第8話 天才の代名詞、アルベルト・アインシュタイン

 次の瞬間にはもう、その流星は恐ろしいスピードで急接近したかと思うと、リーゼルへと襲いかかった。リーゼルは咄嗟の判断でその光の攻撃を槍斧で受け止める。


「リーゼル!?」


 その流星はなんと、人の形をしていた。白い光のような短い銀髪に丈の長いトレンチコートを羽織っている。その人物は左手にバイオリンをかたどった光るボーガンを持ち、右手には持った光線が糸状になっているバイオリン弓を槍斧に突き立てて、リーゼルを斬ろうとしていた。


「引っ込んでろよ、がんぺー……、コイツが用あるのはアタシ一人だ」


 必死で耐えているリーゼルの表情から、ものすごい力と力がぶつかり合っているのが分かる。こんな人間離れした攻撃が出来るのは真理論争でしかありえないだろう。これは、他の物理学者(フィジシャン)が襲撃してきたのである。


「いると思ったよ物理学者(フィジシャン)。『相対性理論のアルベルト・アインシュタイン』。この分野を作り上げたのも、アンタほぼ一人だもんなぁ…」


 何か含みのある言い方だった。どうやらリーゼルはこの男の事を知っている素振りである。アインシュタインといえば、岩平ですらも知っている超有名天才物理学者だが、今のこの姿は若い時のもののようで、いつもの舌を出した肖像画のような面影はどこにも無く、スラリとした高身長の青年に見える。


 やがて、力まかせでジリジリと押されていったリーゼルは、屋上の手すりへともたれかかり、その手すりもメキメキと変形を始めて、終いには破砕音と共に屋上の一部を破壊し、リーゼルは吹っ飛ばされてしまう。


「微分演算子∇(ナブラ)! 式変形――『バタフライ・フォルム』!!」


 しかし、リーゼルはすかさず槍斧のハープを蝶の翅のように生やし、上空を滑空して距離を取る。


「翔んだ!?」


 リーゼルにはこんな能力もあるのかと感心した岩平だったが、そんな事を考えてる間に、いつの間にかさっきまで屋上にいたアルベルト・アインシュタインは一瞬で傍の電柱のてっぺんへと移動していた。左手に持つバイオリンボーガンをリーゼルめがけて構えている。


「うなれ、相対論的微分演算子『□』(ダランべルシアン)―――――――放て! 『ライト・アロー』!!!!!」


 □=∇^2-1/c^2(∂/∂t)^2                                                       


 その瞬間、ボーガンから光の矢が連続で放たれる。凄まじい弾幕をリーゼルは必死に飛行して躱すが、天上方向から弾幕を張られたリーゼルは高度を下げざるを得ない。光の矢は遠くの山々へと衝突して木々を薙ぎ倒し、ものすごい轟音を上げていた。これでは、民家にも当たりそうな勢いである。


 ―ここで奴と戦うのはマズい……。


 ―どこか民家の少ない場所へ……。


 リーゼルはそう思って必死に光の矢をスレスレで躱しながら、なんとか距離を取ろうとするが、安岡寺高校の近くまで来た所で、光の弾幕に追い詰められ、ついには左側の翅を撃ち抜かれてしまった。


「キャアアアアアッ!!」


 失速したリーゼルを見計らい、アルベルトはさらに追い打ちをかける。自分の身体を光へと変換し、高速移動してリーゼルとの距離を一気に詰めたのである。そのまま、落ちゆく彼女へと光線弓の刃が振りかざされた。


「な……あッ……!?」


 リーゼルはその斬撃をすかさず槍斧で受け止めるが、いかんせん足場の無い空中では、そのまま力で押し切られてしまう。そのまま、彼女はあえなく安校正門前の丘斜面の原っぱへと叩きつけられてしまった。斜面は抉れ、辺りには粉塵が舞う。


「ぐ……、がぁあああああッ!!」


「翔べたところで、敵う訳ないだろう? 『光速』を統べるこの僕に――――――」


 アルベルトは朦朧として横たわるリーゼルの傍に降り立ち、光の刃を突き付ける。


「さて……、君の物理学書はどこかな? 素直に渡せば楽に消してやる」


「ぐっ……」


「それとも、さっき屋上にいたあの男が演算者(オペレーター)か? アイツも殺しておこうか?」


「アンタこそ、演算者(オペレーター)の姿が見えないわね。コソコソと戦うアンタらしいわ」


「……それが、質問に対する答えか? 相変わらず人の話を聞かない奴だな」


 苛立ったアルベルトはリーゼルの襟首を掴み、光線弓の斬っ先を彼女の首元へと近付ける。だが、彼女は動じずにあざけるような笑みを浮かべた。


「それはお互いさまでしょう?」


 その直後、アルベルトの背後へと槍斧が迫る。それは、リーゼルがあらかじめ上空へブーメランのように飛ばしておいた、もう一本の槍斧だった。刃はアルベルトの傍まで迫るが、直前になってアルベルトにその刃の存在に気付かれてしまう。回避されてしまった槍斧は、そのまま地面へと激突して土煙を上げた。


「チッ……、二刀使いだったか……その演算子」


 アルベルトが距離を取った隙に、リーゼルは体勢を立て直す。両手に新たな二本の槍斧を出現させて、それを構える。


「……アンタを殺す……。その為だけにアタシは――――――生きてきた!!!!!」

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