう。少しは仕事でも手伝えばいいのにと一瞬思ったが、やっぱりリーゼルはまだ何をしだすかわからないので、岩平は放っといて仕事へと戻るのだった。




 すっかり日が沈んで、ようやくバイトも終わった岩平は、晩飯にしようと、上階に行ったはずのリーゼルを探す。自分の部屋を覗いてみるが、そこには電子工作後の散らかったハンダ臭い跡と、何やらピコピコとダイオードで光る謎の演算回路が残されているだけだった。岩平はあちこちの部屋を見て探してみるが、どこにもおらず。散々探しまわってやっと見つけた場所は、電気屋『ヘンリー』の屋上だった。


「ここにいたのかリーゼル……。舞子婆さんが晩飯出来たって呼んでるぞ」


 てっきり、晩飯と聞いた途端に喜んでついてくるかと思った岩平だったが、今のリーゼルはちょっと様子が違い、夜空を見上げたまま振り返ろうとしない。


「屑みてぇな星空だな岩平(がんぺー)。空だけはあの頃のミュンヘンと変わらない」


 しばらくの沈黙の後、リーゼルはボソッと呟く。


 ホームシックにでもなってしまったのだろうか? 岩平はリーゼルのいまいち真意の読み取りにくい台詞と、突然の勝手なアダ名呼びをしてきた彼女に少し困惑してしまう。


「……つーか何だよ『岩平(がんぺー)』って……?」


「いいでしょ? 岩平(いわひら)だからがんぺーちゃんってことで」


 果たしてこれは馬鹿にしているのか真剣なのかもいまいち分かりにくかったが、リーゼルが少しは心を開いてくれているようでもあったので、岩平はそのアダ名を許す事にした。


「……別にいいけどさ。お前の正体についてももうちっと教えてくんねーかなぁ? ミュンヘンって何? ドイツ人?」


「アタシの正体なんて、言ってもアンタは知らないでしょう。アタシとは歴史の影に葬られた物理学者だからな」


 リーゼルは一瞬悲しそうな顔をして下を向いてしまう。これ以上聞かれたくないのか、リーゼルは話題を変えてきた。


「それよりがんぺーは大丈夫なのか?」


「何が?」


「何故あれ程の核爆発を生きのびる事が出来た? その……後遺症とかも無いのか?」


 リーゼルが少し遠慮がちに聞く、そういうのを慮る心も少しは持ち合わせているらしい。


「ああそれね……。昨日あの後聞いたジジイの話によると、俺の両親は死の直前に物理演算(シミュレート)で、とある『保護(プロテクト)』を何重にもかけてくれていたらしい。放射線とかも大丈夫なんだとさ」


「なるほど、アンタの少し特殊な体質はそれが原因でもあるのかもね」


 リーゼルは昨日聞いた岩平の帯電体質について指摘する。なるほど、言われてみればそうかもしれないと思った。爆発以前の幼い岩平の記憶はあまり残っていないが、この性質に気付いたのも爆発以後の話である。爺さんによると、ある種の物理演算(シミュレート)だそうだが、詳しい事はまだ不明らしい。


「必ずいずれ、俺はあの事件の真相を明るみに出させる。『神の後継者』の座なんざ興味はねぇが、『神』の正体に近付く為なら真理論争とやらにだって勝ち抜いて、絶対に犯人を突き止めてやる!」


 昨日の怒りを思い出した岩平は、改めて揺るがない決意を顕わにする。


 それを見て少しシニカルに笑うリーゼル。彼女からしてみれば、岩平がやる気を出してくれさえすれば何でもいいのだろう。


「そ、ならせいぜい努力なさい。アタシは『万物理論』さえ手に入ればそれでいい」


「ああ」


 そう決意して、しばらく夜空を眺めているうちに岩平は一つ妙な事に気が付いた。見える星の一つが少しずつ大きくなってきているような気がしたのである。


「ん? なんだアレ……? 流星? にしてはやたらとデカいような……」


 それどころかその流星はまるでこちらに近付いて来ているように見える。横のリーゼルを見ると、すでにその正体にいち早く気付いた彼女はナブラの槍斧を出現させて臨戦態勢に入っていた。


「いや違うこれは……。伏せろ! がんぺー!」

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